【続】最近彼氏ができたばかりの幼馴染に「キスしてほしい」とせがまれたので、普通に無理と断ったら様子がおかしくなった
戯 一樹
第1話
私には、小さい頃から仲良しの幼馴染がいる。
ちょっと鈍感だけど、明るくて世話焼きで、いつも自分よりも他の人を優先してしまうような、優しい男の子。
そんな幼馴染の事を、いつからか私は無意識に目で追うようになっていた。
いつから彼を見ているだけで、胸が高鳴るようになったのだろう。
いつから彼と話すだけで幸せな気持ちになるようになったのだろう。
いつから彼を──
正直、いつ和樹の事を好きになったのかは、あまりよく覚えていない。
けれど、異性として意識するようになったのは、たぶん中学生になったばかりの頃だと思う。
小学生の頃までは、男子なんて野生のサルと同じだと侮蔑を込めて口々にしていた女の子達が、中学生になった途端に恋だの彼氏だのでキャアキャア浮かれるようになって。
正直そんな女の子達に辟易しつつも、ノリの悪い子だと思われたくなかったので、仕方なく周りに合わせて同じように私も恋バナをしていた中、こんな会話を耳にしてしまった。
──和樹君って、けっこう良いよね。
──彼氏にしたら一途に尽くしてくれそう。
その思わぬ言葉に、私はかなり驚いてしまった。
確かに、和樹は顔は悪くない。むしろ、ちょっと整っている方だと思う。
それに基本的に人懐っこいし、人当たりも良い。陽キャとか陰キャとか気にせず話しかける方なので、クラスでの人気もまあまあ高い。
でもあくまで、優しくて良い人止まりだと思っていたので、まさか和樹に好意を持つ女の子が密かにいるとは思ってもみなかったのだ。
そしてたぶん、この時だったと思う。
私の中で、和樹に対する気持ちが変わったのは。
それが恋だと自覚するのに、もう少しだけ時間がかかるのだけれど、その時にはもう、和樹をただの幼馴染としては見れないようになっていた。
和樹をひとりの男の子として見るようになってしまっていた。
この時から私は、和樹と普通に接する事ができなくなっていた。
それまでは、体を密着させても何も思わなかったのに、和樹を幼馴染ではなく男の子として見るようになってからは、手を繋ぐ事すら
言うまでもなく、そんな私を見て和樹は不思議そうにしていたけれど、笑って誤魔化す事しかできなかった。
まさか、和樹の事が好きになってしまったから、前みたいな関係にはなれない──なんて本当の事を口にするわけにもいかなかったし。
もっとも和樹は「なんかよくわからないけど、そういう気分なんだろう」くらいにしか思っていなさそうだったけれど。
そんな状態が半年ほど続いたある日、私は一念発起した。
このままじゃダメだ。
和樹にちゃんと恋愛対象として見てもらえるような女の子にならないと──!
……なんて、決心したのはいいものの。
私がやってきた事なんて、スキンケアやメイク、ファッションなどの自分磨きをそれまで以上に頑張ったりとか、なんとなく避けがちだった和樹との距離感を少し詰めてみたりとか、積極的に話しかけてみたりとか、そんな微々たる努力ばかりだった。
もちろん、こんな事で和樹に好きになってもらえるわけもなくて。
むしろ今まで距離を空けていたせいか、また元の幼馴染の関係に戻れて喜んでいる様子の和樹を見て、今の
だから、前よりもボディタッチを増やしてみたりとか、二人で一緒にいる時はなるべく密着してみたりとか、それまでの私にしてみればかなり積極的に攻めたつもりだったけれど、やっぱりこれといった成果は見られなかった。
唯一あったとすれば、私がよくひっ付いていたせいか、和樹に告白しようという女の子は全然いなかった事くらいなものかな。
……和樹が知ったらちょっと怒りそうな気もするけれど。
それはともかく、こうなったらもう告白でもして私の気持ちを伝えた方が手っ取り早い気もしたけれど、どうしても踏ん切りが付かなかった。
怖かったのだ。
和樹との今の関係が終わってしまうのが。
