第1話
生まれてからすぐに母親は死んだらしい。
そして8歳の冬の日に父親も死んだ。
そんな父親はひどく変わりものだった。
男だというのにいつも女性のように振舞い、女性の衣服、化粧品を使用していた。
そしていつも口癖のように言うのだ。
【決してお前が男だと誰にも気づかれてはいけないよ。そしたらお前はきっと、すべてを奪われてしまうからね。】
とても強く、美しい父親だった。
女性のような恰好をしていても違和感がない程にひどく美しい人だった。
何故【男だとバレてはいけない】と言ったのかはわからなかった。
だけど俺は大好きな父親の言葉をひたすら守り、14歳までご近所さんに助けられながらのびのびと生きていた。
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「リシア、今日も可愛いね。これ、おまけしておくよ。」
賑やかな昼下がりの市場。
来慣れた肉屋で買い物をしていると店主のアーノルドおじさんがサービスをしてくれた。
「えっ!?いいの!?嬉しい!!」
俺は父親直伝の笑顔を見せた。
一瞬おじさんの頬が赤くなり、照れくさい様にはにかんだ。
「いやいや、おまけ一つでリシアの愛らしい笑みが見れるなら安いものだよ。これは見物料みたいなものだから。ははは!」
「もう、おじさん。私は見世物じゃないんだからね?」
冗談めかしく笑うおじさんに冗談めかしく言葉を返す。
街の人たちはよく「見物料」と言って生活必需品をプレゼントしてくれる。
若くして両親を亡くし、薬を作って売って、細々と暮らしている俺を可哀そうに思い少しでも足しになればとしてくれていることだと俺は知っている。
だけど気高い親を持っていた俺に「同情」だと気づかせてしまうのはどうなのだろうと思ったらしく、「見物料」とプレゼントをしようという事になったというのをこっそり聞いたことがある。
とてもやさしくて暖かい人たち。
俺はこの街の人たちが大好きだ。
「おっ、リシア。今日もいいもん貰ってんな!」
叔父さんと冗談めかしく笑っていると俺の肩に誰かが腕を回し、のしかかってきた。
「へへっ、良いでしょう?バルド。なんなら一口分けてあげようか?」
「おっ、ラッキー!貰う貰う!!」
突然現れたのは町一番の色男、バルド。
女好きで有名だけど誠実でやさしいく、気さくな事でも有名だ。
バルドは俺がおじさんにもらった「見物料」の肉がたくさん挟まったパンを差し出すと俺の手を掴みパンを自分の口へと運んだ。
「相変わらず二人は仲がいいな。本当に付き合ってないのかい?」
「「あはは、ないない!」」
叔父さんが不思議そうに尋ねると俺とバルドはひどく可笑しそうに笑い声をあげた。
街の人たちで俺とバルドが親しいことを知らない人はいない。
だけどバルドと俺がつき合っていないことを知らない人もいない。
女好きのバルドがありえない!なんて言っている人もいるけれどバルドは勘が鋭い。
俺が男だという事実は知らないけれど、なんとなく俺が普通の女の子ではないと理解してか色目を使われたことが無い。
そう、まさにバルドは俺の唯一の男友達。
俺が男らしく接することが許される気楽な相手だ。
でもまぁ、勘が鋭くなくても俺を好きにならないのはそれもそのはず……。
「さてと、大親友のリシア君。今回は一体何をやらかして振られたのかね?」
「やらかしてなんてない!彼女が好きな男ができたと言って振られただけだよ!」
バルドを連れて家まで戻ってきた俺。
バルドは言えにつくなりソファに腰を掛けると俺の恋愛事情について聞いてきた。
彼が俺を好きにならないもう一つの理由。
それが俺の恋愛対象が女性という事実を知っているからだ。
「まぁ、そりゃ手をつないで時折キスするだけの同性の恋人よりやることやれる異性の恋人のがいいもんな。」
「ちょっと、下品な話はやめてくれない?」
酷く大笑いしながら語るバルド。
そんなバルドに俺は不服そうに言葉を発した。
(俺だってやろうと思えばできるさ!でも、恋人だからって俺が男とばらすのは……怖いんだ。)
今まで俺はたくさんの女性と付き合ってきた。
本当のことを言おうと思ったことは何度もあった。
だけどその度に父親の言葉が頭をよぎった。
【決してお前が男だと誰にも気づかれてはいけないよ。そしたらお前はきっと、すべてを奪われてしまうからね。】
……すべてを奪われる。
まるでそれは呪いのように俺の頭を埋め尽くした。
今ある幸せが奪われてしまうかもしれない。
そんなリスクを冒してまで俺は、真実を打ち明けようと思える相手にまだ出会えてはいない。
「まぁ、みんな俺の事を女好きとやいやいいうが、正直お前も俺と同じくらい女好きだもんな。」
「はは、それは否定しない。だって女の子はみんな可愛いもん。」
バルドの言う通り、俺はひどく女好きだ。
最初は女らしさを学ぶために沢山の女の子に近づいた。
そして女の子同士でしかできない話をして、女の子が可愛いと、守ってあげたいと思える存在に思えた。
幸い、父親譲りの美貌のおかげで女の子でも好意を持ってくれる子は少なくない。
でも大々的につき合えない為いつだって俺と恋人の関係は期限付きだった。
「というか、私の話ばっかりしてるけどバルド、あんたも振られたの知ってるんだからね?」
バルドはひどく情報通。
だから俺が秘密の関係を持っていた女の子と別れたことを知っていたけれど、俺だって似た情報を持って居た。
まぁ、バルドと違って集めようとして集めたものじゃなく、彼が女好きと町中に知られるが故に勝手に耳に入ってきただけ。
でも振られたのはお互い様だ。
俺は茶化すようにバルドに言葉を投げかけたのだった。
「あぁ~それ、もう耳に入ってたかぁ~。いやさ、またお前がらみ。絶対お前の事好きじゃんって言われて「私とリシア、どっちが大事なのよ!」って言われたからさ。どちらも選べないって言ったら頬平手打ちされて振られた。」
苦笑いを浮かべながらジェスチャーを交えつつ、冗談めかしく話すバルド。
全くこの男は。
そんなことを思いながら俺はバルドが腰かけるソファに腰かけ、バルドの隣に並んだ。
そしてぶたれたという側の頬に手のひらを添えた。
「バーカ。そこは彼女だって言ってあげなよ。」
「無理無理。俺のモットーは誠実であることだからさ。嘘は言えない。それに俺はお前を親友だと思ってんの。俺とお前の友情を理解してくれる子じゃなきゃ未来はないさ。」
バルドはバルドの頬に触れる俺の手をさらに自身の手で覆う。
確かにこんな光景を見られたら恋人と勘違いされるだろう。
だけど俺たちに恋愛感情はない。
似た者同士居心地がいい。
ただそれだけだ。
どちらかといえば、兄弟の様に―――――――。
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