第9話
「私の妻のアリアドネは元王室騎士団に所属していた伯爵家の娘でね。ある日互いに恋愛対象が同性であることを知った俺たちは丁度いいとビジネスパートナーになったんだ。」
公爵は笑顔で中々暴露して良いような内容では内容を涼しい顔で暴露してくる。
互いに互いを信頼異常に好きになることが無いからちょうどいい関係という事なのだろうか。
必要最低限の夫婦生活。
だけど同じ秘密を共有するビジネスパートナーだから社交的な場では周りから見て親し気に映るのかもしれない。
愛妻家、というのは少し違うけど遠からずなのかもしれないと俺は思った。
(まぁ確かに、男が好きだからって女性を軽蔑しているような感じはないもんな。)
もしそうなら俺はここまで大事にされていないはずだ。
本当にいい人そうな公爵。
そんな公爵から父さんは本当に何を盗んだというのやら。
「ちなみに近く家を空けるのは近く、隣国と戦争が起きそうでね。国境で指揮をしているアリアドネの援軍として出向くことになったからなんだ。」
公爵はまたも涼しい顔でとんでもないことを言う。
だけど元王室騎士団の所属であった奥様もいて公爵も出向くのならそんな反応にもなるかもしれない。
(バルドから聞いたことのある情報だけど、エルシオン公爵は簡単な魔法なら扱えるソードマスターなんだよな。ソードマスターがそもそも世界に両手で数えられるほどいるかわからない上、ソードマスターが魔法を扱えるのはかなり稀だった気がする。ってことはかなりの手練れ、なんだよな?)
男なら誰もが憧れる強い存在。
憧れが恋心に変わり、関係を持つ男もいなくはなさそうだ。
それに何より、バルドの言う様に公爵はひどく整った顔立ちをしている。
まぁ、欠片もときめきはしないけど。
「とりあえず用件はこれだけだ。留守中はフィオルに屋敷の管理や公爵家の仕事を任せるから、何かあったらフィオルに言うと言い。それと忠告なんだが……フィオルとは必要以上に仲良くならないほうがいい。でないときっと、いつか君が傷つくことになるだろうからね。」
「…………え。」
公爵は意味深な事を言い残し、静かに部屋を後にした。
(いつか傷つくことになる……。)
いわれたことを頭の中で復唱すると俺は一つの可能性にすぐさまたどり着いた。
(もしかすると男が好きだから恋愛対象にはなれないぞ……ってことか?)
公爵は俺を女だと思っている。
そして屋敷で普通に同性と関係を持っているのを見るあたり公爵もフィオルが同性が好きな事を知っているのだろう。
だとしたら推測できるのはそういう事で……そして……―――――
(俺が食事の時、毎回フィオル様に見惚れてるのに気づかれてたのかな。)
……おそらくだがそういう事だと思う。
「……知っている、とは言わないほうがよさそうだな。」
一度戦争が始まればいつ帰ってこれるかわからないとはよく聞く。
自分の目の届かないところでペットが悲しみにくれないようにという配慮なのかもしれない。
優しいご主人様だ。
そして――――――
(フィオル様が好きな令嬢を見つけない限り公爵がいない間に婚姻などが進められることはないはず。だとしたら……――――――)
期限付きでもいい。
その間はフィオル様を好きでいられるというわけだ。
(……改めて考えるとなんか恥ずかしいけど、俺はフィオル様が好きってことでいいんだよな。)
男に対してこんな感情はおかしいかもしれない。
だけど近くに男色家がいっぱいいる事でおかしいことでもないのかもしれないと思えてくる。
フィオル様の熱を感じる度にもっとと俺は求めてしまっていた。
それは単なる相性とかじゃなくて、俺は――――――
(なんて軽薄な感情じゃないと思いたいけどどう考えても惚れたの、見た目でじゃん!!)
軽薄な理由から好きになったわけじゃないと思いたいけれど、初対面で相手を何も知らない状態で唇を重ねている時点でもはや顔で好きになったと言っているようなものだ。
だけど――――――
(顔もそうだけど優しいけどどこか色っぽい喋り方とか、警戒心を抱かせず獲物に近寄る狩人の様な所や、何より……積極的すぎるほどのアプローチに高鳴らずにはいられないんだよ!!)
どちらかといえばいつも俺が迫るほうだった。
だからあんなにやさしく、魅惑的に迫られたのが初めてだったのもあってあの時の刺激が忘れられない。
(俺、意外と顔がいい男に迫られるの好きだったりするのかな。)
バルドにキスされている時はときめきこそしないにせよ不快感を覚えることはなかった。
もしかするともしかして……と、俺は自分も知らなかった新たな自分の一面に気づいてしまうのだった。
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