第9話 第二王子は企む。


「誠に、ようございました」


 側近が泣かんばかりに言うので、私も大きく頷きながら答える。


「ああ、全て計画通り……、いやそれ以上だ」


 私アレックス ライデンは、今回めでたく長年争っていた『王太子争い』に勝利する事が出来た。


 実際には5ヶ月違いだけの同年の兄弟――。兄ファビアンと私は生まれたその瞬間から争う事を運命づけられた。

 この国では王太子は国王の指名制となる為、余程突出した状況でないと早くから王太子とは定まらない。

 特に、母の違う同い年の兄弟では。


 しかし、兄である第一王子の母の実家は公爵家。それと比べ第二王子である私の母は伯爵家の出。明らかに第一王子の方が有利であった為に、貴族達は早い時期からあちら側の派閥に付く者が多かった。

 それが私達が成長するにつれ、兄の愚かさが目に付くようになり第二王子派に入る者もチラホラ出てきた。


 そんな中、明らかに第一王子に嫌気が差しながらもあちらに付くしか出来ない状況であったのが、第一王子の婚約者セシリアのリースハウト侯爵家だった。

 幼い頃に決めた婚約だったので、まだ第一王子の人となりも分からぬ時期だったのだろう。第一王子が成長していくとそれを見る侯爵の表情が苦々しいものであると分かった。


 第一王子の婚約者であるリースハウト侯爵令嬢セシリアは、それは良く出来た令嬢だった。幼い頃から王子妃教育を徹底して仕込まれ、隣国の言葉も覚え小さい頃から外交にも関わる父侯爵に諸外国にも連れて行かれていたという。

 第一王子ファビアンの母である第一王妃やその実家の公爵達は、あの婚約者ならば我が子が遊んでいても大丈夫だと思っていたのか? 第一王子はかなり自由奔放に過ごしているように私の目にも見えた。


 そんな幼きある日。

 私が剣の練習で王宮の庭にいると、その日は天気も良く温かい良い日であったからかセシリアが庭園の東屋で勉強しているのが見えた。

 気になって見ていたが彼女の教師はそれは厳しくて、王子妃というものはヘタをすると王子よりも大変だと思って見ていたのだが……。


 向こうから声がしたかと思ったら、馬鹿騒ぎをして遊ぶ兄、ファビアン王子達がやってきた。ファビアン王子は自分の婚約者セシリアに気が付くと、

『私にこれ見よがしに勉強している所を見せようとするとは、なんと生意気なやつだ!』

 そう言って勉強をしている婚約者セシリアの邪魔をしに行く。セシリアに『ご無礼いたしました』とサラッと流されたので、面白くなかったのかさっさと去っていったが……。

 その時のそのセシリアの兄を見る目……! 私はそれにゾクッときて何やらときめいてしまった。当然といえば当然なのだが兄を見る令嬢の目はそれは恐ろしく冷たいものだった。そしてその時私はあの令嬢の目に映りたいと、何故か強くそう思ったのだ。


 ……それ以来、私は剣だけでなく勉学にも重きを置くようになった。

 私にはその時既に第一王子の伯父である公爵の勧めで婚約者を定められていたのだけれど、私はあの兄の婚約者セシリアの事が気になって仕方がなかった。それを紛らわす為にも勉学に励んだ。


 そして私達は貴族の通過儀礼ともいうべき、王立学園に通う年齢となった。3人は同じ学年だったが、王子と同学年には貴族の子弟も多く産まれており今年はたくさんの生徒が入学していた為、3人は別のクラスとなった。

 しかし兄は自分の婚約者セシリアを見事にスルーしていた。そしてそのセシリアもそれを気にする風でもなく、忙しそうに日々を過ごしたった1年で飛び級で卒業していった。残念ながら、学園で自分との接点は持てなかった。私も同じように卒業することは出来たのだが、兄達に警戒されてはいけないので、そのまま学園に在籍する事にした。


 そして兄は最後まで婚約者に無関心だった。……その後の話で、まさか婚約者のセシリアが学園を卒業していた事すら知らなかったとまでは思わなかったが。


 私の婚約者は次の年に入学してきた。

 可愛い伯爵令嬢だったが、私達は何故か決定的に合わなかった。家が困窮していて生活を整えることに頭がいっぱいの彼女と、国政を考える私の考えが合う事は最後までなかった。ただ一つ、お互いに婚約を解消したい、という思い以外は。


 その申し出は、私が婚約者と2人でお茶を飲んでいる時だった。珍しく彼女がお茶に誘うので不審に思ってはいたのだが……。

 彼女曰く、『好きな人が出来た。前々から貧乏貴族の自分と第二王子では釣り合わないし気も合わないと思っていた。きっと貴方もそうだろう』、と。

 私は頷いた。『申し訳ないが、いずれ婚約を解消するまでの女避け位にしか思っていない』、とハッキリ言ってしまった。

 彼女は笑った。そして『王子との婚約をこちらからは解消は出来ない。そちらから適当な理由を付けて断ってくれないか』と言った。


 私はそこまで話をしてふと気付く。


 元からその気のなかった自分達は婚約を解消する。ではもう一つのその気のないあの2人はどうだろう? これを機に彼等も婚約破棄するように持っていけないか? と……。


 そして私の婚約者に、かの方を……。


 そこまで考えて私はクスリと笑った。


 そんな私を見て訝しむ、もうすぐ婚約を解消する彼女に、彼女の希望を聞く代わりに自分に協力するように持ちかけたのだった。

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