第3話

「それじゃあまたな、リシア。」


バルドが家に泊まった翌日。


共に朝食を取り終えるとバルドは俺の額にキスをして明るく去っていった。


「あいつは本当に……。」


元気に手を振りながら去っていくバルドを苦笑いで見送った。


「男女構わず距離が近いんだよなぁ、バルドは。」


バルドはひどく女好き。


だけどそのせいでいろいろ距離感がバグったのか、恋愛対象外の俺や男友達にもすぐキスをする。


もちろん場所は唇じゃないけど。


なつっこいと言われればそれまでだけど、問題はそこではない。


(お前が美青年なせいで何人の男が性癖歪まされたかをお前は知ることはあるのかね。)


バルドはひどく気さく故に友達が多い。


そして誰に対しても距離感が近い。


……前に女性からじゃなく男から嫉妬されたことがあるほどにバルドは男からも人気だった。


(よく小説で見るような無理心中しようとする男が出てこなきゃいいけど。)


前につき合ってた彼女におすすめされて読んだ小説。


そこには町一番の色男と付き合った女性が色男があまりにも人たらしすぎるせいで目の前で男性に刺され、犯人も色男を追って自害するシーンがあった。


(俺はお前が心配だよ、バルド。)


俺は男は正直あまり好きじゃない。


バルド以外の奴は変な色目を使ってくるやつも少なくない。


それが正直不快。


だからバルドの様に色事関係なく友人関係を気付いてくれる相手以外受け入れられない。


……何度か、襲われそうになったこともある。


女のくせにお高く留まりやがって、なんて言われていっそ急所をつぶしてやろうかとも思ったけど、何から男とばれるかわからない俺はとにかく何とか相手の拘束を振り払い逃げる事しかできなかった。


(俺、父さんが公爵から盗みを働いたせいでこんなに不便なのかな……。)


幸いなことに親友と呼べるバルドがいる。


彼女もできる。


だけど何でも話したいバルドには隠し事をしなければいけなくて、できた彼女との関係は期限付き。


もしこの不便な生活が父さんが犯した罪のせいなら……――――――


(俺は、父さんを”恨めば”良いのかな……。)


大好きな父さん。


そんな父さんを恨むことを想像してみる。


だけどそれは到底できそうにはなくて、でもだからと言って、ありのままの姿でいられない窮屈さを納得することは難しい。


(本当に父さんは一体、何をしたんだろう。)


興味を持ってはいけない。


持たないほうがいい。


そう思うのに……――――――


”知りたい”という欲望がどうしても俺の胸の中に生まれてしまっていた。





「あ~あ~。うん、今日もいい感じ。」


バルドが泊まっていった翌日。


その日もバルドが泊まりに来るかもしれないと思っていたけれど、父親の機嫌がさほど悪くなかったのか、はたまた新しい恋人ができたのかバルドは泊まりに来なかった。


だから俺は夜はゆっくりと調薬作業を死、久しぶりに変声薬を作り飲んだ。


長い間変声薬を服用していたからか変声薬が切れても声は男性にしては高い方だ。


だけど、今は警戒しておいてこしたことはない。


しっかりと女性らしい声に聞こえるよう改めて薬を飲み自分の声を聴いていた。


大丈夫、ちゃんと女性の声だ。


(まぁ、薬を飲んだとはいえあと数日は家にこもろうかな。)


もしかしたら街にまだ公爵がいるかもしれない。


俺と父さんはひどくそっくりだ。


うっかり遭遇なんてすれば疑いは免れない気がする。


そう思い俺は家にいる事を決めた、その時だった。


「リシア!!!リシア!!!リシアはいるか!!??」


家の扉がとんでもなく取り乱した声と共にドンドンと叩かれた。


(……この声、アーノルドおじさん?)


一体何があったのだろう。


そう思いながら小走りで扉に近づいた。


そして家の扉を開けた瞬間だった。


「リシア、大変なんだ!!バルドが、バルドが!!!!――――――――――」


「―――――――――え……。」


血相を変えてバルドについて話すアーノルドおじさん。


その話を聞いた瞬間、俺は息をするのさえ忘れてしまうほどの衝撃を受けたのだった。

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