第12話 サリダの誤算 サリダside


 男性にしては華奢きゃしゃな背中をゆっくりなでて、デシルを慰めながら… サリダの心の中は、後悔でいっぱいになる。


「…デシル君、フリオはあきらめた方が良い!」

 ああ、クソッ! 私は何を考えて、この純粋な子を仲間に引き入れようなどと思ったんだ?!

 アオラとの婚約を、王弟殿下に無理やり押し付けられた私と… 子どもの頃から、婚約者を愛し続けてきたこの子とでは、まるで状況が違うじゃないか! なぜ、同じ気持ちだなどと、勘違いをしてしまったんだ?!


 そしてもう一つ、調査報告書には書いてない、重要な情報を…

 フリオとアオラが“番の契り”を交わしたことを、デシルにどう伝えるか… サリダは頭を悩ませる。 



「でも… ヌブラド伯爵家との契約があるんです… お父様と伯爵様は共同で事業を運営しているから… 婚約解消をこちらから言い出せば、お父さまが投資した資金がすべて回収できなくなるので」


「つまり、共同事業と婚約… コンドゥシル男爵家とヌブラド伯爵家は2重のつながりがあるのか?」


「はい」


「さっき見せたフリオが犯した不貞ふていの証拠で、婚約だけでも破棄できないだろうか?」


「僕たちは、子供の頃に婚約したので… アルファなら、結婚前に少しぐらい経験を積むことも必要だと… ヌブラド伯爵様が… それでお父様も嫌々だけど承諾しょうだくしていて」


「なるほど… 婚約契約に盛り込み済みか! となるとフリオ側から婚約解消を持ちかけてくる見込みも無いか…」

 そう言われては、文句を言えないな… 私も結婚前だが、それなりの性体験はしている… うぅ~ん… これでは、デシルがかわいそうだ!


「だから僕は… フリオのそういう経験については、考えないようにしていたから… 僕が彼の初めての相手になりたいと、思っていたけど… やっぱりフリオは済ましていたんだ…?」


「そんなにフリオが… 好きか?」


「だって… 彼は僕の婚約者だから… 彼しか好きになっては、いけないでしょう? サリダ様は違うのですか?」

 せていた顔をあげると、デシルは泣いて赤くなった目でサリダをジッ… と見つめた。 


「…それは」

 私がアオラを好きか… だって?! うう~んんんっ…


 涙で潤んだ、邪気じゃきの無い青紫色の瞳でサリダは見つめられ… その純粋な視線に、居ごこちが悪くなる。


 だが、ここでデシルに嘘をつく訳には行かず、自分の腹黒さに羞恥しゅうちを感じながらも、サリダは正直に本音で語った。


「デシル… 君の言う通りだ…! 私の婚約者にも、そうあって欲しかった… だが、私はアオラが大嫌いなんだ…! 彼女は私の家を格が低いと侮辱ぶじょくし、私を軽蔑けいべつしている」


「そ… それはお気の毒に! サリダ様の屈辱くつじょくは僕にもわかります…! 僕も、フリオに同じことを言われたから… あれは本当に胸がムカムカとしますよね?!」

 隣に座るサリダをいたわり広い胸に触れると… デシルは同情の言葉で慰めようとする。


「・・・・・・」

 自分の胸に置かれたデシルの手を見下ろして、サリダはふと考えた。


 こんな風にオメガに触れられるのは、成人してから初めてかも知れない… いつも、私に触れようとするオメガは、私の身体が目当てで誘惑する気か… 私に媚びを売り妻の座を狙う者か… そのどちらしかいなかった。

 だから私は、今までそういうオメガには、すきを見せず冷たくあしらって来た。


「あっ…! すみません! 触ったりして…」

 サリダの視線が自分の手に注がれていると気づき、デシルは無意識でサリダの胸に触れていたことを恥じて、あわてて手を退けようとする。


 胸に置かれたデシルの手を捕まえ、サリダはキュッ… とにぎりしめ、細長い指先にキスを落とす。



「……ありがとうデシル、私を理解してくれて」


「/////////あ…っ…!」

 顔を真っ赤にしたデシルは、かちかちに固まる。


 驚いたデシルの、繊細なまつ毛で光る涙の粒を見つけ… 衝動的にサリダは唇でぬぐった。


 

「/////////っ?!!!」

 赤い顔で目を見開き、口をパクパクして…

『いきなり何をするんですか、サリダ様―――っ?!』 …と、デシルは声にならないさけび声をあげる。



「君の涙を、私の硬い指でぬぐったら、君の肌を傷つけそうだったから…」

 サリダはデシルの手をにぎったまま、ニコリと微笑んだ。


「はい…?」



「・・・・・・・」

 しまった!! やらかした―――っ! あああ~… やっちまったぁ…! 成人前のオメガに… 私は何を血迷っているんだ?! うう… それにしても、さっきからなんて良いフェロモンの……… いや、ダメだ! ダメだぞサリダ!! 耐えろ!

 傷心中のこの子に手を出せば、私はアオラよりも卑劣ひれつな人間だと証明することになるぞ?! 落ち着けよ、サリダ! 落ち着けっ!!


(※成人の儀は学園を卒業した年に行われる)



「サ… サリダ様…?」


「デシル! 君を家まで、送ろう…っ! 」


 サリダはニコニコと不自然なほど、デシルに微笑んで見せた。





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