第23話

「あ、あの、フィオル様。えっと、そろそろいいんじゃ……。」


「えぇ?もうかい?もう少し遊ぼうよ。」


カレイドが屋敷に帰って数時間後。


目を覚ますなりフィオル様は湯船につかりたいとおっしゃった。


その間俺はフィオル様の部屋で待つように言われて待っていたのだけど、フィオル様が湯上りにバスローブ姿で突然俺の入浴の手伝いをしたいと言い出した。


恥ずかしかったし嫌だと思って断ろうと思ったけど、もしかすると俺の身体が女であることを見て安心したいのかもしれないと思った俺は恥ずかしながらも承諾した。


泡まみれのバスタブに入れられた俺は今、髪の毛を泡だらけにされ、いろいろな髪形にされて遊ばれている。


「うんうん、この髪型も可愛いね。」


「あ、あはは……。」


可愛いといわれても浴室に鏡があるわけでもない。


俺には見えないわけで、ちょっと退屈だ。


だけど明るく笑うフィオル様を見ていると嬉しくなってくる。


「…………ねぇ、リシア。」


「……はい?なんですか?」


突然落ち着いた声で名前を呼ばれ、一体何だろうと思い俺の頭の上に顔のあるフィオル様へと視線を向けた。


顔をあげるとフィオル様は俺の頬を撫でた。


「君は公爵と僕、どちらが好き?」


「…………え?」


問われると欠片も思わなかった質問。


それが飛んできて呆然とする。


考えたこともなかったし、考える理由もなかった。


(まぁ、この屋敷で過ごせと言われたけど、公爵を好きになれとは言われていないわけだし、好きかどうかの話をするなら……――――――)


「もちろん、フィオル様です。」


公爵に恩はある。


だけど好きかどうかの話をするならば話は別だ。


好きなのはフィオル様だし、そもそも公爵は年齢的にもそういう対象外だ。


それに俺の心をこんなに駆り立てる人物は過去を見てもフィオル様しかいない。


「僕を、愛してる?」


フィオル様はゆっくりとかがみ、俺の顔の正面に自分の顔を並べた。


上を向いていた俺は体制を変え、フィオル様へと顔を向け直した。


「はい、愛しています。」


少し気恥しさを感じるけれど俺は素直に自分の思いを口にした。


何時もの流れならこのままキスでもするのかと思った。


だけど今回はどうやら少し違うようだ。


「……君が女好きでよかった。おかげで躊躇うことなく明かせるよ。」


「…………え?」


躊躇うことなく明かせる。


そういったフィオル様は静かに身に纏っていたバスローブを脱ぎ始めた。


「ねぇリシア、改めて聞かせて。僕を愛してる?愛してくれる?」


穏やかな笑みを浮かべながら俺にどこか挑発的に問いかけるフィオル様。


そのフィオル様の一糸まとわぬ姿を見て俺はしばらく言葉を失った。


ずっと、ずっと男だと思っていた。


男だと思っていたフィオル様の身体には男にはあるものがなくて女性にはあるものがある。


「返事が遅いね。……悪い子だ。」


フィオル様は驚きのあまり固まっている俺に顔を近づけるとひどく艶っぽい声を漏らした後に俺の唇に口づけをした。


最初は唇、次に頬、首筋へと口づけの位置が変わる。


(って、ちょっと待って!俺今泡まみれ!!!)


熱っぽいキスに侵されそうになるけれど、俺はふと我に戻った。


泡が口の中に入ってしまったら大変だ。


そう思い少しずつ身体の距離も近くなるフィオル様の肩に手を置き、制止を求めた。


「フィ、フィオル様!今その、泡まみれ何で今は―――――」


今はダメだ。


それを伝えようとフィオル様の肩に手を置いた俺の泡だらけの腕。


フィオル様はその腕をとるなり色っぽく微笑み、俺の腕についている泡を舐めあげた。


「フィ、フィオル様っ……!?」


身体に悪い。


そう言おうとした次の瞬間には再びフィオル様の唇が俺の唇に触れていた。


そしてゆっくりとフィオル様の舌が俺の口の中へと侵入してくると口の中にはとても甘い味が広がった。


「安心して、リシア。この泡、食べれるんだ。」


「……え、えぇぇぇ!?」


食べれる泡。


そんなものが存在するなんて思わなかった俺は驚きの声をあげた。


だけどフィオル様は俺にゆっくり驚く時間もくれなかった。


驚く俺の唇はまたフィオル様の唇に塞がれる。


「さて、味付けされたリシアをおいしく頂かせてもらうよ。もし逃げたいなら逃げてごらん?逃げられるものならね。」


フィオル様は不敵に色っぽく微笑むと再び俺の身体についた泡をなめとった。


全く、意地悪な人だ。


一体逃げたいと思ってもどこへ逃げろというのだろう。


逃げられるはずがない。


彼……いや、彼女という狩人の甘い罠にはまってしまった俺に逃げる道なんてあるはずもないのだから。

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