恋人にもなれなくて、元の幼馴染同士の関係にも戻れない未来を想像したら、どうしても告白する勇気が出せなかった。
そうして。
結局、幼馴染という関係から何も進展しないまま、あっという間に三年間が過ぎてしまった。
自分でもここまで何も起きないなんて思ってもみなかったので、正直かなり焦った。
私的にはかなりアプローチした方なのに、和樹ったら全然照れさえもしてくれないんだもん。前から鈍感だとは思っていたけれど、まさかあそこまでだったなんて……。
もうこうなってくると、高校も和樹と同じところに行くしかないと思うようになって、頑張って受験勉強(ああ見えて和樹は私より頭が良い方)して同じ高校に進学したまではよかったものの、やっぱり告白する勇気までは持てなかった。
そうしてまたズルズルと和樹に想いを打ち明けられないまま一年が過ぎた、そんなある日の事だった。
夏休み明けに、弟の聡太を除いた家族みんなでアメリカに移住する事が決まってしまった。
なんでも、お父さんが勤めている会社で新しくアメリカ支店が出来たとかで、そこの責任者になってほしいという話とか来たのだとか。
それで数年先は確実に日本には帰れないみたいなので、思いきって家族みんなでアメリカに住もうという流れになってしまったのだ。主にお父さんとお母さんの間で。
当然私は断固反対したし、なんならひとりでも日本に残るとも言ったんだけど、お父さんもお母さんも首を縦に振ってくれなかった。
聡太みたいに東京へ行って甲子園に行きたいっていう具体的な夢があるならまだしも、あやふやな理由で年頃の娘をひとりだけ日本には残していけないと、断固とした口調で。
こうなると、お父さんとお母さんも絶対私の言う事なんて聞いてくれない。
それこそ、ここで正直に和樹の事が好きだから日本にいたいと言ったところで、決して了承してくれる事はないと確信を持って言えるくらいには。
だから私は、この日に誓った。
必ずアメリカに行く前に、和樹の方から告白してもらうと。
ここで和樹に告白すると誓えないあたり、我ながらだいぶ拗らせているなと思うけれど、こればっかりは仕方がない。
だって、いくら和樹と一生会えなくなるかもしれないとしても、もう今のような関係ではいられなくなるよりはマシだと思ってしまったから。
でも、恋人同士になりないのなら、今のままでもダメだ。
仲のいい幼馴染という関係を維持したまま、和樹に恋愛感情を持ってもらう。これが私にとってのベスト。
だから、今までよりも積極的にひっ付いてみたり、一緒に遊ぶ時間も増やしてもみたけれど、和樹は一向に私を異性として見てくれなかった。
和樹は元からすごく鈍感な方だったから、ある程度覚悟はしていたつもりだけれど、まさかここまでだったなんて……。
そうして、アメリカ行きが刻々と差し迫る中、私は変わらない現状にだんだんと焦りを覚え始めていた。
だから私は、思いきってある嘘を吐いてみた。
最近私に彼氏ができた、と。
こう言えば、和樹も嫉妬してくれるかもしれない。
私が他の男の人のものになったと知ったら、恋愛感情が芽生えてくれるかもしれない──。
なんて。
そんな期待を持っていたけれど、結局、和樹は何も変わらなかった。
むしろ、私に彼氏ができた事を誰よりも喜んでいるようだった。
その気持ち自体は嬉しいけれど、今の私にとっては何よりも辛い出来事だった。
本当は和樹の気持ちさえ確認できたら──私に恋してくれているとわかったら、すぐ彼氏と上手くいっていないという事にして、和樹に告白してしまうつもりだったのに。
もうこうなると、今さら彼氏がいるというのは嘘だったなんて言えなくなっちゃって。
出来る事と言えば、それまで以上にスキンシップを増やしてみたり、キスを誘って既成事実を狙ってみたりと大胆な作戦も実行してみたけれど、結局何も実を結ばなくて──。
気付けばあっという間に、アメリカに行く日が訪れていた。
○ ○ ○
日本からアメリカまで、飛行機で十時間近くかかるらしい。
