第7話 貴方も『ワル』ですわね。


 第二王子アレックス殿下は笑顔のまま話を続ける。


「……貴女は兄の事などお好きではなかったでしょう。貴女が幼い頃から厳しい王子妃教育をされる中、あの兄は好きなように遊んで暮らしていた。貴女の兄を見る目は、それは氷のように冷たかったですからね。

……ところで、私の婚約も先日破棄された事をご存知ですか?」


 私は表情を変えずに踊りながらも、少し冷や汗をかいていた。

 いえ、でも小さな頃は仕方ないでしょう! 将来国王となるとされているお方が遊びまくって、その婚約者の私だけが厳しい王子妃教育をされているなんて……。そんな不平等に、ある程度の時期からはあの第一王子が大嫌いになったし恨んでましたわ!

 それと、なんですか? 兄弟揃って婚約破棄をされたということ? 『婚約破棄』、流行ってるんですか?


「……私達は、初めから決められた政略結婚ですから……。恋愛などでなく、信頼で結ばれるべき関係なのですわ」


 ……なんて、その信頼もなかった訳だけれど。第二王子の婚約破棄は私には関係ないし、下手に突っ込んでこっちに不利になるのも嫌なのでスルーする。


「ふふ……。ではそういう事にしておきましょうか。

実は私の婚約者は、兄の伯父である公爵の薦めで決まった方だったのです。私の母は伯爵家出身で立場が弱かったものですから、断れなかったのですよ。……そしてそのお相手の令嬢は、失礼ながら貧乏伯爵の令嬢。格式は高い家柄でしたが先代の伯爵が事業に失敗し、破産寸前の名ばかり伯爵だったのです。

まあ要するに、公爵はそのような令嬢を私に押し付ける事でこちらの力を削ぐつもりだったのでしょうね」


 周りからはそんな話をしているとは思えない程和やかなお顔で、更に話し続ける第二王子。


「……元々そう賢くはない兄でしたが、どうしてあれ程愚かな事をこのパーティーで始めたと思いますか? ……実は私は先日、とある貴族の小さなパーティーで同じように婚約破棄をいたしました。貴女の場合と違って、婚約者と話し合い全てお互い納得の上での演技、だったのですが。……兄はそれを見ていたのです。

その後私の元婚約者は『やっと王子の婚約者』という重荷から解放されたと、喜んで恋人の元へと去って行ったのですけれどね」


 ――第二王子も、パーティーで『婚約破棄』を? そしてその成功例を見た第一王子は、自分も同じようにパーティーで『婚約破棄』を。それって――


 ご自分の婚約破棄の話をされているのに、何故か和やかなお顔の第二王子。……私はなんだか少し嫌な予感がしていた。

 私の表情に気付かれたのだろう。第二王子は嬉しそうに言った。


「……ふふ。流石は幼き頃より厳しい王子妃教育をこなされ才女と名高いお方であられる。お気付きになられたのでしょう? ……恐らくは貴女のご想像に近いものですよ。あの兄は私の『婚約破棄』が相手との合意の上の演出であった事に気付かず、自分も同じように『婚約破棄』が出来ると思ってしまったようですね。そして貴女に罪を着せることで、貴女のリースハウト侯爵家も都合良く自分に従うと思ったようです」


 私は一瞬、演技の事も忘れて第二王子の顔を見た。

 陛下譲りの銀の髪に青い瞳の美しい青年。優しげな表情なのに色んな計算の上で行動されている。油断ならないお方だわ。


「……婚約者であったファビアン殿下が、そのようなお考えで行動されていたのだとしたら、とても哀しいことですわ……」


 私はこの第二王子に言質を取られないように、当たり障りのない言い方をしておいた。

 するとその答えに満足したのか、更に嬉しそうに微笑まれた。


「そうですね。とても悲しい事です。……兄には物事や周りの動きを見通す力がなかったのです。しかし兄の穴だらけの計画に問題はありましたが、今回は貴女の素晴らしい演技の勝ちであったと私は思っておりますよ。……そしてこれからはその貴女の力を私にお貸しいただければと、そう思っております」


 やっぱりそういう事か――!

 自信ありげに笑顔で言う第二王子に、私は悲しげな笑顔で首を振った。


「……それでも……、私は婚約者であった第一王子のお心を掴む事も叶わなかったのです。……私の力などその程度なのですわ。第二王子様にお貸しできるような、そんな力など持ってはおりません」


 それを聞いた第二王子は断られるとは思わなかったのか、一瞬驚きの表情を見せたけれど、更に嬉しそうに言った。


「……いいえ。貴女のお力は相当なものですよ。何故ならば、貴女は私の心をしっかりと掴んでしまわれたのですから。もはや私は結婚相手には貴女以外には考えられません」


 は……!?


 第二王子のトンデモ発言に私の表情も少し固くなってしまった。……何を言ってるんだ、この人は……?

 そこでちょうど音楽が終わった。私達はお辞儀をし、私はさっさとその場を退散しようとしたのだけれど――。


 私が去ろうとするより早く、第二王子は私の手を取った。そして私を見て恭しく跪く。


 へっ……!? 


 私は全身が固まった。そして周囲も何事かとこちらを見た。

 第二王子は周りにもよく聞こえるような、深く通る声で私に語りかける。


「……どうか、私と結婚してください、セシリア リースハウト侯爵令嬢。貴女は、気品や王子妃としての知識も素晴らしく、何より身も心もお美しいお方です」


 !!

 ザワザワッ!

 広間中の人々が騒ついた。

 

 コレ、なんですか……!? 

 私はこんな事、望んでないんですけれど……!!


 なんで『婚約破棄』直後に『婚約の申込』なんて事が起こるのですかーー!!

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