第6話 返り討ちにして差し上げますわ。


「……今まで苦労をかけたな。またこれからの事は後日としてくれるか」


 陛下より私への労りのお言葉があった。本当に、陛下が立派なお方だった事だけが救いでしたわ。

 ……どうして陛下のような方からあのような王子がお育ちになったのかしら?


「……はい。お言葉、勿体のうございます」


 すると横の方から痛い程のキツイ視線を感じた。チラリと見るとそこには、第一王子の母と伯父、つまり第一王妃と公爵が私を睨んでいた。

 ……成る程。この方達の影響で第一王子はああなられたのですね。

 

「……被害者である令嬢に、誰であろうとこれ以上の如何なる無礼は許さぬぞ」


 第一王妃達の態度に気付いたのか、陛下は私に更なる気遣いをしてくださった。

 第一王妃と公爵は悔しげに俯いた。

 

「皆の者! 思わぬ事が起こり水を差してしまったが、パーティーはこれからである。大いに楽しんでいくが良い!」


 陛下のお言葉と共に音楽が流れ出し、改めてパーティーが始まった。

 先程の事を気にしながらも貴族達は楽しむ事にしたようだ。勿論皆は彼等の話題で大いに盛り上がることだろう。

 


「……大丈夫であったか?」


 先程から私を支えてくださっているお父様が心配そうに顔を覗きこんで仰った。


「……お父様……! はい。先程はありがとうございました」


「……お前には苦労をかけたな。第一王子のお人柄等、色々悩むところは多々あったのだが……。一度あの方を推すと決めた以上は余程な事がない限り取りやめる事は出来なかったのだ。しかしコレで第一王子の失脚は免れないだろう。とりあえず我が家は最小の被害で済むだろうが……。今回のことはお前に辛い思いをさせた上に、次の婚約となるとかなり時間がかかってしまうとは思うが……」


 申し訳なさげに仰るお父様。


「お父様。私の苦労などお父様のご苦労と比べましたら……。……この度のこと、私には全てが良い経験でこれからの自分の糧となりますわ」


 私はお父様達がこれまでに第一王子や周囲への対応に、大変苦慮されていたことを知っている。


「……済まぬな……。さあ、今日はもう挨拶だけしたら帰ろう。屋敷に帰ってゆるりと話そうではないか」


 お父様ったら、随分私に気を使ってくださっているわ。……でも今は、その優しさに甘えておきましょう。

 私は演技をやめた緩やかな笑顔でお父様に微笑む。お父様もそれを見てふわりと微笑まれた。


 周りの方々も私達に気遣いながら声掛けをしてくださり、久々に穏やかにパーティーを楽しめているわ、と思っていると……。


「……セシリア嬢。踊っていただけますか?」


 私に声を掛けられたのは、この国の第二王子アレックス。

 私の婚約者だった第一王子ファビアン殿下の5ヶ月後にお産まれになった、伯爵家出身の第二王妃様のお子様。


 第一王子のやらかしによって一気に王太子の可能性が上がったお方ではあるけれど、実は5歳下には第一王妃のお子である第三王子がいらっしゃる。まだ王太子は誰に決まったとは言い切れないだろう。……その中のお一人が第一王子の婚約者であった私に声を掛けて来るなんて……。


 第二王子からのいきなりのダンスの申込みに私は驚きはしたけれど、まだ悲しみの演技は続行中よ? 普通なら王子からのダンスの申込なんて断れないのだろうけれど……。

 ……私は少し驚いた様子を見せ、でもすぐに悲しげな表情を浮かべ目を閉じて首を振った。


「……お許しください。私はたった今婚約破棄されたばかりの身でございますので……」


 そう言って涙を堪えるように俯き扇で顔を隠す。……本当に今そういうの、要らないですから!


「我が兄が為に負った貴女のその悲しみを、私に取り除かせてください。貴女を笑顔にする権利をいただきたい」


 第二王子はそう言って、私の手を取り颯爽と強引にダンスホールに向かう。


 え! 本当に踊るの? そんな気サラサラないのに……!


 そしてそのまま私は第二王子に連れ出され、私達は踊り出した。


 第二王子は優しげな笑顔を私に向けたまま、周りに聞こえない位の声で私に語りかけた。


「……最高の、演技でした。私も思わず引き込まれて涙しそうになりました」


 ――は?


 アレックス王子の言葉に、一瞬演技を忘れて目をみはる。


「演技……、とは……? 私は今、失意と悲しみの中にいるのです」


 なんなの? 兄の仇を討とうって言うの? 兄弟仲は悪いんじゃなかったの? 

 というか、そもそも最初に仕掛けてきたのはあちら。私は返り討ちにしただけだからね!


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