なんて話を、昔お父さんから聞いた時は、
「へー。一日はかからないんだー」
と軽く捉えていたけれど、実際自分がアメリカに行くとなると遠くに感じるのだから不思議なものだ。
しかもそれが時間じゃなくて、距離で言うと一万キロメートルという事実まで知ると、不思議を超えて宇宙の神秘のようなものすら感じられる。
どちらにしても、今の私にとっては絶望的な数字には変わりない。
たとえ飛行機で十時間もあれば行ける距離だとしても、私自身の財力で軽々と使える手段でもなければ、まだ未成年の私では日本に戻って生活できるだけの基盤もないのだから。
などと余計に気分が沈むような事を考えながら、私は私はお父さんとお母さんと一緒に出発ロビーで飛行機が来るのを待つ。
今の時刻は朝の十時。私達が乗る飛行機は十一時前にくるので、まだ一時間近く余裕がある。
もうチェックインも荷物検査も済ませたので、そのまま搭乗口に向かってもいいのだけれど、お父さんやお母さんの知り合いがお別れ前に会いに来るとかで、まだ出発ロビーの方で待機している最中だった。
ちなみに、聡太はすでに東京のいるおじいちゃんおばあちゃんの家に行っているので、ここにはいない。
聡太の話だと、新しい中学でも友達が何人かできたとかで、楽しく過ごしているらしい。
中学三年生で二学期から他校に転入──それも誰も知り合いのいない東京なんて普通なら憂鬱になりそうなものなのに、さすがは聡太と言うべきか、相変わらず要領がいい。
閑話休題。
そんなこんなで、次々に別れの挨拶を交わすお父さんとお母さん、その知り合いらしき人達を遠巻きに眺めながら、私は溜め息を吐く。
今日ここに、私の知り合いは誰ひとりとして来ていない。
というより、私の方から断っておいたのだ。
出発当日は、誰も見送りに来なくていいって。
だって見送りに来られたら、余計に寂しくなっちゃうから。
だから今日は、和樹もここにはいない。
「来るわけ、ないよねー……」
一通り和樹がいないか周囲を見渡したあと、私は待合室の椅子の背もたれに体重を預ける。
自分で来なくていいと言っておきながら、こうして和樹の姿を探しているのだから、我ながら
「結局、告白もできなかったし……」
できなかったというか、しなかったと言った方が正しい気もするけれど。
まさかあの鈍感な和樹に好きな人がいるなんて、全然思ってもみなかったから──
だから、私は諦めた。
告白してもしなくても、どうせ私に勝ち目なんてないのだから。
もう和樹の方から告ってもらう望みも潰えてしまったから。
そうして私は、この恋心に蓋をする事に決めた。
和樹に好きな人がいると知ったあの日から、ずっと──。
けれど。
やっぱりこうして諦めきれない自分もいて──
「煮えきらないなあ、私……」
嘆息混じりに呟きつつ、私はスマートフォンをタップして和樹の電話番号を表示する。
今から和樹に来てもらったところで搭乗時間には間に合わないと思うけれど、電話をする事くらいなら出来る。
一度アメリカに行ってしまえば、時差もあって安易に電話はかけられない。
日本とアメリカでは十三時間もズレがある。つまり昼間に電話したつもりが、日本では深夜帯になってしまうのだ。さすがにそんな遅い時間に電話なんて迷惑でしかない。それに国際通話料の問題もある。
つまり和樹の声を聞きたいのなら、今しかないというわけだ。
それでも、どうしてもその電話番号をタップする気にはなれなかった。
「はあ……」
今日、何度目になるかもわからない溜め息を吐きながら、私は空港のだだっ広い天井を仰ぐ。
「どうせなら、和樹の方から電話してくれたらいいのに……」
この後に及んでまだ受け身な自分に呆れつつも、私は心の内を吐露する。
「確かに余計寂しくなるから来なくてもいいって言ったのは私だけどさ、電話かメッセージのひとつくらいはあってもいいじゃない。いや、思いっきり人の事は言えないけれど……」
それとも、私と和樹の関係なんてその程度だったのだろうか?
