第9話 殺せ
前話から1年の間を開けて書いた話。雰囲気変わってるかもしれません。
クズオ・マラデカイが村人を引き連れてエタ地区を訪れたのはサンがカイと別れてすぐのことだった。
クズオは2メートルを超える長身の大男で村一番の強者。しかも村長の息子で村一番の権力者である。武力と権力、その両方を生まれつき兼ね備えたクズオはまさに神に選ばれしラッキーボーイだった。
だがしかし、クズオはクズだった。人としての優しさを母の子宮に置き忘れて生まれてきたのだ。村の人間にとってクズオは災害のような独裁者であり、特にエタマタにとっては恐怖の象徴以外の何物でもなかった。
村を訪れたクズオは、抱き合って脅えるサンとサチにニヤニヤ笑いながら言った。
「サチ。サン。村長がお呼びだ。無理やりにでも連れてくぜ。サチ。今日の浄化はいつもよりちときついだろうぜ。サンお前は贄だからエタアナを使った浄化はできない。だが、それ以外の浄化は何でもしてやるよ」
「アルメリウスはもう死にました。エタマタの風習は罪悪感なくニエを輩出するために生まれたもの。もう私たちがエタマタ呼ばわりされて蔑まれる理由はないです!」
「アルメリウス様が死んだぁ? はっ」
クズオはサンの言葉を鼻で笑った。
「アルメリウス様には村で最強、つまり世界最強の俺すら敵わないんだ。一体誰が殺せるってんだ。お前の論理、破綻してるよ。やはりエタマタは低知能だな」
「もうエタマタじゃありません! それにあなたは世界最強なんかじゃありません! 私はもっと強い人を知っています! その人がアルメリウスを倒してくれたんです!」
サンはあるがままの事実を飾らない言葉で告げる。素朴で素直なサンの性格がよく出た、平時なら美徳とされる言い回し。だが、美徳が常に美徳のままでいられるとは限らない。状況によっては美徳は悪徳に反転する、あるいは悪徳は美徳に反転する。
クズオの表情が一変した。巌のような肌が赤熱する。沸騰した鍋蓋のようにぷるぷると震える。
サンが、いや、その場にいるエタマタ全員が青褪めた。
クズオが腰に履いた身尺2メートルを超える大刀を抜く。そして振りかざした。
「このエタマタ風情がァアアアアアアア! このクズオ・マラデカイを愚弄するかァッ! 死ねィ!」
使い込まれ鈍く光る刀身がサンに迫る。その体が横合いから突き飛ばされる。突き飛ばされたサンの視界に倒れ込みながらサンへと両手を伸ばすサチの姿と――。
その背に斜めから食い込む大刀の切っ先と飛び散る鮮血が映った。サンは絶叫した。
「ちっ、上物のエタマタが一人死んじまったか。いや、まだ生きてるか。まぁどうせすぐ死ぬか。まぁいい。おかげでニエを殺さずに済んだ。お前は死ぬ直前までイイ女だったぜサチ。具合も、都合もな。ちっ、だがまだイライラが収まらねぇ。オラこいサン。エタアナ以外の場所をみっちり浄化してやるよ」
「いやぁーーーっ! ママ―っ! ママ――っ!」
「ちっ、うるせぇなぁ。泣き喚くんじゃねぇよ。流石エタマタ。糞雑魚メンタルだな」
背後の嘲笑する村人たちと同様にクズオもまたニヤニヤと笑いながら大刀を肩に担ぎサンに近づいていく。
「あー……後ろくらいならいいか」
そう言ってサンの肩を掴む。その瞬間。
「ん? なんだきさぶべっ」
クズオの背後で悲鳴が上がった。幾度も効いたことがある命が途切れる音だった。非常事態。クズオは慌ててサンから手を離して背後を振り向く。
配下の村人たちを瞬く間に斬り殺して凄まじいオーラを放つ見たことのない剣を片手にクズオへと突進してくる村人でない男を見た。サンの言っていた男。つまり自分の敵。単細胞でそれだけ認識したクズオは即座に大刀を構えた。
(クズオ・マラデカイ。レベルは435。本来なら終盤に戦うNPCだけあって人間にしてはかなりのハイレベル。アルメリウスに村の管理役としてパワーレベリングをさせてもらっていたからだ。まぁ問題にはならん。俺の敵ではない。性格は、屑。屑屑屑屑屑屑屑屑。超絶屑男。つまり躊躇いなく殺せる。これから幾度となく繰り返すことになるリアルな殺人に慣れるには丁度いい相手だ――たくさん苦しめてから殺してやる)
