第8話

公爵家で過ごし始めて1週間。


食事は毎回、何故かいるであろう公爵の妻である奥様を除いた俺とフィオル様と公爵でとっていた。


まぁ、愛妻家は男色のカモフラージュだったのかもしれない。


とはいえ人様の家庭に首を突っ込みすぎるのもと思って俺はそこはもう深く考えないようにしていた。


だから食事のときはただただフィオル様を眺めることに夢中になった。


食事は一緒に取るものの、それ以外でフィオル様には中々会うことは叶わないでいたから余計にだ。


なんでも突如公爵が近く屋敷を空けることになったため準備に追われているのだとか。


(公爵と顔を合わせないで済むのは助かるけど、フィオル様には会いたい。)


誰かの事をこんなしきりに考えるのは初めてかもしれない。


最初は自由を代価になんて随分とバカな事をしたなと思ったけど、今はそのおかげでフィオル様に出会えたのなら幸いだったと思っている。


そう、食事の時だけでもお顔が見れるのは十分に嬉しく幸せだ。


幸せだけど……ーーーーーー


「……会いたいなぁ、フィオル様。」


これじゃあまるで本当に恋する”乙女”だ。


だけどまぁ、一応今は見た目は乙女だし、多分今後も女性として生きていかなければいけないからそう見えるならそれでもいいか。なんて思いながら窓の外を見つめる。


すると運命ともいうべきか。


フィオル様の姿が目に付いた。


(この部屋からじゃ声はかけられないけど、フィオル様を眺められるだけで十分だな!)


なんて思いつつ、フィオル様を眺めているとフィオル様を追いかけ、一人の男性が現れた。


酷く華やかな身なり。


その男性もきっとどこかの貴族のご子息なのだろう。


(友達かな?)


なんて悠長なことを思っていたその時だった。


(…………え?)


フィオル様と男性が口づけを交わし始めた。


お互い隙間なく抱き合い、求めあうキス。


そして男性の方がフィオル様のスカーフをとり、フィオル様の胸元へと手を滑らせた。


(……恋……人……?)


俺はフィオル様が初めて会ったときに言っていた男性にしか興味がないという言葉を思い出し、俺が遊びで向こうが恋人という事実をすぐに悟った。


(……いや、でもフィオル様は男で貴族の長男。いつかは貴族の女性と……。)


家紋の為にそうせざるを得ないだろう。


例えどれだけ本人が望まなくても。


だとしたら――――――


(俺もあの男も期限付き。どちらもきっと、結ばれることはない。)


フィオル様が恋人がいても火遊びをするような人物と知ってショックを受けるなんてことはなく、俺は逆に自分の境遇を思い出し、さらにフィオル様に親近感を抱いた。


二人とも決して好きな相手と最後まで添い遂げられない期限付きの恋しかできない。


似ていてはいても俺は好きでもない人と結ばれる必要はないけれど、彼は違う。


いつか好きでもない相手と添い遂げ、子をなさなければならない。


そう思うと気に入った存在と火遊びすることを悪いことと思うこともできない上に、もしその対象に自分が選ばれたのならそれはそれで悪いことではないのかもしれないと思った。


(まぁ、もしかしたらあれっきりかもだけど……。)


他に空いてもいるわけだ。


無理に興味のない女に手を出す必要はない。


(……短時間だけ男らしくなれる薬でも開発してみるかな。)


人間の体の構造をいじる薬を作るのはとても大変だ。


魔力がこもった薬草を使わないとまず作れない。


高価なものだし気軽に研究できるものでもないけれど、そこは公爵がきっと出して呉れるだろう。


(必要なものは何でも買ってあげるから言う様に。って言ってたもんな。)


俺はとりあえず欲しいものリストでも作って公爵に届けてもらおうかと思い、机に向かった。


その時だった。


俺の部屋の扉がノックされた。


「リシア嬢。俺だ。入ってもいいだろうか。」


扉の向こうから聞こえてきたのは公爵の声だった。


俺は急ぎ扉の前へと駆け寄り、扉を開いた。


「もちろんです、どうぞ。」


俺が部屋へと招き入れると公爵は穏やかにほほ笑みながら

部屋へと入ってきた。


そして公爵は俺のベッドの上に腰を掛けると近くに歩み寄った俺の手を引き、俺もベッドに座らせると用件を話し始めた。


「君のお友達の話なんだけど、少し早いが無事意識を取り戻して生命維持装置を外せるほどまで回復しているらしい。」


「!!ほ、本当ですか!?」


とんでもなくうれしい朗報に俺はひどくテンションが上がる。


バルドが生命維持装置をつながれていた期間は9日。


公爵が言うには本当は10日以上装置をつけておく必要があった可能性があったらしいため、本当に奇跡的な回復力を見せたと言えるだろう。


「それで、君の友達に治療費の事や君のことを話しに行った際に少し、気になる事を聞いたんだが……。」


「え?き、気になる事?」


一体バルドは何を言ったのだろうか。


というか、公爵が気になるようなネタをあいつが持っていただろうか。


なんて思っていると――――――


「公爵はひどく美しい方で女性にはおモテになりそうなので嫌がる女性は基本いないかもしれません。ですがリシアは女好きだから、どうか女好きのリシアのを愛人にするのはどうか考え直してやって欲しい、と。」


「……は…………はぁぁぁぁ!?」


公爵が困ったような表情で言いにくそうにバルドから聞いた話を口にし終えると俺は大きな声をあげた。


いやいや、何を勝手にばらしてくれてるんだと思わずにはいられなかった。


というか――――――


「愛人としてここに来たわけじゃないのに、バルドの馬鹿……!!」


理由はわからないけれどペットの様なものとして連れてこられたわけで、それも超高待遇!


むしろ一生働かずに生活の面倒を高水準で見てもらえるなんてご褒美とだって言える。


……まぁ、公爵が父さんを罪人として探していなければの話ではあるけれど。


(とはいえ公爵は一度も俺に父さんの話をしてこない。似ているとは言ったけどそれ以上はない。男だって事実をばらそうとは思わないけどいい人だとは思う。……そんな人にあいつは……!)


公爵に変な疑いをついでに女好きなのもばれてしまって本当に最悪だ。


「反応を見る限り女好きというのは嘘じゃなさそうだな。類は友を呼ぶというのか、俺の周りは同性好きが多くて面白いよ。」


「……え?多い?」


公爵は楽しそうに笑いながら言葉をこぼす。


その言葉を受けふと思い浮かべるのはフィオル様と俺と公爵の3人かと思った。


だけどそれが違う事にすぐに気づいた。


「君は公爵家から出られないからな。教えてもいいだろう。実は私の妻、アリアドネは女性が好きなんだ。」


「…………え、えぇぇぇぇ~~~~~!?」


愛妻家という割に屋敷に奥様の姿は見えないし、話題にも上がらない。


だから単純に愛妻家は嘘なのだろうと思っていた俺にとんでもない事実が投下された瞬間だったのだった。

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