実際、私がアメリカに行く事を意を決して和樹に伝えた時も、
『そっか。寂しくなるな……』
というだけで、特に引き止めようとはしてくれなかった。
そりゃ事情があっての話だし、未成年の私を引き止める事なんて無理だって冷静に判断したのかもしれないけれど、もう少し追い縋ってほしかった──アメリカに行くなって言ってほしかった。
今となっては、もうどうしようもない事ではあるけれど。
「やっぱりこのまま、二度と会えなくなっちゃうのかな……」
天井をぼんやりと眺めながら、私は独白する。
アメリカ行きを告げられた時から胸によぎっていた予感が、まさに現実になろうとしている。
アメリカに行けば、もう和樹には会えない。
ただの予感にすぎないって考えていたけれど、ここまで来るとあのやはり予感は当たっていたのかもしれない。
あの時が私の人生の転機だったのだ。
変に意固地にならず、もっと前に和樹に告白していたら、もしかしたら今ごろ、和樹の彼女としてそばにいられたかもしれないのに。
「はは……諦めたつもりだったのに、結局和樹の事ばかり考えてる……」
私って、ほんとバカだなぁ。
こんな事なら、たとえダメだったとしても、和樹に告白するべきだったのかも──
「
と。
今さらな後悔をしていた時、聞こえるはずもない声が背後から届いた。
まさかと思いつつ、私は弾かれたように後ろを振り返る。
「かず、き……?」
「はあはあ……。お、おう……。なんとか間に合ったみたいでよかったわ……」
なんて息を切らしながら、汗だくで膝に手を付く和樹。
今日は平日だから、普通に学校で授業を受けているはずなのに、なぜか制服姿の和樹が目の前にいる。
そんな事実がどうしても受け入れがくて、
「どうして和樹がここに……?」
と半ば呆然とした心持ちで私は疑問を口にした。
「聡太から電話で聞いた。今の時間ならまだ空港にいるはずだって」
そんで、学校からここまで自転車でかっ飛ばしてきたと額の汗を拭いながら言う和樹に、私はあっけに取られた。
「自転車って、学校から空港まで一時間以上はかかるはずなんだけど……。ていうか、聡太が和樹に連絡したの? なんで……?」
「ひとまず、屋上に出て話さないか?」
と、私の詰問を遮って、和樹は天井を指差した。
「なるべく、二人きりで話したいからさ」
○ ○ ○
屋上デッキに出てみると、人はまばらで、聞こえてくるのは飛行機のエンジン音だけだった。
そんなターミナルから響く飛行機のエンジン音を耳にしながら、私と和樹は一番人のいない端っこの方へと寄った。
「おー。空港なんて初めて来たけど、こんな感じなんだなあ。こんなに飛行機も滑走路もこんなにデカいなんて想像以上だったわ」
「それで──」
と。
初めての空港に浮かれる和樹に水を差す形で、私は言う。
「話って、なに?」
「……せっかちだなあ、真彩は」
苦笑しつつ、和樹はフェンスから手を離して、ゆっくり私の方を振り返った。
「まあぶっちゃけ、俺からは何もないんだけどな」
「は? どういう意味?」
「聡太に言われたんだ。お前の話を聞いてやってほしいってさ」
「……聡太になんて言われたかは知らないけど」
風で靡く前髪を手で抑えながら、私は鬱々とした気持ちで言葉を紡ぐ。
「話なんて私にはないから。もしかして和樹、聡太に
「本当にそうか?」
和樹が詰め寄る。
いつになく真剣な面差しで。
「なあ真彩。本当は俺に言いたい事があるんじゃないのか?」
「────っ」
その問いかけに、私は口を閉ざす。
和樹から目を逸らして。
「聡太が言ってたぞ。姉ちゃんには今までずっと秘密にしていた事があるって。本当は俺に打ち明けたい事があるのに、ずっと胸に秘めていた想いがあるって」
「聡太のバカ……」
思わず実の弟に悪態を吐く。
どうして和樹に言っちゃうのよ。
どうしてこんなタイミングで教えちゃうのよ。
今さら私の想いを打ち明けたところで、もうどうにもならないのに──
「真彩」
と。
和樹がある程度距離を詰めたところで、声を発してきた。
「俺、実は知ってんだ。真彩が何を隠していたのか」
「えっ……?」
知ってた?
和樹が、私の想いを?
和樹が好きだって気持ちを?
