第8話 魔女
カイは魔女の家の前にいた。
考えているのは魔法を発動してから家に入るかどうか。つまり、好感度を犠牲に安全を取るか、安全を犠牲に好感度を取るかだ。
(ルナティック・オンラインのNPCは狂人ばっか。出会い頭に魔法をぶっぱされて殺される可能性もある。……ダークネスオーラを発動してから入るか)
カイはダークネスオーラと小声で唱える。剣が黒いオーラを纏う。このオーラを纏った剣は魔法を切れる。魔女と呼ばれる存在を相手取るには最適の魔法だ。
家に入る前にカイは扉をノックする。返事はない。
「誰かいますか」
扉に問いかける。しかし、やはり返事はなかった。
「失礼します」
カイは扉を開けた。
「誰。入ってきたら殺すって脅したのを忘れたの」
物騒な言葉と共に目に飛び込んできたのは、見慣れたデザインの魔杖の先端。
それと、見慣れた白とピンクのファンシーな服。
部屋の隅の暗がりに縮こまっているため顔はよく見えないが、その特徴的な服と杖だけで魔女の正体の特定には十分だった。
カイは瞠目した。
「お前、マジカル☆リオか?」
今度は、魔女が瞠目する番だった。
「カイ・クローシャ?」
聞き覚えのある声。もう、間違いなかった。魔女の正体はマジカル☆リオ以外の何物でもなかった。
マジカル☆リオ――ルナティック・オンラインにおけるアイドルプレイヤーかつ屈指の天才プレイヤー。ピンクの髪と可愛い系の顔に天真爛漫な振舞いで大人気だった。レイドで共闘した回数は数知れず、PKした回数も数知れない。カイと互角以上に戦える数少ないプレイヤーであり、幾度も白熱した戦いを繰り広げた。カイの知ってる限りでは間違いなくカイに次ぐ次強のプレイヤーであり、もっとも印象に残っているプレイヤーでもあった。
(魔女は魔女でも魔法少女だったか)
理由は分からないが仲間が増えるのは嬉しい。カイは顔を綻ばせてリオに歩み寄る。
「リオ、お前もこの世界に……」
言葉が止まる。距離が縮まったことで明細がはっきりした暗がりに隠れていた顔を見たからだ。ピンク色のショートカットで可愛い系の見知った顔じゃない。銀色のロングヘアーでクール系の見知らぬ顔がそこにはあった。
「リオじゃ、ない……? だが、その杖と服装はリオのもの、だよな……」
「あああ……カイ・クローシャ……」
「そうだ、俺だ。俺を知っているということはプレイヤーであることは確定。少し、話を」
「SPK(シリアルプレイヤーキラー)のカイ・クローシャ……私を殺しにきた死神……いや……死にたくない……う、うあああああっ!」
「!? 狂化だと!」
魔女の目が赤く光った。ルナティックゲージが80%を突破した時にプレイヤーが陥る月蝕の最終フェーズ。
だが、この世界はゲームではない。ゲームではただのフレーバーだった狂気に支配されるという設定までもが現実化される。
リオが魔杖の照準をカイに合わせる。そして魔法名を詠唱した。
「マジカル☆ライト!」
魔杖の先端からピンク色の球状のエネルギー弾が放たれた。凄まじい魔力密度。リオの魔杖もカイのカオスロードと同様課金を積み重ねて極限まで強化された武器だ。加えて狂化の効果で魔力が5倍になっている。直撃したら一撃でHPが全損しかねない破壊力がたった一発のエネルギー弾に込められていた。
(見極めろ。魔法の核を……ここだ!)
「ハァアアアアア!」
カイはダークネスオーラを纏ったカオスロードでエネルギー弾の中心にうっすらと見える濃ゆい色をした球状のもやを切った。エネルギー弾が霧散する。光の粒子となって消滅していくエネルギー弾の残滓を突き破るようにしてカイはリオ目掛けて飛び出した。
「ひっ! マジカル☆」
「オラァッ!」
「かひゅ!」
カイは魔女の背を掴み引き寄せながら鳩尾に膝を叩き込んだ。呼吸を止められた魔女が詠唱を中断する。
「気絶、しろ!」
カイは魔女の首に手刀を落とす。悲鳴。魔女の首に肘を落とす。悲鳴。魔女の後頭部に掌底を入れる。
今度は悲鳴を上げなかった。
魔女の体が一気に重くなる。気絶して自重を支えれなくなったのだ。念のためカイは魔女の顔を見る。瞳を閉じて首をうなだれさせている。完全に気を失っていた。
「……改めてみると凄まじい美人だな。ゲームのリオよりも断然可愛い。現実には絶対ありえない美貌――ああ、そうか。こいつ複数アバター持ちか」
気付いてみれば単純な話だった。ルナティック・オンラインは他人に迷惑行為をかける荒らしプレイ防止のために名前の変更ができないゲームシステムとなっている。だがアバターの変更は可能だ。名前という元が割れていればアバターを変えようと正体をごまかすことができないからだ。
複数のアバターを気分で使い分けるプレイヤーは多い。リオがあの魔法少女然としたアバター以外のアバターを使っている姿をカイは見たことないが、例えばオフラインモードでは別のアバターを使って遊ぶこともあったかもしれない。というかあったのだろう。その証拠がこのやりすぎなくらいに整った明らかに作り物の顔。今時ここまで作り物感満載の美形顔は逆に珍しい。これでは恥ずかしくてオンラインモードでは使えないだろう。
「やはりこいつはリオだ。狂化を解いてやらないと。太陽神の涙を取ってきてやるから寝てろ」
リオを部屋に備え付けてあるベッドに寝かせて、カイは小屋を出た。
「なんだよ……これ。こんな展開知らないぞ……」
背中を袈裟切りにされたサンの母親。泣き叫ぶサン。にやにや笑いながら2人を取り囲む村人たち。そして血まみれの剣を手に持った不快系NPCの代表格たるクズオ・マラデカイ。
「――サン」
サンが、泣いている。この世界での、初めてのカイの友人で、太陽の巫女で、暖かくて柔らかかった、サンが。
子供にとって何よりも大事な母親を殺されかけて、泣いている。
カイの脳裏に子供の頃の思い出が蘇る。
「大丈夫。あなたが発達障害だって、アスペだって、ADHDだって、高次脳機能障害だって私は絶対見捨てないわ。一生お母さんが守ってあげる」
「本当? お母さん。大好き!」
「ええ、本当。大好きって言ってくれてありがとう。ふふ、今日の晩御飯はあなたの大好きなチーズハンバーグにしましょうかね」
「――は、母親を、奪うな。サンの、俺の、大好きだった、は、母親を、奪うな。そ、そして」
カイの瞳がさらに赤くなる。地を抉るように一歩を踏み出し、そして駆け出す。
殺意を、瞳に灯して。
「俺の友達を、奪うな!」
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