「なんだぁてめぇ! この俺様がクズオ・マラデカイさまだと知っての狼藉かあぁん!? よくも俺の奴隷どもを殺しやがったな。てめぇの汚ねぇケツ穴でその罪償わせてやらぁ! 俺の剣をぶっ挿してやるよ!」
カイへとクズオが刀を豪速で振り下ろす。人間にしては、豪速。アルメリウスと比べたら、蟻の歩み。あまりにも悠長な刹那の間にカイは思う。
(……サン)
ベージュの上下一体型のワンピースの下に隠された色気のない、けれどそれが逆に素朴でリアルで興奮するパンツ。
その奥に秘めた肉壺の入口。生まれて初めて触る女の咢。忘れようにも忘れられない、手に刻み付けられたサンの暖かさ。
そして、胸。気づかずに触っていたときは何とも思わなかったが気づいてしまえばあまりにも男と異なる女の柔らかさをその薄板にまざまざと盛り上がらせていた魅惑の生肉。失いたくないと思う。屍肉にして冷たく固く腐らせるにはあまりにも勿体ない。生きたまま熱く柔らかくあってほしいと切に思う。
もう他人ではない。NPCでもない。大事なカイの友達だ。あれだけ言葉を交わしてもカイから離れない。それは友達だとサンが思っていてくれたから。そんなサンをカイもまた友達だと思う。大切だと思う。
だからカイは吠えた。そんな気持ちを咆哮に籠めて。
「サンはおれのものだぁアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
カオスロードでクズオの大刀を両断し、その股間に深々と剣を突き刺した。
「ギャ、ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
クズオが地に倒れてのたうち回る。ルナティック・オンラインには数多くの不快なNPCが登場する。そしてそのNPCたちはもれなく戦うことが可能で、苦しむモーションが多様に用意されている。四肢を切り落とせば行動不能になる。つまり、そういうことだ。
だからカイはクズオの四肢を切り落とした。悲鳴が達磨のデコレーションだった。
「どうだ。それがお前の今までの報いだ。悪人は殺されて当然。そして、苦しんで当然なんだ。てめぇ、よく見たら俺の糞上司と似た顔してるな。見れば見る程不快な顔だぜ。この下種が」
カイは絶叫マシーンと化したクズオの腹に足を突き刺した。両断された股間から小便のように、射精のように、潮吹きのようにピュッと、血が吹き出た。ケツ穴からは汚物が垂れ流される。そのリアルな苦しみの反応に興奮を覚えながらも、流石に汚物は汚いなとカイは顔を背ける。死にそうなサチが目に入った。これ以上の加虐は抑えてカイは醜態と生き恥をさらし続けるクズオの介錯を決意する。だからサンを呼ぶ。
「サン。こい」
「え? あ、はい!」
成り行きを呆然と見守っていたサンはカイの元へと走り寄る。カイはサンにカオスロードを押し付けた。
「殺せ」
「え?」
「クズオを殺してレベルアップしろ。ゴブリンと同じだ。ゴブリンより醜悪だから殺しやすいだろう?」
「な、なぜ」
「レベルアップで解禁される魔法で母を助けられるかもしれない。早くしろ」
「ッ! 殺ります!」
サンはカオスロードをクズオ目掛けて振り上げた。そしてクズオが何か言う間もなく振り下ろして首を切り落とした。クズオの首が回転しながら宙を舞う。ゴブリンより醜悪な分、確かに遥かに殺しやすいとサンは思った。
「ッ! あんッ!」
サンが下腹を抑えてうずくまる。急激なレベルアップにより耐え難い感覚を覚えたらしい。面貌が紅潮している。レベルアップによる興奮が見て取れる。カイは満足げに一度頷いて、サンに告げた。
「母の傷口に手をかざしてソル・オブ・ヒールと唱えろ。今のお前なら使えるはずだ」
「は、はい! ソル・オブ・ヒール!」
