第37話

「駄目じゃないか。誰彼構わず餌付けられるなんて悪い子だね。」


突然聞こえた懐かしい声。


その声の主に反応する事さえ許されないまま俺は唇を塞がれた。


突如美青年にキスされる俺。


そんな光景に驚く店の女の子たちの黄色い悲鳴が聞こえる。


そして――――――


ガシャーーーンとグラスが割れる音が店内に響き渡った。


その音が鳴り響くと同じくして俺の塞がれていた唇は自由になった。


(って、いやいやいやいや!!!!!ちょっと待って!?)


元々長髪だったけれど以前よりさらに少しだけ髪が長くなったよく知る人物。


その人物が俺を見てひどく冷たく微笑んでいた。


(よ、よくわかんないけどなんかやばそうっ……。)


どうしたってひどく警戒心が沸き上がってきた。


その時だった。


「ちょ、ちょっと!!あんたうちの弟になにしてくれてるんだよ!」


随分と酔っていたはずのバルドが俺を抱き寄せ、かばおうとしてくれる。


(そ、そうだ。俺は今は弟だし、それに何より――――――)


もう終わらせると決めた恋だ。


例えもしここにフィオル様が探しに来てくれたのだとしても俺はもう、リシアではない。


「ひ、人違いだ!なんなんだよ、あんた!」


今の俺は髪色も違えば声も、多少体系だって違う。


しらを切りとおすんだ。


どれだけ疑われても。


公爵家にはもう、戻りたくない!


「人違い……ね。僕が人違いなんてするわけがないよ。ねぇ、忘れた?出会ったときから俺は君にだけは特別に引かれていたことを。」


酷く冷たい瞳でこっちへ来いと言わんばかりのフィオル様。


正直、怖いと感じる。


その感情から反射的に俺はバルドに抱き着くとバルドは俺を抱きしめ、守ろうとしてくれる。


互いに互いを見つめ合い、店の女の子もどうすればいいのか困り果ててるところだった。


「いやぁ、悪い悪い。連れが面倒起こして本当悪い。」


フィオル様の肩に肘を置き、明るく謝ってくる男がいた。


その男はさして最後に見た時と変わらなかった為誰か迷う暇もなくカレイドだと解った。


「落ち着けフィオル。こんな目立つところで騒ぎを起こすな。ここは引け。」


「…………。」


カレイドは小さな声で、だけどかすかに俺たちに聞こえる声で一旦引くようにフィオル様に耳打ちした。


するとフィオル様はひどく不服そうな表情を浮かべたけれど、黙ってその場から立ち去ろうとするカレイドの後を追いかけた。


「あ、迷惑かけたお詫びにここはおごらせてくれ。本当に悪かったな~。」


あまり悪いと思っていなさそうな謝罪をしなが財布を見せ、金があることを俺たちに見せると二人は会計所に向かった。


「……あいつらが出てったら俺たちも帰るよ。流石にこのまま飲み続ける気分じゃないしさ。」


バルドは不快ため息をつくと俺の姿勢を正させてゆっくり立ち上がらせる。


そしてバルドも俺に続いて立ち上がり、二人が店外に出た時、スタッフの配慮から裏口から家に帰してもらうのだった。


つけられているかもしれない。その可能性を考え俺たちは夜道をダッシュで帰った。


家に着くなり二人で息を切らしながら床に倒れこんだ。


「お、おい……おま……まさかあれ……元カノ……?」


「ま、まぁ……うん……。」


「見た目はどこからどう見ても男じゃねぇか……。」


女好きなはずのバルドのセンサーは故障中なのかフィオル様を女性とは感じなかったらしい。


だけどそれも何となくわからなくもない。


(殺されそうな威圧感……あれは男でも怖いって……。)


昔はあんな風に冷たく言葉を言い放つことはなかった気がする。


会わないうちに何があったのやら、ひどく……怖かった。


「明日もお前バイトあるだろ……その時お前、男らしい服装で行けよ……。向こう……お前が女の身体なのみてたんだろ……?」


「……うん、そうする……。」


幸い、俺が失敗して作り出した魔法薬以外に異性に姿を変える薬は存在していると聞かない。


相当なヘマをしない限り本人だとは思われないだろう。


(口調も絶対敬語は使わず、俺だとわからないようにしなきゃ。)


今のバルドとバカをしながら過ごす日々。


俺はもうこの生活を手放したくない。


互いにとってつらい決断かもしれないけど俺はリシアを死んだことにしてリオを貫く。


(ってか本当、どこでバレたんだよ。髪色も瞳の色も、骨格も声も違うだろうに……。)


俺とバルドは酔っていたこともあってかそのまま家に帰りついた安心からか玄関で床に転がり眠るのだった。

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