第52話

公爵邸に戻ることを決意した俺。


そんな俺はバルドといられる残り10日のうちの5日を普段通りに過ごしていた。


(俺はともかく、バルドも何時も通りとは……。)


てっきり俺の作戦を止められるとか、逃げようといわれるかと思った。


だけど、バルドは毒殺しようと思うといった俺に対し、こういった。


「止はしない。でも、自分の事を、幸せに生きる未来を一番に考えて行動してくれ。俺も後悔しないように生きるから。」


バルドは悲しそうに笑いながらそう言った。


多分バルドも公爵から逃げることは無理だと思っていたのだろう。


だけど――――――


(後悔しないように生きる……そのワードが引っかかってるんだよな。)


俺には幸せに生きる未来を一番に考えろという割にバルドは”後悔しないよう”と口にした。


それがひどく気になっていた。


(絶対俺を公爵邸に送り出すこと、バルドは後悔するよな?)


バルドという男はそういう男だ。


酷く誠実で情に厚い。


だからこそ”後悔しないように生きる”が何か無謀なことをしでかしそうで怖い。


だけどその話を切り出すことはできない。


正しくは―――――――


「そういえばリシア。明日は早く帰ってくるよな?明日は休みをとったんだ。俺がお前の誕生日祝いにごちそう作ってやるから、早く帰って来いよ!」


「……うん、早く帰ってくる。」


酷く明るく、あと数日でもしかすると今生の別れを迎える事になるなんて考えさせないような言動。


そんなバルドに暗くなりそうな真剣な話題を持ちかけることがひどく憚られるのだ。


(……忘れてた。明日、誕生日か。って、俺は自分の誕生日の事を覚えてたことなんてないか。)


俺は自分の誕生日が嫌いだ。


死にたいなんて悲観的な事を思ったことはない。


だけど、ずっと生まれてきたという事に疑問を抱いていた。


偽らなければいけない性別。


自由に生きたいように生きられない。


そんな人生に何の意味があるのか。


物心がついた時からそんなことを思っていた俺は薬のせいで正しい成長ができないのもあって、”誕生日”というものにいまいち喜びも、歳を重ねた実感も抱けないでいた。


そんな俺の誕生日を父さんが生きていたころは父さんが、そして父さんが死んでからはカレイドが……


俺の代わりに覚えて、祝ってくれていた。


(誰かに祝ってもらう誕生日、これが最後になるかもな……。)


公爵を殺したらきっと俺だってただじゃすまない。


どんな理由が人の命を奪ってはいけない。


それが貴族であるならさらに厳罰だろう。


仮にもし一年、公爵の毒殺ができない日々が続いても多分……


(公爵は俺の誕生日なんて興味ないだろうしな……。)


何なら父さんの誕生日に俺に誕生日おめでとうとか言ってきそうだ。


公爵にとって必要なのは”リシア”という人間じゃない。


父さんに”そっくりな見た目の人間”という事実だけなのだろうから。


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