いやそんなの、和樹にわかるはずが──
「なあ真彩。お前にお守りをあげた日の事、覚えてるか?」
なんて、唐突に関係ない話を口にしてきた和樹に、私は戸惑いつつも「う、うん」と頷く。
「あの日別れたあと、お前、泣いてただろ?」
「っ!?」
衝撃と動揺で後じさってしまった。
「なんで、それ……。だって、和樹が完全に見えなくなったあとで泣いたのに……」
「やっぱ泣いてたのか」
ハッとしながら慌てて口を塞いだ。
今さら塞いだところで、もう遅い気もするけど。
「どうして、私だってわかったの……?」
「何年お前の幼馴染をやってると思ってんだよ。お前の声ならどこにいても気付くわ」
「…………」
その言葉に、不覚にも胸がキュンとしてしまった。
もう和樹への恋は胸底に締まったはずなのに……。
「それで真彩の泣き声を聞いたあとに、もしかして俺に好きな人がいるって聞いて泣いたんじゃないかって思ったんだよ。だってそうとしか考えられないだろ? あの状況で泣く理由なんてさ」
さすがに理由を訊くわけにもいかなかったから、今まで知らない振りをしてたけどな。
そう続けた和樹に、私は「そ、それって……」とおそるおそる訊ねてみる。
それは自分の気持ちを白状するのも同義だったけれど、どうしても和樹の答えを聞かずにはいられなかったから──
「もしかして気付いてたの? 私の気持ちに……」
「まあ、な」
と苦笑混じりに返した和樹に、私は深く呼気を吐いた。
なんだ。もう気付かれてたんだ……。
鈍感な和樹の事だから、きっとこのまま一生気付く事なんてないんだろうなあって思ってたのに。
そっか。そっかあ……。
「……じゃあ和樹、私の気持ちに気付いてからも普通に接してくれてたんだね」
「まあな。お前とはいつも通り仲のいい幼馴染のままでいたいと思ったから」
──それはあの日、私に恋愛成就のお守りをくれた時と同じセリフ。
言外に私とは付き合えないと言っているも同然のセリフだった。
それも、好きな人がいてもいなくても。
「あーあ。そっか。今になって気付いちゃったかあ」
くるっと和樹に背中を向けて、私は努めて明るく振る舞う。
「もっと早くに言ってくれてたら、私の方から告白してたかもしれないのに」
「それは……なんかすまん」
「謝らなくていいよ。和樹は何も悪くないんだから」
そう、和樹は何も悪くない。
すべては私の自業自得。
いつまでも告白せず、変に意地を張って和樹の方から告白してもらう事に固執していた私がバカだったのだ。
「こんな事なら、和樹が好きだってわかった瞬間にすぐ告白しておけばよかったなあ。そうしたら、今とは違った答えが聞けたかもしれないのに」
「……訊いていいか? いつから俺の事を、その……好きだったのかって」
「中学生になったばかりの頃から。和樹の事だから全然気付いてなかったでしょー? 私、けっこう頑張ってアプローチしてたんだよ?」
「マジか。本当に全然気付いてなかった……」
「ふふ。和樹らしいね」
自然と笑みが溢れた。
知らない間に流れていた涙と一緒に。
あーあ。私の初恋も、これで本当に終わりかあ。
初恋はたいてい上手くいかないって言うけれど、現実になっちゃったなあ。
まあでも、これで思い残す事は何もないかな。
今ならスッキリとした気持ちでアメリカに行ける気がする。
ああでも、最後にこれだけはちゃんと和樹に言わなきゃ。
「ねぇ和樹。和樹にずっと言いたかった事があるんだけど、聞いてくれる?」
「おう」
「好き。和樹の事が大好き──」
ゴオオオオっと近くでエンジンが唸る音が響き渡った。
それと同時に吹いた夏の終わりの風が、火照った私の体を生温く通り抜ける。
「……ありがとう。すごく嬉しい」
ややあって、和樹が答えた。
すごく困ったような、それでいて少しくすぐったそうな声音で。
今もまだ後ろを向いているからわからないけれど、きっと迷子になった子供みたいな顔で私を見ているんだろうなあ。
それできっと、こう続けるんだ。
迷子から大人になった顔で、私にこう言うんだ。
