第32話

「……怖い顔するな、リシア。お前が俺の腕を買ってくれてるのはうれしいが流石にその情報は俺の耳には入っていないって。どちらも隣国の話でこの国の話じゃない。俺が売り買いする情報はこの国での情報。隣国の、それも伏せられていた情報を知るはずがないだろ?」


苦笑いを浮かべながらいつものような軽い口調で話すバルド。


だけどバルドの言葉で可笑しな個所を俺は聞き逃したりしなかった。


「じゃあ何で”伏せられていた情報”っていうのをお前が知ってるんだよ。これは夕刊だ。情報の為にいつも新聞を読んではいるけど、お前は今日まだ読んでないだろ?仮に読んでたら俺が見ないよう、隠しただろうしさ。」


バルドの性格を考えれば新聞の内容を知っていたら俺が見ないよう隠したか処分したはずだ。


だけどそれをしていなかったという事はバルドは新聞の内容について知らなかったという事だ。


なのに”伏せられていた”という事を知っているというのはおかしなことだと思わざるを得ない。


「……公爵家について何かしらが伏せられてたことは確かに知ってたよ。お前がいなくなった後の公爵家について少しだけ情報を集めたからな。そしたら近頃度の公爵家も公の場に姿を現す人間がいないという情報は手にはいってはいた。だけどそれだけだ。だから何かしらあったんだろうって思ってたところに今朝がた伏せられていたという情報が入った。……まさか隣国の戦争の事をこんな急いで記事にするとはな。」


予想外。


そう言いたげなバルドだけど多分それが違う事はすぐに分かった。


「はぁ……『お前の愛した人は大活躍して無事にご帰還だ。戦争の英雄になったぞって教えてやりたかった』って素直に言えよな。」


バルドの性格なら新聞を隠しただろうなんて思ったけど、もしかすると俺が色々心配しないよう配慮してくれていたのかもしれない。


「もう会うことはないにせよ、情報を得るのは市民にも与えられた権利だからさ。お前は夕刊から情報を得ただけの市民。だろ?」


いたずらっ子のような笑みを浮かべながら語り掛けてくるバルド。


そんなバルドを見ていると呆れてため息が出てしまう。


「バーカ。俺の気持ちの整理がついてなかったら大変なことになってたかもしれないってのにさ。」


よくよく考えるとバルドは誠実な男だ。


だからこそ今の今まで”行方不明”という事実を隠していたことへの代わりに、俺に新聞という形でもう心配ないと伝えることが彼にとっての誠実な行動だったのだろう。


いや、うん、そうかなって思ったけどよく考えるとちょっと意味が解らないな。


まぁだけど、行方不明になった事実も功績をあげた事実も隠しておくのは誠実じゃないと思ったのは確かだろう。


「さてと、この話はそろそろ終わりにしてシチューつくるから大人しく待ってろよ?」


「待ってろっていうけど、待ってる間暇なんだよ。シチュー地味に時間かかるしさー。特にお前、なんか無駄にこだわるしさー。」


大人しく待っていろ。


そう言って大人しく待っていてくれるような男じゃないバルドは必要ないと言っているのに勝手に料理を手伝いだした。


そして気づけば思った通り、食材の食べれる個所は随分と小さくなってしまったのだった。




「報告します!王城の制圧完了!ウェーベルンの王の首もこちらに。」


エルシオン公爵家の騎士が血まみれの木箱を手に、ウェーベルンの玉座の前に立つフィオルとディオルドに報告をする。


「……フィオル。お前にくれてやろうか?お前の恋人を殺すように命じた王の首を。」


「いいえ、こんなごみ貰ったところで困りますよ、公爵様。」


戦況が膠着状態の中、ディオルドは情報を集めて回った。


そして公爵家を襲った人物をたどるとウェーベルンの国王へとたどり着いた。


目的はただ一つ、ソードマスターの中でも圧倒的な力を持つディオルドの動揺を誘うためだった。


ソードマスターは強い精神力により強い力を駆使できる。


そんなソードマスターの精神を揺るがすにはと国一番の暗殺集団をひそかにエルシオン公爵家に送っていた。


今となってはただの肉塊だが、ウェーベルンの国王は暗躍に長けた人物だった。


だからこそ武力では圧倒的に帝国の方が力を誇っていても戦争が中々集結しなかったのだ。


だが、ウェーベルンの王は失敗した。


部下に下した命令。


隠密行動中金になりそうな男をとらえた場合、戦争資金の為に皆共和国にて売り払えというものがあった。


暗殺集団はしっかりと計画的にエルシオン公爵家を襲った。


その計画段階でリシアが男であるという事実を突き止めたのだった。


故にリシアを誘拐した人物は公爵の動揺を誘うべく、顔が解らないようにしたうえでリシアの髪、リシアの服を使いリシアに見立てた水死体を用意し、彼を共和国の奴隷商に売り払った。


ディオルドは戦況が膠着している中、あの手この手を使い暗殺集団の長を捕まえると暗殺集団の長に魔法をかけ、公爵家の襲撃の詳細を語らせた。


それで得た情報によりリシアが生きていることを知ると冷静さを取り戻した。


とはいえ、公爵家から連れ出し隣国へ売ったという事実にディオルドは激怒した。


よって戦況が動かせるようになった瞬間、リシアを愛したフィオルを焚き付け、愛する子を攫った上にその子の愛する人を奪ったという事実で妻のアリアドネを焚き付け、すぐに戦争を終わらせた。


(さて、皇帝に報告したらすぐにでも探しに行かないとな。私の可愛いカナリア、リシア嬢を。)


公爵は廃墟の様に崩れ落ちたウェーベルン城の玉座の前で微笑んだ。


その笑みを娘のフィオルが見ていることにも気づかず。


そしてもう一つ、ディオルドは大事な事を知らなかった。


暗殺集団の長をとらえた際、魔法を使い詳細を暴露させたディオルドだが、魔法大国ウェーベルンの暗殺集団の長には魔法についてある程度の耐性があった。


求められた情報を吐くことしかできなかった暗殺集団の長だが、彼はたった一つ、とても大事な情報を吐くことはなかった。


それは「リシアが実は男だったから売った」という事実だ。


女性が売られることはほとんどない。


だが全くないわけではない。


最後のあがきとして暗殺集団の長は「あまりに美しく高額で売れたから売った」とディオルドに告げたのだった。


その後すぐに首を落とされた暗殺集団の長はリシアが男であった事実を誰にも告げることはなかったのだった。

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