サンはサチの背中の傷口に手をかざしてソル・オブ・ヒールと唱えた。サンの手から光の球が放たれ、それは傷口に着弾し、染み入り、5秒でサチを完治させた。流石太陽の巫女と感心するカイの視界の中、サチが目を覚ます。
「あ、れ。私は、死んだはず……」
「お母さん! お母さぁあああああああああああああああん!」
サンがサチの胸に飛び込む。サチは戸惑いながらもサンの頭を優しく撫でる。カイはサンの気持ちが落ち着くまでぶっきらぼうな表情で傍に立っていた。
泣き止んだサンがカイを指さして言う。
「あの人。あの人がアルメリウスを倒した人。クズオも倒してくれたの。そしてお母さんを助ける方法も教えてくれたの」
「俺がカイ・クローシャだ。世界最強の男だ」
「まぁ、あなたが。本当に、なんとお礼をすれば……」
「礼など」
言いかけるカイの前でサチががばっと己のスカートを捲る。若々しい容姿によく似合う白いパンツが曝け出される。カイは瞠目した。
「差し出せるものなどこの身くらいしかありませんが、もしよろしければお受け取りください」
「い、いや! 俺は、そんなくだらない男じゃない! い、いらん!」
童貞には刺激が強すぎる提案。カイは反射的に見栄を張りながら断った。
「そうですか……」
しゅん、とスカートを下げパンツを隠すサチ。受け取っとけば良かった。後悔で身を焼きながら、カイはふと、改めて母親の許可も取っておこうと思って言った。
「じゃあ、サンをくれ」
「! サンを、ですか……」
「ああ」
「……そういえばさっき、サンは俺のものだって言いながらクズオに切りかかりましたね」
「言ったな」
サチは涙ぐんで言った。
「まぁ、そんなに気に入られて。良かったねサン。こんな強くて心優しい人の傍にいればこんな村にいるよりもずっと安全だよ。是非ついていきなさい」
「え?」
「え?」
サンは心優しいという表現に、カイは言葉のニュアンスに疑問を発する。サチは笑顔で言う。
「随分と呆気なく、と戸惑っていますね。ですが、これがこの子にとっても最善なのです。こんな村にいてはこの子に未来はない。アルメリウスがいなくなっても村人たちの差別意識はなくならないでしょう。こんな美しい容姿の、ニエでなくなったこの子がこれ以上この村にいたらと思うとゾっとします。だから、連れて行ってください。むしろこちらから、お願いします」
「なるほど」
カイはサチのロジックを飲み込んだ。確かに道理だった。エタ村の村人は心が穢い。嫌いなNPCランキングでエタ村の村人という括りでランクインする程だ。クズオとモチオも別枠でランクインしていた。むしろこれは善行とカイは晴れやかな気持ちでサチに頷いた。
「任せてください。俺がサンを守ります」
「ふふ。ありがとうございます」
「あの」
話が纏まりかけたところでサンが言う。
「お母さんも、連れて行ってもらえませんか?」
「え?」
「お母さんも元エタマタだから、これからもきっと酷い目に合う。だから、お願いします」
「えっと……」
「こら、サン。我が儘を言わない。カイさんが困っているでしょう。カイさん。私のことなんかどうでもいいのでサンだけ連れていってください」
「でも」
「サチ。聞き分けなさい」
「……」
サンとサチのやり取りを聞きながらカイは思う。ゲームならばもうキャラクターの加入フラグを立て終わって次の目的地を目指すシーンだ。だが、この世界は現実だ。痛みを以て思い知った事実だ。だからこそカイは迷う。小市民としての常識がカイ・クローシャというキャラクターの行動指針をブレさせる。まだこの世界に対するスタンスがカイは決まり切っていなかった。
(クソ! ゲームならこんな時所詮NPCだし村人を虐殺すればいいやと嬉々として村人を殺して回るんだが、現実でやったら引かれるよな。クソ! 俺の手を汚さず村人を虐殺してくれる全自動殺戮マシーンがあったら……!)
その時、カイの耳に村人の悲鳴が届いた。
「ゴローだー! ゴローが現れたぞー!」
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