第5話

「……3500ゴルド、か……。」


1日500ゴルドの生命維持装置を追加で7日間。


合計3500ゴルド必要になる。


(俺が本当に女だったら……助けられたのかな。)


気を紛らわすために遠回りをしながら家に向かっていた俺は路地に貼られている娼館の広告が目についた。


娼館は確か多額の金額を貸してくれる。


だけどそれはその返済のために体を売る条件で、だ。


男の俺ではもちろん女性としてそのような仕事ができるわけがない。


「っ…………。」


無力。


そんな自分を嘆かずにはいられない。


大好きな父を見送り、そして今度は親友を見送らなければいけない。


そんなの、耐えれるわけがない。


俺の心はそんなに強くはない。


誰か……誰か……


「誰か……助けて……。」


余りに感じる無力感。


その無力感から人生で初めて助けを求める言葉を口にした。


娼館の求人の紙の目の前で俺は崩れ落ちながら悲痛な思いで救いを求めた。


誰でもいい。


誰か、誰かバルドを助けてくれ。


大切な親友なんだ。


彼が助かるなら俺は、何だってできる。


そう、泣き崩れていた時だった。


「助けてやろうか?お嬢さん。」


酷く落ち着いた低い男性の声が聞こえた。


その声に驚き、声のした方へと顔を向ける。


するとそこには月明かりに照らされ、酷く高そうな衣類を身に纏った男性がいた。


「ふむ……見れば見るほどそっくりだ。君は俺の大切な知り合いにひどく似ている。君が望むなら俺が君に救いの手を差し伸べよう。どうだい?少し話さないか?」


月明かりに照らされる男性はひどく美しい顔立ちをしている。


だけど何故かひどく不吉さを感じさせた。


身体が自然と男性を拒絶しているような、そんな感じの寒気を感じる。


だけど――――――


「…………お願いします。」


どれだけ不吉でも俺は、その男性の手を取る事しかできなかった。


身なりを見る限り俺を助けれそうな相手。


そんな相手にもう、出会える気はしなかったから―――――――。





「どうだい?落ち着いたかな。」


男性の手を取り連れてこられたのは街一番の高級ホテル。


そこのスウィートルームに連れてこられた俺は気持ちを落ち着かせると同時に相手が誰なのかうすうす察しがついてきていた。


「それでは話を始める前に自己紹介をさせてもらおう。俺はディオルド・エルシオン。一応これでも公爵という立場でね。君の助けになれると思うよ。」


(…………思った通り、この人が。)


愛妻家と有名だけど男色の噂のある男。


そして俺の父親を捜している男。


(……本当、やばい賭けに出たものだな。)


何だろうと構わない。


それこそバルドを助けてくれるなら俺がお探しのリュシカの娘、何なら息子とばらしても構わない。


もう、悪魔にでも魂を売る覚悟はできていた。


「私の名前はリシアです。その、手を差し伸べてくださったこと。とても感謝しています。ですが私も馬鹿ではありません。どうすれば助けていただけるのでしょうか?」


エルシオン公爵がただで助けてくれるつもりがないことはもちろん理解している。


何なら先程から俺が”不快”だと感じる視線を浴びせてきている。


目的は身体……なのだろうか……。


なんて身構えていると公爵は笑いの息をこぼした。


「そう身構えないでくれ。何も君を取って食おうと思っているわけじゃない。ここだけの話、私は女性には興味がなくてね。どこからどう見ても女性の君に身体の関係を迫ったりはしないよ。」


「………は、はぁ……。」


男色家という噂はどうやら本当だったらしい。


ただ、身体の関係を迫ったりしないという割に公爵が俺の首元から胸元へ視線がくぎ付けになっていることに気づかないわけがない。


(大方男みたいな胸だなとか思ってるのかもな……。なんであれ、勘違いしてくれてるのは助かるけど……。)


少なくとも男であることをばらす必要はなさそうだ。


父さんの口癖の男とバレてはいけない理由が公爵にあるのならなおさらありがたい話だ。


だけど――――――


「なら、貴方に何をすれば助けてもらえるんですか?」


身体が目的じゃないとすればどうすれば救いの手を差し伸べてくれるのかがわからない。


まさか本当に父さんに似ているという理由だけでお金を出したりしないだろう。


なんて思っていた時だった。


「条件は一つ。俺の籠で飼われることだ。」


「…………え?」


酷く妖艶な笑みを浮かべながら要望を口にする公爵。


そんな公爵が口にした要望を俺は一度聞いただけでは理解できなくて間抜けな言葉をこぼした。


間抜けが声が面白かったのかいっそう楽しそうに公爵は言葉をつづけた。


「俺の屋敷という籠の中で永遠に、死ぬまで飼われること。つまり君の自由を代価に俺はいくらでも君を助けてあげよう。さぁ、どうする?」


「…………。」


悪魔に魂を売る覚悟はできていた。


出来ていたけれど本当に似たことをすることになるとは思わなかった。


つまりはペットになれという事なのだと思う。


何故そんな提案をするのかはわからない。


だけど女性に手は出さないと公爵は言った。


だから――――――


「私は薬剤を作るのが趣味なんです。その趣味だけでも続けさせてくれますか?」


俺はとりあえず俺が女らしく見える見た目でいるために必要な環境を取り上げられないかを確認した。


すると公爵は「毒等さえ作らなければ自由にしていいさ。」と快諾してくれ、俺は俺の自由の代価に5000ゴルドをバルドの治療費、そして生活費にもらい受けたのだった。

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