第7話 ニエ村

「さっきからたくさん採取してるけど、その草、何に使うんですか?」


 ゴローと遭遇して以降、カイは森に生えている毒々しい色の草を採取してマジックバッグに入れ始めた。その理由をサンが尋ねる。カイは簡潔に答えた。


「ゴローを安全に倒すために」


「はぁ」


「それより見えてきたぞ」


 カイが顎で指し示す先には、木の城壁で囲まれた村があった。


「……ニエ村だ。生きて戻れた。お母さんに会える……」


 サンは涙を流して喜んだ。




 村の入り口には村人が集まっていた。


 見知らぬイベント。カイは仔細をしるために村人に話しかけようと近づく。だが、その前に村人の方が口を開いた。


 カイではなく、サンに向けて。


「サン! お前。なぜ戻ってきた!」


「えっ」


「そうか! 赤い月が消えて白い太陽に変わったのはこいつがなにかしでかしたからだ! サン、お前アルメリウス様に何をした!」


「ち、違います。アルメリウスはこの男の人が」


「黙れ! エタマタが! アルメリウスさまだろうが!」


「この男の人が倒してくれたんです!」


「は! 嘘をつくならもうちょっとマシな嘘をつけ。討伐しにきた全ての太陽騎士を返り討ちにして、千年戦争の黎明期から生き続けてきたアルメリウス様が負けるはずないだろうが!」


「こいつ、嘘ついてやがる。怪しいぞ」


「ちがいます! 本当です!」


「さすがエタマタ。魂の穢れた存在だ。また嘘をついた」


「なにもかもこのエタマタが悪いに違いない!」


「そうだそうだ!」


 サンが事情を説明しようとするも村人たちは話を聞こうともしない。それどころか一方的にサンを悪者にして糾弾する。


「ちょっとこっちこい。ひひっ。久しぶりにお仕置きしてやる」


 村人の一人が下卑た笑みを浮かべながらサンに腕を伸ばした。カイは膝を振り上げて村人の肘をへし折った。村人が悲鳴を上げた。


「ぎゃ、ぎゃぁあああ!」


「貴様ァ! なにをする!」


「お前の名前、武藤だろ」


「ハァ? 俺の名前はユーキだ!」


 瞬間、カイの目がカッと見開かれた。




「やめてよ武藤くん。僕の着替え返してよぉ」


「ぎゃはは! こいつフルチンで追ってくるぜ! こいついじめんのマジ楽しいわ~」




 カイの目の前にいる村人は、小学生時代にカイをいじめた武藤祐樹と瓜二つの容姿をしていた。だから武藤だろと問うた。そしてこいつは祐樹と答えた。


 怒りに燃えるカイの視界の中で、村人の姿が段々と武藤祐樹の姿と重なっていき、そして完全に一つとなった。カイは吠えた。


「貴様のせいで俺の人生はァ!」


「ぶげら!」


 渾身の右ストレートをユーキと名乗った村人の顔面に放つ。村人は鼻を陥没させて鼻血を飛ばしながら宙に舞った。


「こ、こいつ。やる気だぞ! エタマタに味方する人間のクズだ! 殺しちまえ!」


「死ねぇ!」


「貴様らが死ね!」


 カイはその場にいた村人を全員のした。パンパンと手をはたき、呻き声を上げて地に伏せる村人たちに背を向けて歩き出す。


「いくぞ。お前の母親にいるエタ区域に」


「えっ、あ、は、はい!」


 サンは笑顔を浮かべてその背を追った。




 <エタ地区>


 村の外れにある区域にはそう書かれた木製の看板が入り口に立っていた。

 看板の向こう側には見すぼらしい風景が広がっている。連々と続く家屋はそのどれもがボロボロの木製建築で外壁にカビがこびりついている。道を歩く人々の表情は暗く、明るい表情をしている人間は一人もいない。まるで地獄のような侘しさが区域一体に広がっていた。


 カイは視線をエタ区域のさらに外れに向ける。そこにはなだらかな丘陵があった。丘陵の上にはボロボロの一軒家。カイはサンに確認した。


「魔女の家はあれか」


「はい」


「よし、行くか」


 カイは早速魔女の家に向けて歩き始めた。サンはカイの服の後ろの裾を掴んで引きとどめようとするが、力不足でただただずるずると引きずられるだけだった。


「あ、危ないですよ!」


「安心しろ。敵対してきたら殺すから」


「それもどうかと!」


「サン! サンだね!」


 二人の会話を、一つの声が中断する。サンが、声のした方をゆっくりと振り向く。カイも声のした方へ首を向ける。


 そこには20代後半くらいの女性がいた。汚れた薄黄色の服に、茶色のスカートを履いている。


 そしてその顔は、サンに酷似していた。


「お母さん!」


 サンが叫ぶ。


「サン……!」


 二人が引き寄せられるように近づいていく。最初はゆっくりと、途中から走り出した。


「お母さん。お母さああああん!」


「サン! サンーーーーーーーーーー!」


 二人は涙を流して抱擁する。感情を爆発させて、大声で泣く。エタ区域のエタマタたちがなにごとかと二人の周りに集まってくる。そんな周りの視線にも気づかず、二人はずっと泣いていた。


「……母親か。いいな」


 カイは二人の感動的な再開を見て、地球の母親のことを思い出した。




「あんたなんかいなければ! あんたなんかいなければ!」


「痛い! もっと頭良くなるから、頑張って勉強するから。もうぶたないで!」


「うるさい! あんたみたいなハッタツが勉強したって頭良くなるわけないでしょ! あんたのせいで私は夢を諦めた! あんたのせいで! あんたのせいでぇえええええええええええ!」




