第6話:誰が為に鐘は鳴る

 片眼を失った0721の〈LOOADER〉が残る左眼を爛々と輝かせながら爆発的な速度で直進してくる様に、敵と化した上官達は驚愕の声を上げていた。

【指揮官】『イクシードブーストだと!!? 何故教えられていないはずの機能を!!!』

「自分でお勉強したんだよ!!!」

 それは〈AS〉が人型であるからこそ行使できる機能。

 全身フレームの流動力場制御デバイススタビライザーを解放し、頭・胴体・四肢の全てを推進器として全推力を直進に集中させ超絶的な加速力を発揮する。通常出力では時速200~400km程度であるのに対し、最低でもこの機体で時速1600kmマッハ2相当台を叩き出していた。

 マニュアル操作でも可能だが、本来の機能としては〈拡張機能エキスパンション〉として各部位の稼働や制御を自動化するシステムをOSに組み込むことで使用するものだが。

「どういうものかさえ知ってれば、リンクスシステムでマニュアル操作を全部脳内で処理して使えるって訳だ!!!」

 おかげで〈リンクスシステム〉からの負荷がとんでもないことになるのだが。彼女なら耐えられた。彼女的にもぶっちゃけ賭けであったが。

 一機落としたとはいえ一機vs十一機である。

 無数の光の槍中を放り込んでくる部隊を直進で掻き分けていった。


【敵隊員】『直進しているだけの機体に、何故当たらない!!?』


【指揮官】『自動照準アシストエイムに頼るな!!! 手動照準マニュアルエイムで奴の先を潰せ!!!』


【敵隊員】『そんな事ができたら苦労しませんよ!!!』


 ユニコーン星圏の機動兵器に搭載されている機能の一つであるロックオンアシスト。これは捕捉した相手を常にカーソルで捉えていてくれるものだが、欠点として相手の移動速度が自機の反応速度より速いと捕捉しきれず弾が当たらないという。

 今まさに〈イクシードブースト〉で飛行する目標0721を撃ち続けていてなお捉え切れないでいるのだ。


【敵隊員】『そもそも何故あの機体のジェネレーターとブースターであそこまで動ける!!?』


 それは当然の反応であった。

 実際、彼女の機体は〈イクシードブースト〉を発動する度に急激にENエネルギーを失っていた。

 本来なら数秒と持たないのだが。彼女は制動用推進器サブブースターを一切使用しないことで減速せず、かつ純粋な機体運動のみで重心移動を維持していた上で、〈イクシードブースト〉を利用していたことでEN消費を抑えていたのだ。

 〈リンクスシステム〉で機体と深く同調リンクしているからこそ成しえた芸当であり、故にその膨大な情報処理から彼らが発するその反応に一々話す余裕なんてない。

 一定まで進んだところで振り返ると、0721はまた〈イクシードブースト〉を起動して直進する。

 滅茶苦茶速いだけの行って帰るだけの機動。その行動に一体何の意味があるのか。

 答えはすぐに出た。


【敵隊員】『いい加減に、墜ちろッ!!!』


 痺れを切らした一機が一際激しく連射する。しかし。

 その光弾は射線上の僚機に命中した。


【敵隊員(別)】『ぐあっ!!? 貴様、何を……!!!』


【敵隊員】『!!? 済まない!!!』


【指揮官】『誤射を狙ったというのか……小賢しい奴ッ!!!』


「――――どの口が言うんだ……ッッ!!!」

 辛うじて動いた口から恨み節を放ちながら。たった今誤射を受けて怯んだ一機に狙いを定めて突っ込んでいく。そして、

「――――死ね」

 短く発されるその言葉。

 同時に、振り被った左腕の緑色の輝きを放つ光剣パルスブレードが発振され、胴体部に向け振り下ろす。仕留めた、という手応えを覚えたが。刀身が消えない内にもう一閃、その機体を切り裂いて確実に仕留めた。


【敵隊員】『なっ……!!?』

「これでもう一機……!!!」


 パルスブレード等のパルス武器に使用される特殊な荷電粒子の放つ電磁パルスは〈PLプライマルルミナス〉に対して高い干渉効果がある。それが有効である事がまず一つ証明された。