「でも俺は、真彩とは付き合えない。お前の事は大切な幼馴染で、一番の親友だと思ってるから……」
うん。
知ってる。
だって和樹だもん。今までずっと、そしてこれからもずっと私を幼馴染としか見てくれないんだろうなあって事くらいはわかってた。
私は和樹の幼馴染で一番の親友だから、なんて言われくらいはわかってたよ。
うん。でも、やっぱり──
すごく、辛いなあ……。
「──恋人にはなれない、けどさ」
と。
次々に溢れてくる涙を必死に指で拭う中、和樹がたどたどしく語を継ぐ。
「真彩の事はこれからもすげぇ大切に思ってるし、俺達が最高の幼馴染だって事はどこにいても変わらないっていうか、なんていうか──」
さっきから歯切れ悪く話す和樹に、思わず私は後ろを振り返る。
「とにかく、どこにいてもどんなに遠くても、俺が会いに行くから! オッサンになってもジジイになっても必ず何度も会いに行くから、だからお前もいつまでも元気で待ってろよな!」
涙で滲んだ視界の中で、和樹がぐっと拳を前に突き出す。
それは私と和樹だけの約束のやり取り。
拳と拳をぶつけて固く誓いを立てるという、小さい頃からずっとしているやり取り。
ああ、そうか。
なんで私、こんな簡単な事に気付けなかったんだろう。
アメリカに行けば和樹にはもう会えないかもしれないとか悩むくらいなら。
たとえ何年かかっても、和樹に会いに行けるように努力すればよかっただけだったんだ。
ほんと、私ってバカだなあ。
バカすぎて、ちょっと自分でも呆れ果てるくらいだよ。
きっと私は、しばらくこの初恋を引きずると思う。
それでも。
和樹とは、これから先もずっと一緒にバカな事をやって無邪気に笑い合えるような関係でいたい。
だから──
「うん。待ってる。和樹の事、いつでも待ってる」
和樹の方へ歩み寄りながら、私は素直な気持ちをぶつける。
今度こそ、二度と後悔しないために。
「そんで、私の方からも会いに行くね! おばさんになってもお婆ちゃんになっても、何度も和樹に会いに行く!」
「おう。いつでも待ってるよ」
コツンと力強く互いの拳をぶつける。
エンジン音を轟かせながら滑走路を飛び立った飛行機が、空高くどこまでも飛翔していった。
○ ○ ○
「ありがとな聡太。連絡くれて」
真彩の乗った飛行機を屋上デッキからひとり見送ったあと。
フェンスに背中を預けながら、俺は聡太と電話で話をしていた。
『別にお礼を言われるような事は何もしてないよ。僕が勝手にやった事だから』
「いや、お前が『今すぐ姉ちゃんのところに行ってあげて。姉ちゃん、
いや僕もけっこう無茶な事を言ったつもりなんだけどね、と苦笑を漏らす聡太。
『実際大変だったでしょ? 和兄のいる学校から空港まで行くのは』
「大変だったけど、ダチから自転車借りれたし、なんとか出発までには間に合ったしな。つーか、どっちかっていうと大変なのは聡太の方だろ。中三の夏休み明けに転校なんて、普通にキツくね?」
『まあね。でもすぐに友達ができたし、特に苦労はしてないよ』
「そっか。そりゃ良かったな」
ところでさ、と聡太が話を変えてきた。
『姉ちゃん、どんな様子だった?』
その問いかけに。
俺はどう答えたもんかと「あー」と無意味に呟いたあと、やがて嘆息混じりに答えた。
「やっぱ泣かれたわ」
『そっか。姉ちゃん、振られちゃったんだね』
「……その言い方からすると、予想はしてたのか?」
『うん。だって和兄、好きな人がいるでしょ?』
「えっ。なんで知ってんの?」
『だって、姉ちゃんが泣きながら家に帰ってきた時があったからさー。和兄に会いに行くって言ってたし、きっと和兄から好きな人がいるとかなんとか言われたんだろうなあって』
あの頃の姉ちゃんが和兄に告白するはずもないし、なんて平然と続けた聡太に、俺は思わず唖然としてしまった。
「……お前すごいな。実は超能力者か何か?」
『そんなわけないでしょ。姉ちゃん見てたらなんとなくわかるよ。姉ちゃん、わかりやすいし』
