第11話

「ん……んんっ……。」


あたりが何だかまぶしくて目を覚ます。


するとすぐ隣にはじっと穏やかな表情で俺を見つめているフィオル様がいた。


「おはよう、リシア嬢。」


「っ……お、おはようございます。」


俺はフィオル様と一緒につかっているシーツを軽く引っ張り、顔を隠しながら挨拶を返した。


そんな俺の様子に笑みをこぼしたフィオル様は笑みを浮かべた後俺の額にキスを落とした。


「昨日はごちそう様。本当君は不思議だね。やたらと僕を刺激する。」


「そ、そんなことを言われても……。」


俺はひどく恥じらいながらも自分の身体の状態を確認する。


今のところ身体は戻っていないようだ。


「本当はこのままお喋りでもしたいところだけれど、残念ながら公爵の出兵関連でやらなければいけないことがあってね。……また夜、会いに来てもいいかい?」


「え?あ……は、はい。」


俺が返事をするとフィオル様は穏やかにほほ笑んだ。


そして一度俺の頭をなでると今度は普通に部屋の扉から出て行った。


(さ、流石に帰りは窓からじゃないのか……。)


まだ熱を帯びる顔を手で仰ぎながら俺は必死に冷静さを取り戻す。


(また今夜ってことは……お眼鏡にかなったんだろうか。)


自分の身体であって自分の身体ではない状態。


そして何より彼の望みの男の身体ではないのに受け入れられた。


(何かあっても子供ができることはないだろうし、異性同士ってことになるけど……良いよな?)


面倒な事なんてきっと起きない。


ならもういっそ、女の子という事で通そう。


いつかばれてしまったときに正直に話せば問題ないだろう。


(薬、量産しよう。)


言ってしまえば公爵に男とばれることは特にまずいはず。


まぁ、正直追われてるのは父さんで俺ではないから俺が男だという事を知っても別に問題はないかもしれないけど、あの父さんが理由もなくあそこまで”男とバレてはいけない”というわけがないと思う。


だからよくよく考えると結果的に女性になる薬が作れてしまったことはいいことだったのかもしれない。


(騙しきるなら最後まで騙しきるつもりでやるしかない。)


嘘も貫き通せば真実だ。


俺は嘘を貫き通し、本当に女としての身体で生きることにした。


それに何より―――――


(そろそろ変声薬の効果が切れてもおかしくないはずなのに、体が女性になってるからか声も問題ない。)


飲む薬が変わった。


それだけの事だと思う。


まぁ……――――――


(副作用がどんなものがあるのかはわからないけど。)


仮にいつか男に戻れなくなったとしても問題ないと思う。


だって俺はこの公爵家の屋敷で買われているペット。


自由に恋愛できるわけもない。


むしろ―――――


(考えたことはなかったけど、いつか嫁に出されることになってもこの薬さえあれば問題ないよな。)


子供は産めなくてもいいなら誰かの妻になることもできる。


何はともあれ、俺は自由なようで自由じゃない。


この先どんな事態が起きようとこの薬さえあればいろいろと解決できるような、そんな気がしてきたのだった。





「リシア嬢、どうだい、我が家の庭は。」


昼下がり、出兵準備が整ったという事で公爵が屋敷の庭を案内していくれていた。


どこもすごく丁寧に手入れされていて本当に感動した。


俺が本当に女性ならもっと喜んだだろうけれど、それでも十分に驚き楽しんでいた。


「素敵です。薬草とかが好きなのでこの草木の匂いに囲まれた場所は魅力を感じます。」


「はは。それは何よりだ。」


俺は目の前のトピアリーなどに鼻を近づけ、草の匂いを嗅ぐ。


とてもいい香りだ。


「ここをまっすぐ行ったところに今薬草園を作らせている。そこは君が好きに管理すると良い。」


「……え?」


薬草園。


そう聞いて俺は目を丸くした。


(ま、まさか魔力が宿った薬草を育てる薬草園じゃないよな?)


魔力の宿った薬草は魔素の多いところでしか育たない。


それを育てようと思えばそこら中に魔素を振りまかなければいけない。


仮に建物内で育てるとしても魔素をまき散らすには相当な魔力量が必要だろう。


それは決して容易な事ではないはず……だけど――――――


「なに、公爵家の力をもってすれば安いものだ。俺も大事な人が薬草を好きだったせいか多少知識があってね。君が薬の調合が好きと聞いて作りたくなってしまったんだよ。」


公爵はそういいながら穏やかに笑う。


だけど―――――


(薬草が好きな奴ってそう多くないよな。まさか、父さんの事だったりしないよな?)


大事な人が薬草が好きだった。


その言葉を聞いて俺はふと変にロマンチックな事を考えてしまった。


(もし大事な人が父さんの事なら……盗んだ大事なものってまさか、恋心……とか?)


父さんは普通に女性が好きだった。


だから公爵のハートを射止めたが思いに応えられず逃げるように公爵の前から姿を消した。


(……って、それはないか。だとしたら姿を変えるまでやるわけないもんな。)


しかも公爵が妻がいるという事に関して知らない人は相違なかった。


結婚した相手が自分を追ってくるかもしれないと考えるのもそうだし、恋心を奪ってしまった相手を警戒するにしては度が過ぎている。


(今は変に考えずとりあえずラッキーって思っとこ。……まぁ、もし父さんが盗んだものが恋心だとしたら父さんによく似た俺が男とばれた時は厄介かもだけど。)


女性には紳士的だが男性への態度がどんなものかはわからない。


故に俺は改めて公爵に男だとバレないよう気を付けようと思うのだった。

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