エピローグ

「ゆ、許してくれ。わしだって心を痛めていた。けど、村の存続のために仕方なくエタマタという制度を存続させ」


「すまん。言い訳を聞きに来たわけじゃないんだ」


「がっ!」


 カイは自宅の地下室に隠れていたモチオを気絶させて誘拐した。




「よくも今まで私たちを甚振ってくれたね!」


「自分だけ生き延びていたなんてなんて生き汚い男なんだ!」


「やはり男はカイさん以外信用できない!」


「好きなだけ甚振ってくれ」


「ん-! ん-!」


 ロープでぐるぐる巻きにしたモチオをエタ区域の中央広場に放置してカイは背を翻した。すぐに激しい殴打音とくぐもった悲鳴が上がった。善行の快感にカイはふっと口角を上げて笑った。




「本当に食うのか」


「ええ。大事な食糧ですから」


 紐で括りつけて皆で引き揚げたゴローの死体を食肉加工しながらサチが笑う。そのたくましさとゲームでは考えられない所業にこの世界のリアルをまざまざと感じるカイにサチが尋ねる。


「カイさん。やはり旅に出るんですか」


「ああ」


「……あの、ですね。カイさんのおかげで多くの人がレベルアップして、一先ず村を防衛できるぐらいの戦力にはなりました。けど、ですね」


「けど」


「子種が足りないんです。村人が全滅しましたから。まぁ生きていても村人の子を産むなんてもうこりごりですけど」


「!」


 カイはピンときた。サチがカイの腕に腕を巻きつかせてしなだれかかって言う。


「カイさん……私たちに子種を授けてください。みんなで合意の上で決めたんです。好きな相手を選んでいいですから、なるべく多くの人に子種を授けてください」


「……ッ!」


 カイの脳裏にサチのパンツが蘇る。もう目の前のチャンスを逃すような真似は犯さない。


「じゃ、じゃあ、ま、ままま、まずは、サチさんから」


「! ……はい」


 カイがニエ村を出立したのはそれから1ヵ月後のことだった。





「旅立ちまで随分かかったわね。まぁ、私も精神を安定させるまで一所で身を休めたい気分だったから丁度いいけど」


 ニエ村。エタ区域。使われてない一軒家。一つ屋根の下のベッドの上でリオとカイは隣り合って寝ていた。服は着ている。


「ああ、この世界は最高だ。俺の理想の世界だ。俺はこの世界に転生するために生まれてきたんだ。今は確信してる」

 

「あっそ、クズ」


「そんなクズを好いてくれる人もいるんだよ」


「まさに調子に乗った童貞って感じね。見てられないわ」


「……」


 カイは黙った。リオの言葉のストレートパンチが心臓に入ったからだ。


「全く、一々凹まないでよ。これから一緒に旅していくんだから」


「……すまない。俺は多重精神病患者で、心に弱点をたくさん持ってるんだ」


「私も。似た者同士ね」


「……ルナティック・オンラインに嵌まるだけはあるな」


「まぁね」


 ゴロンと腕を枕にして天井を見上げるリオ。カイはその美しすぎる顔を見ながら尋ねる。


「そういやその顔、アバターじゃないんだって? 信じられないぜ」


「あなたもそのやり過ぎなくらいイケメンな顔がサンプリングだったなんて驚きよ。リアルでもそんなイケメンなのに童貞だったのね。ピュアだったんだ」


「ま、まぁな」


 リオは転生に際してゲームの容姿でなくリアルの容姿で転生してしまったらしい。魔女っ娘的な容姿とキャラ付けは趣味で、今の顔と性格が地なのだと。だからリオはカイもリアルの容姿で転生した、つまりゲームのアバターがリアルの顔のサンプリングだったと勘違いした。カイはリアルの自分の顔が大嫌いだったので、あとカイ・クローシャこそ自分の真実の姿だと信じているのでリオの勘違いに便乗した。だからリオはカイを絶世のイケメンだと思っている。