「……俺、今の今まで真彩に好かれてたなんて思ってもみなかったけどな」
『和兄は鈍感だからね』
ぐぬぬ。悔しいがぐうの音も出ない。
『でもよかったよ。姉ちゃんがちゃんと和兄に告白できたみたいでさ。あのままアメリカに行かせちゃったら、絶対いつまでも引きずるところだったろうし』
「だから俺に連絡してくれたのか? 真彩に後悔させないように」
『まあね。本当は姉ちゃんの方から率先して告白してほしかったんだけど、まさか出発日になっても何も言わずにいるなんて思ってもみなかったら、正直焦ったよ。これでも何度も説得したんだよ?』
「それで、今日になっても真彩が動きそうになったから、俺に急いで連絡したってわけか」
『うん。どうにか間に合って本当によかったよ』
「よかった……のかねぇ。俺、結局振っちまったし」
『よかったに決まってるじゃん。付き合うにしろ振られるにしろ、どこかで姉ちゃんに踏ん切りを付けさせてあげなきゃ、いつまで経っても和兄の事でウジウジしていただろうし』
「……そっか。聡太は姉ちゃん想いだな」
『あんなのでも、一応僕の姉ちゃんだからね』
「とか言いつつ、けっこう姉ちゃんの事好きだろ?」
『好きに決まってるじゃん。だって家族なんだし」
『お、おう。お前は真彩と違って素直だな……」
『素直じゃない姉を反面教師にしてるからね。そんなちょっと面倒くさい姉ちゃんを和兄が貰ってくれたら言う事はなかったんだけどねー。僕、小さい頃から和兄の事を本当のお兄ちゃんみたいに思ってたからさ』
「そっか。そりゃありがとな。結局、聡太の期待には応えられなかったけど」
『そこは気にしなくていいよ。もちろん姉ちゃんと和兄が付き合ってくれたら一番嬉しいけどさ、でも和兄には和兄の気持ちがあるだろうし、それを無視してまで僕の願望を押し付けるわけにはいかないよ』
「……なあ聡太。お前、本当に俺より年下なのか?」
やっぱ小六の時から彼女がいる奴は、精神的にも成熟するんだろうか? もはや人生二週目じゃなかろうかと疑いたくなるレベルである。
『それより和兄、訊いてみたい事があるんだけどさ』
「おう。なんだ?」
『実際のところ、姉ちゃんの事は今までずっと幼馴染としか見てなかったの?』
ゴオオオオ、とエンジン音を鳴らしながら空から降りてくる飛行機が見えた。
そんな飛行機を横目で見つつ、フェンスに肩を預けた状態で「それ、訊いちゃうかー」と俺は微苦笑しながら答える。
「……ぶっちゃけると、今になってぶっちゃけるとだな」
『うん。ぶっちゃけると?』
「小学生の時、少しだけ好きだった時がある」
しばらく、聡太の呼気音だけ聞こえた。
俺も何も言わず、聡太からの返事を待っていると、
『へー。和兄にもそんな頃があったんだねぇ』
「なんだよ、そのいかにもニヤニヤ笑いながら言ってそうなセリフは」
『別にー? でもさ、姉ちゃんの一体どこが好きだったの? あの頃の姉ちゃんって、積極的に男子に混じって遊ぶタイプで、あんまり女の子らしくなかったのにさ』
「逆にそういうところがよかったんだよ。他の女子はバカにしてそうな目で俺達を見てくる中、真彩だけは普通に仲良く接してくれたからな。あと、単純に可愛いかったし」
『なるほど。けど、だったらなんで姉ちゃんに告白しなかったの?』
「あー。なんつーか、あとになって異性に対する好きとは違うなあって思うようになってさ。抱きしめたいとかキスしたいっていうよりは、ただ一緒に楽しくいられたらいいっていうか、家族みたいな感覚に近かったていうか……」
『ふぅん。僕から言わせると、それも恋の一種な気がするけどねぇ』
そうか? 俺はそんな気は全然しないけどな。
それとも、聡太みたいに恋人がいるからこそ見える世界でもあるのだろうか。
『何にせよ、姉ちゃんもタイミングが悪いというかなんというか……。小学生の時点で告白してたら、今頃和兄とキャッキャウフフできたかもしれないのに』
「キャッキャウフフって」
言い回しがオッサンくさいぞ。
精神が熟しすぎて、もはや中年の域に入ってなくないか?
