第54話
誕生日を無事に終え、公爵家に戻る日。
俺はバルドの見送りを拒んだ。
そして迎えに来た公爵の使いと共に俺は公爵家へと向かった。
なんとなくだけどこれは試されている気がした。
逃げたいなら逃げればいい。
そう言われているような迎えの少なさだ。
(武装しているのが二人。御者も一応武装はしている。でも……)
迎えの馬車に同乗する人物はいない。
それを思うと何というか……
(はぁ……複雑な気分。いや、複雑っていうか……――――――)
複雑とかそういう事じゃない。
単純に気落ちしているんだろう。
単身敵地に乗り込み、取り返しのつかないことをしようとしている。
普通の人間がそんな大それたことを成そうとするのに気分が滅入らないわけがないし、緊張しないわけもない。
(怖いなぁ……本当さ…………。)
これから俺の未来はどうなるんだろう。
解らないけれど逃げる事なんて許されない。
頭では理解できていても感情は結局整理できないまま俺は公爵家に戻ってきた。
「おかえり、リシア。」
侯爵は俺が屋敷に足を踏み入れるなり笑顔で出迎えた。
そんな公爵の周りには頭を下げた使用人たちの姿があった。
出迎えだけを見たら温かな出迎えに見える。
が、当たり前だけど俺が真に会いたい人はそこにいない。
「まずは部屋でゆっくりと休むと良い。君が薬剤の調合などに使っていた調合台などはそのままにしているから自由に使ってくれて構わない。それとアドバイスをしてあげよう。」
公爵は穏やかにほほ笑むと静かに俺に近づき、俺の左肩に右手をおいた。
そして―――――――
「毒をつくるなら頑張ることだ。ソードマスターの俺には市販で手に入るような毒は効かないからね。」
公爵は耳元で愉快そうに言葉を紡ぐ。
それも、とんでもない言葉を。
(嘘……だろ……。)
帰還の目的が毒殺を目論んでいるためであること。
それがバレていることがまず驚きだ。
さらに俺にまるで毒を頻繁に入れても構わないといわんばかりに余裕を見せてきている。
(本当に…………狂ってる……。)
他に言葉を探すもそんな言葉しか思い浮かばない。
嫌な緊張と恐怖で語彙がなくなってしまったようだ。
「あぁあと、何なら毒だとわからない毒をつくることをお勧めしておこう。毒が盛られたと解ったら俺は悪い子に”お仕置き”をしなければならないからね。」
「っ!!」
公爵の考えが読めず不気味に思っていると一層不気味な楽しそうな声で聞きたくないような発言が聞こえてきた。
なんとなくだけど”お仕置き”というのは公爵にとって愉快な事という想像ができた。
それはできれば回避したい。
だけど―――――――
(逆に言えば”お仕置き”はするけど、殺したりはしないってことだろ?なら――――――)
「肝に銘じておきます。」
俺はしっかりと公爵を見つめ、言葉を言い放った。
(逆に言えば”そういった事”を求められる覚悟はしてきた。そうすることで、もしかしたら俺は永遠にフィオル様と共になれる可能性を失うこともあるかもしれない。それでも俺は―――――――)
例えどんな辱めを受けようと俺や皆の命があるならば俺はそれでいい。
(全力であんたを毒殺してやるよ!!)
今の今まで気分が沈んでいた俺は逆に気が楽になった気がした。
こっそり罠に嵌めるんじゃない。
正々堂々と、まるで戦うかのようにお互いの行動が解っている今。
俺の中の恐れは一つ消え、いつの間にか恐怖心は綺麗さっぱりなくなっていたのだった。
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