 そしてもう一つ、0721は突破口を見出していた。

 続けて一番近い一機に目掛けて超至近距離まで接近し、アサルトライフルをその組み付かんばかりの距離で突きつける。ほぼ零距離で、ぐにゃりと柔いものに阻まれる感触を操縦桿越しで感じながらトリガーを引いた。

 〈AAアクティヴアーマー〉は電磁力場帯による防御機構ではあるが。それは一点に加わる瞬間的な力を受け流すか緩衝することでダメージを緩和するものであって絶対不可侵という訳ではない。

 受け流せない程強力な攻撃で突破されるし、光剣ブレードの様な線の攻撃にも弱いらしい。

 そして何より、近接攻撃の間合いなら突破内側に直接攻撃できる。

 防壁に阻まれることなく直接コクピット付近に弾丸を叩き付けていく。〈PL〉も一点を集中され破れかけたところに〈LOOADER〉の左腕がねじ込まれるとそのまま胸部装甲の隙間に突き刺してコクピットブロックを直接潰した。

 これでまた一機三機目、落とした機体をそのまま盾にして別の一機に吶喊。撃ち込まれるレーザーを物ともせず衝突させるとそのまま左腕のパルスブレードを起動し盾とした機体ごと貫き、もう一機四機目を落として見せた。






『45-45-0721、ですか?』

『あぁ』

 部隊指揮官の男は直前にしていた上官との会話を思い出していた。

『この、彼女には特に気を付けてほしい』

 そういう上官に応じはするものの釈然としなかった。

『所詮は序列九位程度でしょう? それも45番ブロック我々の部署の45期生の中で』

『性格に難ありとはいえ、彼女の実力は本来ならば第一位となってもおかしくなかった。だが、主席をさせるのはいささか問題があるとしてある程度成績を落として判定されたのだ。故に実際の脅威度は順位以上となる。相応となる隊員を選抜させたが気を抜いて良い相手ではない』

 買い被り過ぎだろう、と。そう思っていた。

 どちらにせよ全滅させるつもりではあったので気に留めてはいたが。




 気が付けば、指揮官と副官の二機になっていた。


 撃墜した機体からレーザーライフルを奪い拝借し、同等の力を得た後は一方的な蹂躙があった。


【副官】『隊長はやらせません!!!』

 最後に残った副官が果敢に挑むも。

 右肩のミサイルを目晦ましに使い〈イクシードブースト〉で加速しながら両腕に持ったレーザーライフルを撃ち込んでいく0721。立て続けに放たれた光弾を最初の二発だけしか避けられずに副官はあっけなく仕留められた。




