第3話 紙一重の蹂躙
「ハァ、ハァ。なんだ、お前は。なんなんだお前はよぉおおおおおおおおお!」
「だからさっき言ったじゃないか。人間だって。あまり馬鹿な質問をするなよ。冷める。低知能AIがバレるぞ、っと!」
自分の傍に振り下ろされた脚を避けざま、都合4度ほど切りつけた関節部に先程と寸分たがわぬ軌跡でカイは剣を滑り込ませる。
アルメリウスの10メートル以上ある長い脚が切り飛ばされて、振り降ろされた勢いのままにあらぬ方向へと吹き飛んでいった。
絶叫。
「ギャああああああああああああアアアアアアアアアアア!」
「はぁ、はぁ。可愛い声だ。俺は敵キャラの中でもトップクラスにお前のことが好きなんだ。見た目の醜悪さ。性格の小物さ。声の下種さ。イベントの残虐さ。どれをとってもたまらない。好きだ。好きだ。好きだ。好きだ。好きだぁ……。も、もっと声を聞かせてくれよォ……」
「ち、近よるな。俺のそばに近よるなぁあああああアアアアアアアアアアアア!」
アルメリウスが後ずさる。その体から生える脚は全て損傷し、そのうちの6本は切断されている。髪も散り散りに千切れ残る毛根は2割を切っていた。もう瀕死状態だ。
一方のカイは、無傷。擦り傷一つ負っていない。どちらが強者か。それは両者の状態を見比べれば明らかだった。
だが、見た目ほどカイにも余裕がある訳ではない。無傷なのは綱渡りのような曲芸の連続が奇跡的に成功しただけだ。
アルメリウスの手と足と髪をフルに使った攻撃は一見隙間ない絨毯爆撃のように見えて実は安全地帯がある。だが、攻撃パターンごとに異なる安全地帯を瞬時に見極めて体を潜り込ませるのはカイにとっても至難の業だった。
80回を超える攻防の中、攻撃パターンを一つに絞り切れず完全にヤマカンで安全地帯を引き当てた死んでもおかしくなった攻防が5回もあった。【終焉を齎す大蛇神】と10時間以上の激戦を繰り広げたあとかつもうすぐ死ぬという極限の精神状態だからこそ、その5回の運ゲーを獣の直感で正解を引き当てて生き延びることができた。二度はない奇跡だった。
余裕がない原因はもう一つある。
カイは、レベルを初期化されていた。ゴブリンと戦った時の剣の手応えから薄々気付いていたが、第二階位以上の魔法がMP不足で発動できなかったのを契機に確信した。
ルナティック・オンラインではレベルが、HP、MP、筋力、魔力の4つのステータスに影響する。その4つのステータスが軒並み最低値まで落ちていたのだ。そのせいで一度の被弾も許されず、使える魔法に大きく制限がかかり、攻撃力が不足していた。脳の知覚処理能力を技術的な問題で拡大できなかったという理由で敏捷性の項目が実装されていないのと、課金販促のため武器に装備条件がついていないのが不幸中の幸いだった。でなければカイは既に死んでいただろう。
(第二階位以上の魔法が使えれば、攻撃力が十分にあれば、もっと楽に戦えていた。だが、レベルが初期化されていなければ、こいつとこんなにも濃厚に
「もっと見せつけようぜ。神に俺たちのShall we danceを……!」
「黙れ異常者! てめぇ一人で死神と踊ってろぉオオオオオオオオオオオオオオ!」
アルメリウスが深く沈み込む。足をぺたりと地につけて新体操の選手のように180度開脚。そして、回り出した。
「喰らえ!
脚を6本斬られたアルメリウスが使う発狂攻撃。残った2本の脚を伸ばしてヘリコプターのプロペラのように回転する全方位攻撃。攻撃力は絶大。例えレベルマックスでも一撃で体力を10割持っていかれる。
何も知らなければ距離を取って魔法で攻撃をしたくなる。だが、それは罠だ。足の先からは無形の衝撃波が発生しており、足のリーチは10メートルだが実際の攻撃範囲はそれどころではない。距離を取り切る前にまず死ぬ。
つまり、正解は接近戦。
そして、この攻撃はプレイヤーにとってピンチではなくチャンスなのだ。
「Shall we DAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAANCE!」
カイは駆ける。一直線に。回転する足の根元へと。
うなりを上げて横から迫る足を飛んで交わす。
着地。駆ける。またすぐ足が来る。飛んで交わす。駆ける。
着地。駆ける。飛ぶ。
着地。駆ける。飛ぶ。
着地。
駆ける。
飛ぶ。
カイが着地する前に、次の足が回ってくる。
(5回。記憶通り。リズムゲーム。ナイスダンス!)
残り1メートル。
剣を伸ばせば届く距離。
だから、カイは地面へと剣を伸ばした。
地を叩いた反動で体が更に前へと飛ぶ。アルメリウスの足が猛風を引き連れて体の下を通過する。その風も追い風にしてカイは体を旋転させた。
アルメリウスの首を狙って。
アルメリウスの回転とは反対方向に。
闇を纏う剣が振り抜かれた。
「
ギャリギャリと、首を覆う白色の硬い皮膚がカイの
そして。
「ば、かな。俺様が人間なんか、に……」
「終わりだ。安らかに眠れ。R.I.P――お前もまさしく、
アルメリウスの首が、まるでワイン瓶のコルク栓のように、吹っ飛んだ。
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