第5話 私のターンですね。

「……私の気持ちを述べさせていただいて、よろしいのでしょうか……?」


 私がそう言うと、陛下は慈愛の目で見つめながら、

「話すが良い」と許可を下さった。


 はい!! 元女優の出番来ました!

 では、スタート!


「私は……。ファビアン殿下と共にこの国を繁栄させる為、幼き頃より王宮にあげていただき『王子妃教育』に励んでまいりました……。殿下を信頼で結ばれた唯一のお方と信じて、ただひたすらに邁進(まいしん)してまいりました……」


 私の切々とした思いの訴えに周りの方々は、しん……と静まり返り、真剣に私の話に聞き入ってくださっている。


「……ですが、たった今私の心は折れてしまいました……。私の信じるものは何であったのか、分からなくなってしまったのでございます。……ですから、もし許されるのであれば……。私は領地に戻り、1人ひっそりと生きていきたく思います……」


 私は最後少し俯きながらそう言い切ると、一筋の涙が流れた。


 ……ああ、セリフも涙のタイミングも完璧よ……! 


 婚約者である第一王子より、このような貴族達が集まるパーティーの中いきなりの『婚約破棄』。そしてその場を見せ物にされたまま婚約者に冤罪にかけられようとした、余りにも辛い状態。

 周囲も「なんとお気の毒な……」と、とても同情的だわ。


 ……第一王子のお身内の方を除いては。


「何を言うか! 若くしてひっそりだなどと……! もう一度第一王子殿下を信じやり直せば良いのだ! 大丈夫だ、私が保証する!」


 公爵が勢いよくそんなおかしな事を言い出して、慰めに見せかけた押し付けをしてきた。だいたいそんな保証は全くあてにならなくてよ!


「……今の私には、殿下のお顔を見るのも辛うございます……」


 私ははらはらと涙を流しふらついたところを父である侯爵に支えられる。

 

「先程、あのような仕打ちをされた殿下とやり直せとは、余りにも酷なお言葉ではありませんか? 閣下! しかも我が娘にはなんの落ち度もありませんでしたのに……! 未だにこちらへの殿下ご本人の謝罪もございません。それなのに、『許しやり直せ』とは!!」


 お父様……! 


 お父様の言葉を聞いても更に何かを言い募ろうとした公爵に、陛下は手をあげ目線をやり黙らせてから、周囲に向かって声を発せられた。


「彼女が第一王子を許せないのは尤もなことだ。これだけの事があって『許しやり直せ』とは私でも言えぬ。むしろ、こちらから謝罪しなければならない。……セシリア嬢さえ良いので有れば、『婚約の解消』を認め、そちらには全く何の落ち度もないことを私が保証しよう」


 陛下が最後は私を見て仰った。……私に逃げ道を用意してくださったのだわ。はい、陛下の保証ならば安心です!


「……ありがとうございます。陛下」


 私は目を潤ませながらお辞儀をし、しっかりと陛下の青い目を見る。陛下は優しく微笑んでくださった。……やっぱりダンディーで素敵だわ!


「そして公爵よ。いくら第一王子の伯父とはいえ、今回の事に口を挟む事は許さぬ。勿論第一王妃もである。此度の事、これだけの貴族達の証人がおる以上誤魔化しが効くと思うな。

……衛兵。第一王子を別室に連れて行くように」


 為政者の顔になった陛下は、第一王子の母である公爵家出身の第一王妃や伯父である公爵に手出し無用と先に釘を刺してから、第一王子をこの場から退出させるよう命じた。


「父上ッ! 父上ぇッ!! コレは、罠です! 私は陥れられたのです! お助けくださいッ! 母上ッ! 何とか仰ってくださいッ! 伯父上ぇッ!」


 第一王子は衛兵に両脇を固められながらも必死で陛下や第一王妃、そして伯父である公爵に助けを求めたけれど、陛下の意志が固い以上誰もそれ以上言う事が出来なかったようだった。

 陛下としても大勢の貴族達の手前、為政者として甘い顔は出来ないのだろう。


 そして、第一王子は最後まで陛下達に助けを求めるだけで、私を見る事はとうとう無かった。


 ――そう……、なんでしょうね。……昔婚約が決まったばかりの頃、私が彼の為にとどんなに王子妃教育を頑張っても、彼に関心を持って欲しくて話しかけても季節折々の贈り物をしても……。彼は私のことを全く見てはくださらなかった。

 ――まさか、私が学園を卒業していた事まで知らなかったとは思わなかったけれど。

 ……私、一応初恋は第一王子でしたのよ? 


 私はふうっと心からのため息を吐いた。

 ……今のファビアン王子のあの態度で、私の中にほんの少しだけ残っていたかもしれない思いは綺麗さっぱり飛んでいきましたわ。

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