 隻眼となった奴の機体がこちらを睨み付けてくる。

 その様に指揮官は絶句していた。

 彼はその機体構成の事情を知っている。

 技術部の新人達に実習で組ませていた最低限の性能の機体を転用させた機体だということも。あの機体の双眼ツインアイ型センサーが偽物ダミーだということも知っている。

 電飾としてただ光るだけのそれは、本来ならば何の戦術的価値タクティカル・アドバンテージも存在し得ない筈の部位。

 人類がまだ『母なる星』に住んでいた頃から脈々と受け継がれてきた巨人神話を元とした“眼を象った”部位。

 『睨み付けるという行為で威圧プレッシャーを与える』、ただそれだけが役目の部位。

 何だったらその格好良さから『本物感』を演出して騙す為の部位。

 それがどうだ。目の前の機体は、片眼を失ってなお、寧ろ一層強烈なまでの威圧感を放っているのだ。


【指揮官】『何なのだ……何だというのだ、貴様は!!!』


 吼えた指揮官が右手のライフルを連射する。

 特殊な光弾がいくつも放たれて0721の機体に襲い掛かるが、それを彼女は回避しながら迎撃で射撃する。

 レーザーを回避してミサイルを迎撃していく指揮官。

 一対一。互いに拮抗していた。

「…………ッ!!!」

 だがすぐにそれは訪れた。

 レーザーライフルの弾切れ――それも両腕で同時に。

【指揮官】『貴様の悪足掻きも!!! これで終わりだ!!!』

 その隙を見逃さなかった指揮官。

 ライフルを溜め射撃チャージショットの形態に移行させて放つ。

 最大まで溜める必要はない、その判断による溜め一段階目での砲撃――だが。

「――――おらっ!!!」

 それが放たれるより先に0721がライフルを投擲して、それが手首辺りに命中。射線がずらされたことで砲撃は明後日の方に飛んで行った。

【指揮官】『――――何……!!?』

 呆気にとられた隙に接近を許したことで、その右腕をパルスブレードで切り裂かれる。

 指揮官も左腕のブレードを展開して一閃するが避けられ、蹴りを入れられて怯まされた。

 そして0721は、指揮官のライフルを手に取り――。


【指揮官】『この……異端者イレギュラーが……!!!』


 恨み節を吐き捨てた指揮官機の胸部にそのライフルを突き立てた。

 直前に脱出されてしまったことで、殺し損ねたが。

 一先ずの危機が去ったことで。0721は全身を疲労に襲われる。

 同時に、追手のおかわりが来ない内に逃げなければと鞭を打つ。

『LP:6801/9300』

 機体の〈LP〉を確認して、同時に今手にしていた武器の表示を確認する。

〈URDI-F1997/0710PR KARASUMA〉

 モニターに表示された、指揮官の武器の名前。

 その名は『カラスマ』とでも読むのだろうか。

 説明文によるとパルスライフルという武器種らしい。

「パルスって事は、ブレードと同じエネルギーの武器か……」

 道理で効いた訳だと納得する。

『EN負荷限界超過』

『EN使用量許容上限超過』

 その二項がエラーコードとして表示されており使用はできない様だった。

 先程は撃とうとしてこれが出たから咄嗟に突き刺したわけだが。


「これは餞別として貰ってくからな!!!」


 刺さっていた機体から引き抜きながら指揮官が去った方角にそう言い放って、元々空いていた左肩バックパック左舷のサブアームに〈KARASUMAパルスライフル〉を格納する。


 その後、自分のアサルトライフルを回収しつつ自らが撃墜した機体から比較的損傷が少ないと見込んだ一機を適当に選ぶと。彼女はその機体を〈LOOADER〉の空いた左手に掴ませて〈イクシードブースト〉を起動し、機体を飛翔させる。


 元々地上に向かう進路だったとはいえ、その進路を今から宇宙に向けるわけにはいかない。軌道上には封鎖機構宇宙部隊の本隊が居座っているのもあるが、これを搔い潜ったところで隣の星系に辿り着くまで何年掛かるかわからないからである。


 そしてもう一つ。

 〈AS〉は理論上、適切な進入角度と速度を守りさえすれば〈PL〉を3000~4000程度失うくらいのダメージを負いこそするが、専用装備なしでも大気圏突入が可能であった。逆に言えば専用装備なしだとそれだけダメージを負うのであるが。

 とはいえ、〈LOOADER〉このパチモノ機体で可能かという疑念が確かにあり、同時にかなり損傷している今では余計に厳しいという始末だ。


 そこで、連れてきた残骸コレを使う。


 乗り換えるわけではない。そもそもコクピットを真っ先に潰していたのでそうすることができない。

 故にどうするかといえば。撃墜した機体の背中に〈LOOADER〉を登らせ、言うなれば遮蔽板サーフボード代わりにすることで、大気圏へと突入していった。


『LP:6018/9300』


 ほとんど削れることなく熱圏・中間圏と抜け、成層圏への進出に成功する。


「突入進路……元々目的地だった場所か」


 適切な進路の計算上そうするしかなかった訳だが。下手に逆らって海に墜落したり空中で燃え尽きたりするわけにもいかなかった為に、任務で用意されたデータの突入経路を辿ることにしていた。

 嘘任務が出任せならワンチャン戦闘は起きていないのでは、という薄い期待もある。


 そんなことを回想しながら、ようやく対流圏へと突入した。厚い雲を裂きながら、御役御免となったサーフボードを蹴って捨てるパージ


 初めて見た地上の光景。それは……。


「――――やっぱりこうなんのかよ……クソが!!!」


 あろうことか戦場のド真ん中だった。





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