 そのリオがカイに抱き着く。


「じゃあ、今日も一緒に、添い寝してくれる?」


「あ、ああ。勿論さ」


「良かった」


 リオがカイに抱き着く。ギュッとだいしゅきホールド。リオは絶世のイケメンかつこの世界唯一の同郷の存在で尚且つ強いカイに依存していた。好きな訳ではない、とにかく誰かに甘えていないと精神がおかしくなりそうだからと、その甘え先にカイを選んだのだ。カイがイケメンだからだ。カイがリアルの顔で転生していたら絶対にリオはカイに甘えなかった。


 泣きそうな声でリオが言う。


「私を、絶対に一人にしないでね。約束よ」


「ああ、約束する」


「一人にしたら、自殺しちゃうんだから」


「やめた方がいい。この世界を謳歌しろ」


「私この世界嫌い。この世界が好きなんていうあなたの感性がまるで理解できない」


「もう少し年を取ったら分かるよ。現実はこの世界より狂気と絶望に塗れてるんだ」


「私には分かんないの。だからね。ずっと私と一緒にいてね。あなたがいないと、私狂っちゃうんだから」


「……生きてる限りは、絶対に」


「うん……絶対よ。私が死ぬまで、傍にいてね」


「ああ」


「それを聞いて安心した……ありがと……じゃ、お休み」


「お休み」


 リオはカイの胸板にすがりついたまま寝息を立てる。カイはその背を抱き締め、なんて役得なのだろうと思いながら自分もまた深い安堵の中眠りについた。なんだかんだでリオの存在はカイにとっても結構救いになっていた。カイにだって全く不安がない訳ではないのだ。


「……ありがとう。リオ」


 寝る直前、カイはそう呟いた。








「どうした、サン」


 迷い子の森。ニエ村を出てすぐのところでサンが後ろを振り返り立ち止まる。その瞳から涙が零れる。


「あ、いえ、あんな村でも私が育ったとこですし、何より、お母さんと離れ離れになると思ったら、つい涙が」


「……無理もない。サチさんは素晴らしい母親だ。そりゃ悲しいだろう」


「カイさんも何度もやってましたもんね。私の母親と」


「……うん」


 気まずげに俯くカイ。サンはそのカイに笑顔を向ける。


「誇らしいです。そんなに私の母親を愛してもらって」

 

「……うん?」


「カイさん。私も、大人になったら、お願いしますね」


「! あ、ああ! 任せとけ!」


 やはりこの世界の狂った常識は自分に馴染む。張り切って頷くカイにリオが嘆息して告げる。


「性獣……」」


「お、男として当然の返答だ! 俺はこの世界ではカイ・クローシャとして振舞うことに決めたんだ!」


「はいはい。でも、その割り切り方は羨ましいわ。私、やっぱり元の世界のことが忘れられないもの」


「元の世界ってどんなところですか」


「地獄みたいなとこ」


「平和なとこ」


 両極端な答えにサンが苦笑いする。サンや村の人々は既にカイとリオの素性を知っている。カイが迂闊な発言をしまくって隠すことが不可能になったからだ。カイはサンに真面目な顔で告げる。


「この世界よりも地獄だった。間違いない」


「こんな世界よりよほど平和。間違いない」


「……エタ村と同じで、幸せが両極端に存在する世界なんですね」


「そうだな。そして殆どの人間は不幸だ。だから俺はこの世界が大好きだ。だから俺はこの世界を救う」


 白い太陽に手を伸ばしてカイは宣言する。


「俺の愛するこの世界をクリアして絶対ハッピーエンディングに導く」


「期待してます! 頑張りましょうね」


「……ま、付き合うわ。元の世界に戻れる可能性がなくはないものね。それっぽいアイテムもあるし」


「俺はいらないから譲ってやるよ」


「ブレないわね」


「ああ、俺はこの世界で生き続ける。ふふ、どんな旅になるのかこれから楽しみだ!」


 カイは、カイ・クローシャとして、この世界の大地を踏みしめる。前に、進む。白い太陽が頭上でどこまでも眩しく輝いていた。その太陽の眩しさに眼を細めながら、カイは笑った。


「俺たちの戦いはこれからだ!」

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