有名人様は大変な訳よ

そうざ

Celebrities are Tough

 まだ午前中の事さ。寝床に居たら外階段を駆け上がる音が聞こえてさ、な予感がした訳よ。

 思った通り、ドアの外に小箱プレゼントを抱えたファンが立ってて、『サインを下さい』だってさ。しかも、ぺらっぺらの紙を差し出して、これにお願いってんだから全く呆れるわ。こちとら有名人様よ、スター街道、爆走中な訳よ。

 勿論、いつものように『プライベートだから』って断わったよ。自宅アパートの玄関先なんだから、思いっ切りプライベートな訳よ。そもそもどうやって俺っちの住所を調べたんだか。セキュリティも何もないわ、こわって思ったね。

 そしたら今度は『写真、良いですか?』と来たよ、携帯端末を取り出してさ。そん時、俺は起き抜けな訳よ、寝癖はバリバリ、Tシャツはダルダル、半パンからポロンと食み出てる訳よ。やっぱ有名人様はイメージが大事だから『肖像権ショーゾーケンの問題とかあるんで』って断ったよ。

 そしたらそいつ、何つったと思う。『ご協力頂けないと困ります』だってよ、『昨今は物騒なので本人確認は必須です』だってよ。中央コンピュータがどうとか、照合がどうとか言って。知るかって言い返してやったわ。

 好い加減もう引き下がるだろうと思ったら『では、握手だけでもお願いします』と来たよ。指紋でも構わない、簡易照合カンイショーゴーでも良いとか何とか、そんな小難しい四字熟語まで出されちゃたらもう俺の負けだわ。

 握手してやったよ、硬くて冷たい掌にさ、これからも応援ヨロシクってね。

 男はやっと満足してさ、小箱を置いて帰ってったよ。全く折角のオフが台無しだよ。

 しっかし、変な奴だったわ。作業着みたいな服でさ、大っきなロゴの入ったトラックで乗り付けて来やがって。真昼間から有名人様のとこに押し掛けるなんて、マトモな社会人とは思えないね。近頃はどうなってんだか。

 ただ、小箱の中身なんだけど、ミキサーだったんだ。マジか、丁度欲しかった奴じゃん、あいつ気が利く奴じゃんって思ったね。実は同じミキサーを注文したばっかなんだけど、二台あっても困んないし、これに免じて許してやる事にしたわ。

 まあ、それにしても有名人様ってのは大変な訳よ。

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