第12話

公爵と庭を散歩したその日の夜。


俺は魔法薬が最低一日は持つこと確認したうえでまた魔法薬を飲んでフィオル様を待った。


(あぁ~なんか待つって恥ずかしい……。)


基本待つなんて行動慣れない俺は気が気ではなかった。


なんて思っていると今日もバルコニーへとつながる窓からフィオル様が現れた。


「やぁ、リシア嬢。」


「こ、こんばんは。フィオル様。」


何故毎回来るときはバルコニーなのか。


なんて思うけどまぁそれはあえて聞かないことにしよう。


「今日はとてもおいしいぶどうジュースを持ってきたんだ。帝国法で酒は16歳から。君は確かまだ14歳なんだよね?だから今日はこれで乾杯してお喋りでもどうかな。」


優しく微笑みながら訪ねてくれるフィオル様。


少しだけ使用人から聞いた話だが、フィオル様は16歳。


丁度お酒が飲める歳で、結婚だってしていてもおかしくない歳らしい。


現に公爵は15歳で結婚し、結婚して一年もたたずにフィオル様が生まれたのだとか。


(にしてもそれを考えると公爵31歳か……大人っぽいけど老けてる感じないし、若いよなぁ……。)


なんて思いながら俺はフィオル様とグラスを軽く鳴らして乾杯した。


「っ!!……おいしい!!」


酷く濃厚で甘みのあるジュース。


だけどほんの少しだけ後味に渋みがあるおかげでいくらでも飲めそうだ。


こんなおいしい葡萄ジュースがあったなんて……。


「……すごくおいしそうに飲むね。だけどゆっくりのむと良いよ。勢いよく飲むから――――」


小さく笑いの息をこぼしたフィオル様はその次の瞬間、俺の顎を掴みんだ。


一体どうしたのかとグラスを口から話すと、フィオル様は俺の唇の横を舐めあげた。


「っ!!」


突然感じる舌の熱。


その熱に俺は今にも顔から火が出るかのごとく熱くなった。


「……口からこぼれ出ていたよ。そそっかしいお嬢さん。」


「っ……。」


してやった。


そういわんばかりの挑発的な色っぽい表情に俺の心臓の音がうるさくなる。


「お、お見苦しい姿を、すみません……。」


恥ずかしさでいっぱいいっぱいの俺はそう言う事しかできなかった。


そんな俺を見てフィオル様はまた笑う。


「もう、あまり可愛い姿を見せないでよ。また、襲い掛かりたくなっちゃうでしょ?」


「っ……!」


フィオル様は笑い声をこぼしたのち、耳元に口を近づけ囁いてきた。


なんて、なんて危険な人なんだ!


(あぁもう!!俺の心臓持たないって……!!)


酷く魅惑的な人だ。


女性と見まごうほどの美しい姿で妖艶にほほ笑むこの姿はきっと男女問わず魅了するのだろう。


そして狙われてしまった獲物は彼の笑顔を見るともう、逃れられなくなる。


そうして何人、心を奪われたのだろう。


「余り物欲しそうな顔をしないで。僕は何も盛りのついた猫ではないんだ。君とのおしゃべりも楽しみたい。もっと君を知りたいんだよ。なのにそんな顔をされたらまた、君を食べたくなってしまうじゃないか。」


酷く、酷く恥ずかしいセリフ。


それこそ女性が言われて喜ぶようなセリフな気がする。


そんな台詞を言われてい寒気を感じるどころか身体の奥が熱くなる。


もう駄目なのだろう。


俺はもう、酷く彼に酔わされている。


声を聴けば聞くほど、彼のぬくもりを知れば知るほど、たまらなく彼に惹かれて仕方ない。


だけど――――――


(なんとなくわかる。彼は俺と一線を引いて接している。)


昼間の逢瀬を見るに、盛りのついた猫じゃないというのもにわかに信じられない。


それにそんな人間が自分に対して屈服している獲物を最後まで喰らわないことがあるだろうか。


だけどそれは彼なりの恋人への誠実さなのかもしれない。


まぁ、恋人がいる中で他の奴に手を出す気持ちはよくわからないけれど。


だけど俺はそんなフィオル様をとやかく言う資格はない。


恋人がいるのだろうと解っておりながらこうして彼と甘い時間を過ごしているのだから。


「……ねぇ、ずっと気になっていた事を聞いてもいいかな?公爵は僕に何も教えてくれなくてね。君はどういう経緯で屋敷に来たのかな?」


「あ……えっと、実は――――――」


俺はバルドの身に起こったことを説明した。


そしてバルドの治療費の為に公爵との取引に応じたとも話した。


その瞬間だった。


「…………いや、まさかな。」


ぼそっとフィオル様がひどく真剣な面持ちで言葉をこぼした。


一体何に疑いを持ったのかはわからない。


だけど詳しく聞くことを憚られた俺はただただフィオル様を見つめた。


「……あぁ、ごめんね。公爵が”とある愛した男性”を追い続けているってことぐらいしか公爵の個人的な事は知らないんだ。少なくとも公爵が君に言った「大切な知り合い」というのがその追い続けている男性の事だとは思ってね。君を身代わりにするつもりかなって思ってしまったんだ。」


「あ……なるほど……。」


”愛した男性”。


その言葉を聞いて俺はやっぱり父さんが公爵から盗んだのは恋心だったのかもしれないと思った。


だけど、仮にそうだとしたらやっぱり女装までする理由が解らない。


……とはいえそれは考えても仕方がないことで、究極言えば公爵が父さんを愛していようが俺はあくまで父さんに似ている子供。


身代わりというのはやっぱり歳差を考えるとないだろうし、それに父さんの見た目だけを愛していたわけじゃないのならなおの事考えられない。


「えっと……公爵様は女性には興味がないから手を出さないと言ってました。本当に知り合いに似ているからという理由で放っておけなかったのだと―――――」


「自由を代価に助けるといわれたのにかい?」


「…………え。」


自由を代価に。


選択肢がなく受け入れた条件。


だけど今初めて何故俺の自由を代価にしようとしたのかを疑問に思ったのだった。

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