第22話

「ふぅ……泣き疲れて眠ったか。」


薬草園でフィオル様に口づけをされてからしばらくして俺たちはフィオル様の部屋へとフィオル様を連れてやってきていた。


温かい飲み物を使用人に頼んで持ってきてもらうとフィオル様はそれを飲むなり俺の手を握りながら眠りに落ちた。


そんなフィオル様をカレイドはしっかりとベッドに寝かせ、優しくシーツをかぶせながらつぶやいていた。


「驚かせたな。悪い。」


「いや、カレイドが謝る事じゃ……。」


酷く落ち着いた様子で驚かせたと誤ってくるカレイド。


そんなカレイドの姿はなんというか、フィオル様の兄の様な、なんなら母親の様なものに見えた。


親愛、慈愛。


どの言葉が似合うのかはっきりしないけど、フィオル様の事を酷く大事に思っていそうな、そんなように思えた。


「もしかして聞いたか?こいつが何か言ってたの。」


カレイドはフィオル様の頭を軽く撫でながら問いかけてくる。


……意外と嫉妬心とかはわかないものだ。


なんてくだらないことを思いながら俺は小さく頷いた。


「……あのさ、お前にとって公爵ってどんな人だ?」


「え?公爵様……。えっと、男色だけど女性には紳士的でやさしい……人?」


今のところ公爵に抱いている感情はそんな感じだ。


実際、俺は大事にはしてもらっていると感じている。


だけど――――――


(それだけがすべてじゃないんだろうけど。)


ふと、公爵に言われた言葉を思い出した。


【それと忠告なんだが……フィオルとは必要以上に仲良くならないほうがいい。でないときっと、いつか君が傷つくことになるだろうからね。】


(……普通いい人が自分の息子と必要以上に仲良くならないほうがいいなんて言わないよな?)


公爵がした忠告。


その忠告が俺の目に見えている公爵の姿がすべてではないという事を物語っている。


もしかすると……―――――


「カレイドやフィオル様から見たら……全く違ったりする?」


俺は恐る恐る問いかけた。


するとカレイドは困ったように苦笑いを浮かべた。


「まぁな。公爵は男が好きというより”女嫌い”なんだ。」


「……え?」


”女嫌い”。


そのワードを聞いて一瞬頭が真っ白になる。


女性に対して紳士的なのにその腹の中では実は嫌っていたのかと思うと少し恐怖を覚える。


だけど同時に納得した。


愛した男に似ているだけの女に優しくはするものの何も求めないのは面影を感じるから優しくしたいけれど必要以上にはかかわりたくない”嫌い”な存在だからではないのだろうか、と。


「とはいえ、例外はある。男らしい女性に関してはその”嫌い”に含まれないらしくてな。アリアドネ公爵夫人はどちらかといえば男らしい人だ。だから”嫌い”に含まれず、利害も一致して結婚した上、フィオルをつくったんだと思う。だけど――――」


カレイドは小さくも勢いよく息を吐き捨てる。


そしてその後俺をまっすぐ見つめてとんでもないことを口にする。


「公爵は邪魔になれば何の感情も持たずアリアドネ公爵夫人とフィオルを殺せる残忍な人だよ。」


真剣な瞳で俺を見つめながら言い放つ言葉。


その言葉は冗談でも何でもなくて、事実なのだという事がカレイドから伝わってくる。


”嫌い”出ない存在。


そんな存在ですら何の感情も持たずに殺せる。


それを聞いた瞬間、俺は思った。


もしかするとフィオル様は公爵に殺されないよう、生きるために望まないことをして

いたのではないか、と。


「フィオルの男好きは嘘だ。まぁ、かと言え女が好きと言われるとそれもまた違うんだが……とにかく、フィオルは生き残るためにいろんな奴と身体の関係を持っていたんだ。特別好きな相手もいなかったから自分の身体を武器に生き残ろうと戦っていたんだ。」


カレイド曰く、何故体を武器にしたのかというのはそれが手っ取り早く相手との距離を詰める方法だったからだという。


もし公爵に殺されそうになった際、少しの間でも情を重ねた相手となれば全員は無理でも数人は快く助けてくれるだろう。


快く助けてくれない相手はゴシップ社に情報を売るなどと脅して助けさせればいい。


その為にフィオル様は力のある貴族家の子息と決して褒められないような関係をたくさん持ったのだという。


「…………でもさ、望まない事にはいつか限界が来る。その限界が今来たんだ。ってわけで、俺は今日は自分の屋敷に帰るわ!」


「え……?」


今の今までひどく真剣な話をしていた。


なのに突然カレイドは明るく笑みを浮かべ、自分の屋敷に帰ると言い出した。


あまりに突然の事で呆気に取られているとカレイドは俺へと歩み寄り、俺の頭を軽く叩いた。


「……さっき無理やり男に襲われそうになってたところを助けたんだ。今は男が怖いかもだろ?俺はいないほうがいい。」


少し悲しそうな声でそう吐き捨てるとカレイドは静かに部屋から出て行った。


(少なくともカレイドの事を怖いとは思わなさそうだけど……。)


フィオル様だって男だ。


自分も男なら襲い掛かってきた男は怖くても友人まで怖がるようなことはないように思えた。


だけど――――――


(乱暴されそうになったのは事実だし、多分カレイドの方がフィオル様より力がある。それを考えるとまぁ……。)


俺は静かに眠るフィオル様のすぐ傍に座った。


カレイドの事が怖いはないにせよ、今の彼が無条件に安心できるのはきっと、彼より力が弱い女性の傍らなのかもしれない、と。

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