第3話 皆様が冷たい目で見てらっしゃいますわよ?
「……なんと愚かな……。殿下は『覆水盆に返らず』という言葉をご存知ないのか。勉学も随分サボっておられるとは聞いていたが……、これはまた……」
そこでリースハウト侯爵であるお父様は周りに良く聞こえるような独り言を仰りながら、片手で頭を抱えながら首を振った。
「……これは、何事か」
そこに響いた深く低い声。
「……国王陛下の御成である! 皆の者、頭を下げられよ!」
陛下の従者が声を上げた。会場の者は皆、頭を下げる。
銀髪に青い瞳。我が国の国王陛下だ。
王子妃教育の為ほぼ毎日王宮に来ている私を娘のように可愛がってくださる、ダンディーなおじさまなのだ。
「皆、今宵こうして集まってくれた事を嬉しく思う。……して、これはなんの騒ぎか」
陛下はこの広間に広がる異様な雰囲気に気付かれ、全体を見回し尋ねられた。
「――国王陛下に申し上げます。たった今、ファビアン王子殿下より我が娘に『婚約破棄』を突きつけられたところにございます」
そこに、すかさずお父様が声を上げ、陛下はその内容に顔を顰められた。
「……婚約破棄……!?」
……やはり、陛下もご存知なかったようね。あの第一王子の独断でのやらかしのようだわ。
「ちちう……陛下!! 違うのです! 実は、セシリアは私の婚約者という立場と侯爵令嬢という身分をかさにきて、ここにいる令嬢をそれは酷く虐めていたのです! 私はそれを諌めようとしていただけでして……!」
第一王子は父である陛下に向かって叫ぶ。あら、お話を初期設定に戻されたのですか? 周りは皆白い目で見ておりますわよ?
「……恐れながら、陛下。先程そちらの令嬢は『生意気な婚約者に罪を着せて自分と婚約すると殿下が言った』と申しておりました。にも関わらず殿下は今度はまた我が娘を『罪がある』と仰る。まるで統一性がございませんし、何より我が娘がいつどこでそこの令嬢を虐めていたなどと仰るのか」
今度は私のお父様が正論で攻める。
……そう。『いつどこで私がその令嬢をいじめたか』
「ッ! 陛下! それは、学園であります! 勿論、あちこちでのパーティーでも会えば何かしらしてきたようではありますが……。神聖な学舎で、将来王妃になろうという者の余りにも恥ずべき行為でありますが故に、私も苦渋の決断でこうして諌めているのです!」
第一王子はまたしても三文芝居を始めたけれど、まあ、言うに事欠いて『学園で』とは……。
広間中の方々の殆どがある真実を知っているので、皆様方は第一王子の発言が虚言だという事を確信されたようだった。
「……『学園』で、と。……王子よ。その方はそう申すのだな?」
陛下のお声が心なしか低くなったのは、きっと気のせいではない。
「そうです! 私の婚約者という事で、彼女は主に学園のあちこちでそのような傲慢な振る舞いを! そのような者は私の……、未来の王妃として相応しくはない! そう思い、私は『婚約破棄』をしようとしていたのでありまして……!」
陛下に話を止められなかった事で、第一王子は気を良くしたのか話をまた自分の都合の良い方にどんどん進めていった。……周囲の目がどんどん冷たくなっていることに気付かずに。
「……それでは、『学園』でお前の婚約者はそこにいる令嬢をいじめ、『学園』で未来の王妃として相応しくない態度を取ったと……。ファビアンよ。それはおかしな話だな」
「……? 何がおかしいのでございますか?」
それまで話をそのまま聞いてくれていたはずの陛下の口調が変わった事に少し違和感を持ったのか、不安そうに第一王子は尋ねた。
「おかしいであろう。……何しろお前の婚約者は学園に通ってはおらぬのだからな」
「――――は?」
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