第8話 サリダの婚約事情3 サリダside


 結婚前に愛人との関係が嫁ぎ先のレセプシオン伯爵家に、知られてしまったというのに… 開き直ったアオラは応接間のソファに座り、優雅に小指を立ててお茶を楽しんでいる。


 オメガにしては度胸があると言えば、聞こえは良いが… むしろ、愚か過ぎて思慮しりょが足りない部類のアオラを見つめ、サリダはあきれながらどうしようかと悩んでいると… 不意にに気付いた。



「・・・っ???!」

 何かが、おかしい?! いくらアオラが私に興味が無くても、オメガなら微量のフェロモンを、常に放っているはずなのに… 目の前にいるアオラからは何も感じない?!


 抑制剤を飲んでいても、若いオメガは本人の意志に関係なく、本能的に“つがい”となる相手を探すために、アルファに向けて常に微量の誘惑フェロモンを放ち続けている。


 アルファの側も… 抑制剤を飲んでいても、オメガが放つ微量のフェロモンを感知することが出来るはずなのだ。

 実際、婚約式の時にサリダは、アオラのフェロモンを確かに感じていた。

 

 だが……

 アルファがオメガのフェロモンを、感知出来ない場合もある。

 そのオメガがすでに“つがいちぎり”を交わしていて、他のアルファの“番”となった場合である。


 オメガのフェロモンは“番”が出来ると変質し、“番”のアルファ以外は感知出来なくなるのだ。



 アオラがティーカップを、ローテーブルの皿の上に戻したタイミングで、サリダは話しかけた。



「アオラ、君はヌブラド伯爵家のフリオと“番の契り”を交わしているのだろう?」


「・・・っ!」

 ビクッ… とティーカップを戻した手を震わせ、アオラは顔を上げると向かい側の正面に座るサリダを見た。


「君からオメガのフェロモンを感じない、君は愛人に抱かれながらうなじを噛ませ、“番”になったのだろう?」

 表面的には冷静に見えるが、サリダは内心では怒り狂っていたため、アオラに対してわざと意地悪な言いかたでたずねた。


「あなたの勘違いよ!」

 アオラは自分を守るように胸の前で腕を組み、サリダをにらみつけた。

 

「確認のために私の父と… アルファの騎士を何人かここへ呼んで、君のフェロモンを感じるかを確認させても良いか? 君がうんと言うまで、何人ものアルファに依頼して、君からフェロモンを感じ取れるかを聞き回るが?!」


「そ… そんなことしても無駄よ!」


「何が無駄なんだ?! いい加減にしろアオラ!! 私と結婚したくないのだろう?! だったら認めるんだ、見苦しいぞ!!」

 その場で立ち上がり、サリダは大声で怒鳴った。


「怒… 怒鳴っても無駄よ! 私の“番”はあなただと言うから!」


「何だと?!」


「婚約者のあなたが嫉妬に狂って、私を無理やり“番”にしたと言うわ!!」


「嫉妬だと?! 誰がそんな話を信じると言うんだ?!」


「貴族はみんな信じるわよ! あなたは私の恋人フリオに嫉妬して、無理やり私を“番”にしたとね!! あなたが私の“番”ではないと証明できなければ、誰もが信じるわ!!」


「だが、結婚して私が君を抱けば、すぐに分かることだ!」

 激怒したサリダはにぎりしめたこぶしをぶるぶると震わせる。


 番以外のアルファを受け入れれば、オメガの身体は激しい拒絶反応を起こし、運が悪いと死亡することさえある。



「そうなれば、他のアルファに寝取られた妻と結婚した男だと、あなたは貴族たちにバカにされるでしょうね! ああ、楽しみだわ! 会うたびに私をバカにしていた男が、社交界の笑いものになる姿が見られるなんて!」

 アオラにとってもサリダとの婚約は不本意で… サリダが自分を嫌っていることも、知っていたのだ。

 

「なら、君を田舎の領地に一生幽閉する!」


「そんなこと、私の父や叔父様… 王弟殿下が許すはずないわ!」


 強姦してでもアオラを抱いて、サリダが“番”ではないことを証明し、公爵と王弟が認めなければ、アオラの言う通り幽閉は強い権力を持つ2人から、強い反発を受けることとなるだろう。


 自分とのセックスで死ぬかもしれない相手を、無理やり抱くような、騎士道に反する行いを、騎士職にほこりを持つサリダには、どうしても出来ない行為だった。


 何よりサリダは、大嫌いなアオラに触れたくもない。


「・・・っ」

 クソッ! この性悪女!! 最初からそのつもりで、愛人を作ったのか?! 本当に頭が空っぽではないことは、認めてやるよ!! だが、愚かで恥知らずなのは変わりない!


 怒りと屈辱くつじょくで、サリダはギリギリと歯ぎしりをする。



「あなたは私の言う通りにしていれば良いのよ! お話も終わったようですし、そろそろ失礼するわ」



 冷ややかに言い捨てると、アオラはソファから腰を上げ、優雅に応接間を出て行く。




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