『ま、こればかりは仕方がないけどね。恋愛なんて上手くいく事の方が珍しいんだし。だから和兄が気が病む事はないよ』
「いや、俺は別にいいんだが、真彩がな……」
『ん? もしかして、姉ちゃんの事が心配なの?』
「そりゃそうだろ。しょうがなかったとはいえ、こっちは泣かせた側なわけだし」
『姉ちゃんなら心配ないよ。姉ちゃんはそこまで弱い人じゃないから。弟の僕が保証する』
「……そうか。だったいいけどな」
たぶん、しばらくは気まずい感じになるだろうけれど、真彩には立ち直ってほしいと心から思う。
いつかまた、真彩と笑い合える日が来る事を願って──
『あ、僕、もうそろそろ教室に戻らなきゃ。授業が始まっちゃう』
「あ、そっか。聡太は普通に学校だもんな」
『いやそれ、和兄もだからね? サボらせた張本人が言うのもなんだけどさ』
「心配すんな。一回サボった程度なら、ちょっと叱られるくらいで済むだろうし」
『和兄、学校は真面目に毎日行くタイプだもんね。しかも意外と頭もいいし』
「それを言うならお前の方がもっと頭がいいだろ。東京にある野球が強くて偏差値の高い高校を受験するんだろ? 彼女とは遠距離恋愛になっちゃうし、色々大変だな」
『それなら大丈夫。彼女も東京の高校に行く事になってるから』
「ん? それって聡太を追いかけてか?」
『まあね。可愛いでしょ? 僕の彼女』
「このやろう、堂々と
『あはは。じゃあね和兄。東京に来る時はいつでも連絡してよ。僕が案内するからさ』
「おう。色々と世話になったな」
最後にそう言って、俺は通話を切った。
ふぅ、と軽く息を吐いたあと、俺はフェンスから離れて、澄み切った青空を見上げる。
さて、俺もそろそろ学校に戻らないとな。
○ ○ ○
キーンコーンカーンコーン、と放課後を知らせるチャイムが学校中に響き渡る。
暦の上ではもう立秋だというのに、真夏のような暑さが照りつけてくる。
唯一秋を感じさせる部分があるとすれば、ほんのり夕焼けが訪れるのが早まった程度か。
そんなほのかに空が茜色に染まろうかという中、俺は校舎裏でとある人を待つ。
やべー。今さらながらめちゃくちゃ緊張してきた。いや、呼び出したのは俺なんだけどさ。俺ではあるんだけどさあ!
「うわあ、心臓がバクバクする……」
心臓よ収まれとばかりに胸をさする。
真彩も俺に告白した時、同じように緊張していたのだろうか。
してたんだろうな。でなきゃ、あんな泣きそうな笑顔で言うはずがない。
「すげぇな、真彩は」
俺に告白した時の真彩を思い浮かべて、俺はひとり苦笑する。
俺から言わせたようなもんだけど、やっぱ実際に告白するとなるとこんなに緊張しちゃうもんなんだな。ぶっちゃけ、口から心臓が出そうだわ。なんなら心臓以外も出てきそう。
なんて、ひとりでドキドキしていた中。
俺の好きな人が、緊張した面持ちで校舎裏にやって来た。
俺の好きな人──同じクラスの女の子は、少し戸惑いがちに目線を彷徨わせながら「話ってなに?」と問いかける。
そんな好きな人を前に、俺はガチガチになりながらも正面に向き直る。
めちゃくちゃ緊張するけれど。
今すぐにでもここから逃げ出したい衝動に駆られるけれど。
真彩だって、頑張って告白してくれたんだ。
だったら俺も、ちゃんと好きな子に告白しないといけないよな。
次に真彩と会う時、ちゃんと胸を張れるような男になるためにも。
そうして俺は、大きく息を吸い込んだあと、
「実は俺、前から君の事が──────」
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