第11話 信じたくない真実2

 

「私の方は知人に、街でアオラと君の婚約者が2人で歩いているのを見たと聞き… アオラを調べ始めたんだ…」


「サ… サリダ様も、お辛かったでしょうね?」

 一度あふれ出した涙は、簡単に止まることは無く… デシルが指でぬぐっても… ぬぐっても… 涙は頬を流れ落ちる。


「そうだね… いろいろな意味で、私も辛いよ…!」

 下を向いたままのデシルには見えなかったが、サリダは憎々しげにこん色の瞳でちゅうをにらんでいた。



「でも学園を卒業したら… フリオも落ち着くと… 結婚すれば、以前のように僕だけを… 見てくれると思っています…!」


 デシルの震える手にある報告書に、指でぬぐいきれない涙が… ぽたっ… ぽたっ… と落ちる音が、向かい側に座るサリダの耳にまで届く。


「デシル君、君の婚約者が… 元に戻るのは難しいかも知れない… すまない、私が軽率だった! 正式に男爵家へ面会の約束をしてから、君の父上が同席している時に、話すべきだった…」

 サリダは、顔をせたデシルの金色の髪に視線を移し、気まずそうに顔をしかめた。


「いいえ、僕の方こそ… すみません… こ… こんなに、取り乱したりして… 初めて会った、あなたの前で… 本当に失礼なことを… 僕はいつも、泣いたりしたことが無いのに…… 目が熱くなって… 涙が…こぼれてしまうのです」

 デシルの脳裏のうりに次々と昔の思い出が浮かび、苦い思いが胸の中に広がり痛みを感じる。


『おお~い、デシル―――ッ! コイツを引き上げるの手伝ってくれよ!! この大きなマス! 絶対今年の釣り大会は、オレたちの優勝で決まりさ!』


『うわあぁぁぁ―――っ! すごい! すごい! フリオ! こんな大きなマス、初めて見たよ!!』


『だろう?! あははははっ!』


 泥だらけになりながら、2人で一緒にマスを釣り上げ、僕たちは釣り大会で優勝した。



「ううっ……」

 家族みんなで作った、きらきらと光る幸せな思い出がたくさんある宿屋に… フリオは浮気相手を連れて行き、大切な思い出を汚い裏切り行為でりかえた! “オオマス亭”は僕の大好きな場所だったのに… たった今、フリオのせいで大嫌いな場所に変わってしまったよ?!

 もう二度とあの宿のことを、思い出したくないと思うほど… 大嫌いに!!



「動揺して当然だ! 君が泣きたいだけ泣いて良い… このことに関して言えば、私は君の一番の理解者だから、安心して泣いて良いんだ!」

 ソファから腰を上げて手をのばし、サリダはデシルの手にある報告書を、ローテーブルに置くと…

 向かい側からデシルの隣へ移動して、サリダは腰を下ろし、上着の内ポケットから白いハンカチを取り出して、うつむくデシルの手に渡す。


「サ… サリダ様は… お優しい…で…すね!」

 我慢しきれずデシルは、渡されたハンカチを目に当てて、声を殺して泣いた。


「いや、私が君をこんなに泣かせたのだから… 優しくなどないさ!」

 デシルの細い背中を、サリダは大きなてのひらで… そろそろと不器用になでた。


「・・・っ」

 いいえ…! 本当にサリダ様は優しいです… 僕はアルファに親切にされると、冷たいフリオと比べる悪いくせが… この4年間で染みついてしまっていた。


“フリオがこの人のように、悲しむ僕の背中をなでて慰めてくれたら…!”

“フリオがこの人のように優しければ”

“フリオがこの人のように親切なら”

“フリオがこの人のように、僕に笑いかけてくれたら”

“フリオがこの人のように、もっと僕に興味を持ってくれたら”

“フリオが僕を、愛してくれたら…”

“フリオが… もっと誠実なら!”

“フリオが…っ!!” 

“フリオが…っ…!!” 


「ううっ…! ふっ… うう……! うっ……」

 僕の背中をなでる大きな手から… じわりとサリダ様の体温が伝わってくる… フリオもこんな温かい手の持ち主であって欲しかった!  


 温かいサリダの手から、フリオから感じることが出来なくなった、優しさを感じて… デシルは大きな声を上げて、小さな子どものように泣きたくなった。

 



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