第2話

「そういえば今日泊まっていっていいか?あのクズ野郎がま~た荒れてんの。」


バルドは思い出したように俺に問いかける。


俺はすぐさま承諾の意を表し、頷いた。


「本当助かる。別れたばっかで過ごす相手もいないから助かるわ~。」


バルドは今年16歳になる青年だ。


そんな彼にはどうしようもない父親が一人いた。


賭博好きで酒乱。


賭けに負けると暴れ倒し、バルドやバルドの母に暴力をふるった。


そして数年前、バルドの母や暴力を振るわれた結果命を落とした。


バルドの父親は捕まることなく、殺害の意志はなかったと認められて実刑を受けることはなかったけれど、以来バルドは父親を「クズ野郎」と呼ぶようになっていた。


バルドはダメな父親を反面教師にし、自分はそうならないよう「誠実」にこだわる。


それを誰かに強要しようとはせず、自分はそうあろうとする彼の姿は正直気高くて憧れる。


女好きではあるものの付き合ってる相手にはいつも誠実。


まぁ、別れてもすぐ次の相手ができるから本当に「誠実」なのか疑わしいと言われることが多いけれど、バルドも俺と同じく女性を魅力的に感じやすい人間なだけだった。


だから決して今付き合っていること前に付き合った人をはじめとした別の女性とは比べない。


一応、父親をいつか牢屋にぶち込むべく情報を集めようと情報屋に属しているとは聞いたことはある。


彼が唯一誠実さを欠いて接する相手は彼の父親くらいのものだ。


だけどそれだけ彼の父親が誠実を向けるに値しない人間だという事。


少しでも早く牢屋にぶち込むべく、いやいやながらも家を出ることもなく一緒に暮らしているのだとか。


だけどどうしても機嫌が悪い日は共にいる事が耐えられないらしく、付き合っている相手や俺のところで外泊をしているのだ。


「あ……そうだ。宿泊料代わりに面白いこと教えてやるよ。」


「……面白い事?」


ハッと何かを思い出したかのように手を叩くと楽しげに笑いながら俺に語り掛けてくるバルド。


一体何を話してくれるんだろうと首をかしげているとバルドはその面白いことを話しだした。


「エルシオン公爵についての噂はお前も知ってるだろ?」


「噂って……確かひどく愛妻家だけど、実は男色家かもしれないって噂?」


平民たちの間で貴族のゴシップ話というのは一つの娯楽だ。


誰かが噂を口にすれば瞬く間に広がり、知らないものはほとんどいなくなるほどだった。


そんなわけで自分から集めようとしなくても貴族のゴシップは勝手に耳に入ってくる。


知らないほうが難しいぐらいに。


「そうそう、その噂。で、これは他言してもいいって言われたからするんだけどよ、今日そのエルシオン公爵が情報屋に尋ねてきたんだよ。で、聞いたわけ。「リュシカという美しい男の情報はないか?」って。」


(…………え?)


リュシカ。


その名前を聞いて俺は一瞬、全身の血の気が引いたような寒気を覚えた。


リュシカ。


それは俺がよく知る人物と同じ名前だったからだ。


(い、いや……ま、まさかな……。)


「その……公爵は何でその人の情報を欲しがってるのか言ってた?」


酷く動揺する気持ちを抑えつつ、俺はできるだけ自然にバルドに問いかけた。


するとバルドは軽く頷き、続きを話し始めた。


「なんでも公爵から大変な盗みを働いた大泥棒らしくてさ。美しい水色がかった銀髪の容姿端麗な男性らしいぜ。」


「……美しい……水色がかった……。」


俺はバルドの言葉を聞くとすぐさま脳裏に一人の人物を思い描いた。


(……間違いない、父さんの事だ。)


父さんは魔法薬で男性らしい骨格を軽く矯正し、変声薬を飲むことで女性らしい声で街の人と接していた。


だから男性だったかもしれないと疑われることはないだろう。


だから公爵が父さんにたどり着くことはないだろうけれど……


(公爵から大変な盗みを働いた?”あの”父さんが?)


父さんはひどく誠実な人だった。


誠実さにこだわるバルドが尊敬するような程の人で、聖女様と街の人たちに呼ばれているくらいだった。


そう呼ばれるたびいろいろな意味で困った笑みを浮かべる父さんの事を俺は今でも鮮明に覚えているほどだ。


この街には母さんが亡くなってから移り住んだらしいから父さんは旦那に早く先立たれた女性として街にやってきた。


貴族相手に親が無礼を働いた場合、子供が償いをしなければいけないことがある。


だから何をしてしまったのかは気になるけれどバレることもないだろうし……


(逆に気にしすぎると辺にぼろが出そうだし……。)


「盗みねぇ~。一体何を盗んだんだろうね。貴族相手の罪人は普通だったら指名手配くらいされてそうなのにね。」


俺はいつも通りの軽い口調で感想を述べる。


するとバルドも同意の意を表す頷きを見せた。


「ま、面白い話とは言ったけどさ、お前にとっては若干面白くないとも思うんだよな。水色がかった銀髪。それだけでお前の親族と思うかもしれないだろ?なんたって水色がかった銀髪は珍しいからな。」


「あ~……確かに。」


エルシオン公爵の探し人が俺の父親であることなんて露しらず、頭が痛くなるような話をしてくるバルド。


だけどバルドのいう事は何も間違いではない。


(しばらく外出、控えておいた方がいいかもな。)


念には念を。


そういう言葉がある。


俺はバルドの言葉を受け、しばらくの外出は控えようと心に決めるのだった。

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