第4話

「こっちだ、リシア!!」


血相を変えて家に尋ねてきたアーノルドおじさんの後をついていき向かった先は街の病院。


病院につくなり俺はアーノルドおじさんに連れられ、病院の最奥の部屋へと足を踏み入れた。


するとそこには――――――


「……嘘……なんで………。」


顔半分と腹部に包帯がまかれた状態で眠るバルドの姿があった。


「どうして……こんな……。」


なんという事だろう。


傷があまりに深いのか顔半分を覆う包帯も、腹部に巻かれた包帯にも血がにじんでいる。


町一番の色男の面影はそこにはなく、酷いけがを負った患者だけがそこにはいた。


「バルド……バルド!!!」


俺はバルドに近寄るとバルドの顔に自分の顔を近づけた。


……息はある。


脂汗のようなものを欠き、苦しんでいるけれど生きてはいてくれている。


が――――――


「……誰が……誰がこんなことを?バルドの父親ですか?」


バルドをこんな目に合わせる相手。


すぐに思い浮かぶのはバルドの父親だった。


何せあの男は一度妻を殺している。


息子を手にかけようとしてもおかしくはない話だ。


「……いや、おそらくそれは違うだろう。彼は昨晩も賭博場で大負けをして警備員ともめていたらしい。」


「じゃあ一体だれが!?」


アーノルドおじさんに力強く言葉を投げかけても仕方ない。


そんなことはわかっていてもついつい言葉が荒々しくなる。


アーノルドおじさんも俺が取り乱してういるのに気づいているのか、気にしていないそぶりで話を続けてくれた。


「……バルドに恨みを持った男の犯行だったらしい。なんでも昨晩、バルドが女性と楽しそうに街中を歩いていると刃物を持った男性がバルドの片目を切り裂いた後、その刃物をバルドの腹部に刺したらしい。なんでもバルドの事を好きになってしまったと恋人に振られたことで犯行を決めたのだとか……。」


「……そんな……。」


いつか、いつか危ない目に合うかもしれない。


そんなことを考えていた矢先、まさか本当にそんなことが怒ってしまうとは思わなかった。


しかも――――――


「理不尽……すぎるっ……。」


究極、バルドが恋人の浮気相手というのなら恨みもわかる。


だけど恋人がバルドを好きになったから別れたいといっただけでバルドに恨みを持つのはただの逆恨みだ。


そんなことで傷つけられるなんて……理不尽が過ぎる。


「それで、なんだが……。リシア。バルドの胸に繋がっている機械は見えるかい?」


恐る恐る話しかけてくるアーノルドおじさんの言葉に俺は静かにうなづいた。


するとアーノルドおじさんはひどく言い出しづらそうに言葉を口にした。


「……それは生命維持装置なんだ。しかも継続的な使用には膨大なお金がかかる。」


「…………え。」


生命維持装置。


つまりバルドの胸に繋がる機会がバルドを生かしているという事。


逆に言えばそれを外してしまえばバルドの命は維持できないという事だ。


その装置が付けられているほどにバルドは今、酷く危険な状態なのだろう。


「刺されたところは悪くはなく、本来であれば命に別状はなかったらしい。だけど処置が遅れ、大量に出血したことで心拍数がひどく弱まっているらしい。今は俺のへそくりでつけているが…………俺の金じゃ3日が限界なんだ。」


「…………。」


本来であればアーノルドおじさんはお金を出す義理はない。


俺とバルドがよくいくお肉屋さんの店主というだけなのだから。


でもおじさんはいい人で、俺やバルドの家庭事情を知っている。


放ってはおけなかったのだろう。


そして本来頼るべきバルドの家にはきっと、生命維持装置を一日もつなげておくだけの資金は存在しないだろう。


「少なくとも10日は生命維持装置をつないでおかないと危ういと言われたんだ。だが、生命維持装置は1日500ゴルド……。到底用意はできなくてな……。」


(500……ゴルド……。)


500ゴルド。


それはひどく大金だ。


俺の月の収入は6ゴルド程度。


そこから生活費などを差し引いて俺の手元に残るのは1ゴルドもない。


それだけの大金を3日分出したアーノルドおじさんは本当に成人だと思う。


それも―――――


(バルドの命を、ほとんど諦めなきゃいけないのに……。)


10日必要なところを3日だけしか維持できない。


それはほとんどもう、別れが決まっているようなものだ。


それでも、それでも可能な限り生かしてやりたいというアーノルドおじさんの気持ちが色々な意味で俺の胸を締め付けた。


「……別れを告げることになるかもしれない。だがどうか、毎日愛に来てやってくれないか?見送ってやれというのは酷だとはわかっている。だが――――――」


アーノルドおじさんはかぶっていたハンチングを取り、俺に頭を下げた。


父親でもないのにまるで俺に頭を下げる姿は父親のようだった。


そんなアーノルドおじさんに俺は力なく「もちろん」と返すことしかできなかったのだった。

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