「……自分を愛してくれる母親を持てるってのは、羨ましいな」


 フッと寂しく笑って、カイはその場を去る。二人の間に割り入って水を差すのは気が引けた。


 それにカイの興味の中心はずっと魔女の家だった。サンには悪いが、正直カイはサンとサンの母親の親子仲にそれほど興味が無かった。


 カイは魔女の家へと一人で向かった。





「モチオさま!」


 門構えに番兵まで備えた5階建て村で一番巨大で豪華な家。その家の最上階にカイにのされた村人たちが集まっていた。村人たちは一様に一人の年老いた男の前に跪づいている。


 禿頭ともちもちしたしもぶくれの頬が特徴的な、白シャツにギラギラした紫色のコートを羽織った腹の大きく膨らんだその男の名前はモチオ・マラデカイ。この家の主人で、村長。村一番の権力者だ。


 モチオは座布団に胡坐をかいて太腿に肘をついて頬杖をつき、ぼりぼりと煎餅を齧りながら、億劫気な顔で返事をした。


「なんじゃあ」


「サンが戻ってきました! しかも暴力男を連れてです! ここにいる全員その男にやられたんですよ!」


「ぶっ!」


 村長は煎餅を流し込むために飲みかけてきたお茶を噴き出した。


「サンじゃと! ば、アルメリウスさまが怒るではないか! す、すぐに連れ戻してアルメリウス様の元に送れ! はよせんか!」


 怒鳴るモチオ。その剣幕と権力に委縮しながらも村人の一人がモチオに嘆願する。


「でも、その男が恐ろしく強いんです。だからその、クズオさまのお力を借りたいのですが……」


「息子か。よしっ。お前、呼んでこい。浄化室でエタマタを浄化しとるはずじゃ」


「ええっ、俺が……あ、いや。喜んでその役目果たさせていただきます。はい」


「うむ。喜べ」


 嫌な役目を任されたと思うも断ることは出来ずうな垂れながら了承する村人。その村人とは別の村人がモチオに言う。


「それと、エタマタの戯言だと思いますが。少し気になることが」


「なんじゃ」


「その男がアルメリウスを倒したらしいです」


「はぁ? 戯言じゃろ」


「ですよねー」


「しかし……赤い月が沈み、白日が浮かんだ。アルメリウス様になにかあったのは間違いない……」


 モチオは少し考えてから、言った。


「よし、こうしよう。そこの4人はヒロトを連れてサンを連れ戻しに行け。そしてそこの4人はアルメリウス様の様子を伺いにいくのだ」


「「「「よっしゃぁ!」」」」


「「「「ええぇっ!?」」」」


 サンを連れ戻せと言われた4人が快哉を上げ、アルメリウスの様子を見てこいと言われた4人が文句を上げる。だが、モチオの一睨みで後者の4人は沈黙した。


「あ、それとお前ら。サンを連れてくるついでに母親のサチも連れてこい。ひひっ。久しぶりにワシの浄化棒で娘の粗相のお仕置きをしてやらんとなぁ」


 モチオは舌なめずりをして脂ぎったしもぶくれ顔にいやらしい笑みを浮かべた。





「ク、クズオさま。よろしいですか」


 村長の家の地下一階に存在する一室。浄化室。村の男衆がエタマタを浄化するのに使う部屋だ。


 浄化室の扉をノックして、クズオに会う役を押し付けられた村人がクズオに呼びかける。しばらくして、返事があった。


「おーう。丁度今浄化し終わったところだ。入れや」


「し、失礼します。うっ」


 村人が浄化室の扉を受ける。出迎えたのはクズオの鉄板のようなケツだった。


 クズオは裸だった。仁王立ちするクズオの太ももの間から地面に横たわるエタマタの女が複数見える。女たちも裸だった。エタマタのエタアナを浄化棒で浄化していたのだろう。部屋中にムワっとした生臭い匂いが充満していた。


「親父はなんと」


 クズオが使用中の浄化室に踏み入ってこれるのはモチオとそのメッセンジャーの村人だけ。それ以外の人間が踏み入ったならばクズオに良くて半殺し、悪くて殺される。そのため、クズオは細かいやり取りを排して端的にモチオの要件を村人に聞いた。


「はい。アルメリウスに贄として捧げられたサンが武装した男を引き連れて戻ってきました。男は強く、しかもサンに味方しています。サンを取り押さえようとした村のものは返り討ちにあいました。その男を殺してサンを連れ戻せというのがモチオさまの命令です。あと、ついでにサンの母親のサチも連れてこいと」


「ちっ、めんどくせーな。ま、俺が村で好き勝手やれるのも半分は親父のおかげだ。しゃーねーから行ってやるよ」


「ありがとうございます」


 村人はクズオに頭をさげる。その頭をクズオは上から押さえつける。村人の声が震えた。


「クズオさま、なにを」


「ふん」


 クズオが村人の頭を冷たい鉄の床に叩きつける。村人の頭が床にめり込む。カチ割れた額から床に血が広がっていく。


「あー、浄化を邪魔されたイライラが少し晴れたわ。残りはその男をぶち殺すことで晴らすとすっか。あ、お前らちゃんと掃除しとけよ。帰ってきたとき汚れてたらエタアナ確定だから」


 阿呆みたいに首をふるエタマタたちを尻目にクズオは服を着て浄化室を出た。

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