幕間 凶暴姫の王子様

 そんな遠くない昔々、そう、10年ほど昔のお話でございます。


「オギャー」


「あぎゃー」

 

「あなた?大丈夫!?」


「う…」

 

 バタッ


 これが私の生まれた瞬間でございます。

 私は大きな呪いを受け、生まれ落ち、誕生と同時に強力なオーラの力で父親の首を握り潰したのです。

 私は「凶暴姫」と呼ばれ、家族とは隔離した部屋で家畜のように育てられました。

 その隔離された部屋というのが牢屋という名前であることは10歳になった頃に教えられました。

 教えられたと申し上げましたが、教えてくださったのが、私のご主人様であられるツバル・シュバルツ様でございます。


 私は姫と呼ばれるように、1国の姫であることは間違いありません。

 しかし、公には存在は公表されず、ただの生物として飼われていました。

 いや、殺されてもおかしくはないのです。

 王である父を殺害したのですから。

 それをきっかけに国を大きく動かしてしまった罪深き存在なのですから。


 しかし、王にとっては唯一の子である私を殺すことはできなかったのだと、後からご主人様に教えていただきました。

 急に王を失った王国は次第に政権を維持できず、国内情勢は不安定になりました。

 王の弟である、叔父が次代の王となりましたが、王としての教育を受けてこなかった次王は政治がうまくなかったそうです。

 次第に王派閥と、貴族派閥に分裂、民衆はそれに嫌気がさし、独立運動を始めました。

 その後、泥沼の政治闘争や、内紛を経て、民主制が敷かれるようになってきました。

 その時に、王族の扱いや貴族の扱いでかなり揉めたと聞いております。

 貴族は、権益を放棄し、政治家としての頭角を表すものだけ、政治家としての道が残され、王族は国の象徴としての扱いを受けるようになりました。

 王族は人権の多くを奪われ、国のマスコットへと成り下がったのです。

 私は王族の末端とはいえ、その存在さえも公表されていません。

 そんな私に誰も慈悲の心すら持ってくれませんでした。

 牢屋に入れられた私は犯罪者か何かだろうと取り合ってもらえず、そのまま投獄され続けたのです。

 母はどうやら内紛に巻き込まれ何処かで死んだようです。

 私はこの時、初めて1人ぼっちなんだと実感しました。

 言葉も最低限しか知らず、説明することもできません。

 知識もなく、論理的な思考もできませんでした。


 しかし、王の側仕えであった1人の青年が私の存在を覚えてくれていたのです。

 王の側仕えができるのは上級貴族の子息と決まっているそうです。

 彼は上級貴族の子息でありながら、私のような穢れた存在を認知してくれていたのです。

 その青年はいつも私にご飯を持ってきてくれました。

 その青年はいつも私に話しかけてくれました。

 その青年はいつも私に夢を語ってくれました。

 その青年の夢は魔闘士になることでした。

 その青年は上級貴族の子息であることから政治家になることを決められていました。

 それがどうも許せなかったらしいです。

 彼の言葉を聞いて言葉を覚え、彼の言葉から論理的な思考を手に入れ、彼の言葉から知識を得て、私はヒトという生き物について学びました。

 現在の国の状況や、自分が王族の末端であること、政治とはどのようなものなのかを学びました。

 その上で、私は彼のことをこう呼びました。


「ご主人様」

 こう呼ぶと彼は振り返ります。


「そのご主人様ってのどうにかならないか?むしろ逆な気がするんだが?」


「いえ、そんなことはございません。私がヒトになれたのは貴方様がおられたおかげです」


「うーん、いいか。それで、姫はこれからどうする?」


 どうすると聞かれたのも、現在の国の状況がよくないからです。

 どうやら、次の選挙を武力で潰そうとしている貴族がいるそうです。

 その筆頭にご主人様のお父様がおられるそうです。

 それにご主人様は参加したくないので、国外逃亡を図られるそうです。

 武力行使をするということは、内戦を意味します。

 今後の政治体制も落ち着くまで、王族の扱いは非常に危ういものとなるそうです。

 しかし、囚われの身である、私は何の選択権も持っていません。

 このまま放置されれば死にゆく身。


「私には何も選べません。私はヒトですが、人権はありません」


「うーん。やっぱり、ご主人様より私は王子様になりたいかな」


「王子様ですか?」


「そう、姫を助けるのって王子様の役目だろ?」


「姫を助ける?」


「そう、ここに、目の前に姫がいるじゃないか。人権は勝ち取るものだ。私が姫の人権を勝ち取ろう。まず、名前だな」


「名前ですか」


「そう、名前ないだろ?王族の名前なんて捨てて仕舞えばいい」


「そんなことができるのですね。それなら、ご主人様に名前をつけていただきたいです」


「あぁ、そうだな。それなら、シャイナ・グランテにしよう。姫にピッタリだと思うんだ。内面と外面どちらも表しているんだ」


「承知しました。私は今からシャイナ・グランテでございます。ご主人様のメイドとなります」


「いや、私は王子様になりたかったんだけどな…。まぁ、いいか。とりあえずそれで行こう。そして、こんな国は捨てて、安全な国で過ごそう。私はそれなりに教育を受けているからどこでもうまく行くと思うんだ」


「はい。ご主人様と一緒ならどこでもいいです」


 こうして私は凶暴姫からシャイナ・グランテとなり、魔闘士となりました。

 ご主人様は現役のピークを過ぎて研究職に歩を進められ、私はご主人様のためのメイドの傍ら魔闘士をしております。

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