第32話 魔術の深淵

 ラッキーなことにタダ同然で、記憶を操作する魔術を手に入れた。


 時魔術起動の術式もわかったし、ある程度の応用についても知ることができた。


 大きな収穫だ。


 アネモネの両親が行った、俺を召喚転生させる術式は空間に関係している術式だったらしい。


 恐らく、無色のマナだろう。


 きっと、両親が陽と隠それぞれの力を持っていたのだろう。


 そうなると、かなりの量の無色のマナを生み出すことができる。


 仮に1万mpだとして、無色のマナは2500mpにもなる。


 今回のザピルス先生の作った1日記憶を消す魔術で150mpだから、文字通り、桁違いの魔術であったはずだ。


 少しずつ研究は続けていこう。




 さて、今回の収穫は多かったが、ひとつ、面倒なことにもなっている。




「こんにちは、アルデウス君。よかったら、ご飯でも一緒にどうですか?」




 ザピルス先生が笑顔で誘いにくる。


 結構前から目を付けられていたのか、何度記憶を消しても食事に誘われる。


 その度に断らなければならない。




「こんにちは、ザピルス先生。すいません。今日は少し時間が無いんです。要件は伺うので、こちらへいらしてください」




 人のいない場所へ誘いこむ。


 2部作らせた誓約書の1部を見せて言う。




「先生、誓約書の違反です。記憶を消しますね」




「あぁ、あなたはそんなこともできるのですね。と言うことは、やはり、あなたが、私の肌を若返らせてくれたのですね。ありがとう。そして、ごめんなさい」




「いえ、それはいいのですが、実はこのやり取りはすでに10回を超えています。よろしければ、1か月分ほど記憶を消したいのですが、いかがでしょうか。」




「そうね。私は研究の成果として、若い肌を手に入れたので、これ以上は望みません。あなたの望むままにしてください」




「そのセリフも何度も聞いていますので、研究成果の全てを僕に譲ってくれませんか?」




「わかりました。ご迷惑をお掛けして申し訳ございません。そのようにいたします」




 そうして、全ての研究成果をも譲り受けた。


 それらは、まだ読めていなが、若返りがメインの研究だったので、俺には関係なさそうだ。


 ママンに教えてやると喜ぶかもしれないな。


 人体実験も済んでることだし、やってみるか。




 それらを踏まえ、俺は、これらの成果物と、ダイヤの杖2つで魔術の構成を考えている。


 初めて買ったピエトロ工房の杖は、ありていに言って、ダミーとして使っている。


 ダミーとして、4属性の大弾と、大治癒を入れ、それっぽい魔術師のフリをするときに使っている。


 これでも十分強い構成だが、闇属性を入れていない時点で素人だ。


 そこで、大量に魔術を付与できるダイヤの杖が登場する。


 昔はコツコツと何節の魔術を入れるか計算していたのが、今となっては懐かしい。


 知っている魔術を片っ端から付与することにする。


 一緒に杖を買ったメンバーにも言われたが、全て入れても余るそうだ。


 しかし、俺の場合、陽も隠もどちらも特級であるため、使える魔術が極端に多い。


 アネモネも多いが、合成マナの量が大幅に変わるので、俺の方がどうしても多くなる。


 しかし、入った。


 魔術書全てを付与しきった。


 そりゃそうだ、だって、1個で高級車1台分だもん。


 主に、右手が陽で、左手が隠というように分けて。


 特に、普段使い慣れていないバフやデバフの魔術の術式を描くのが苦労した。


 今回、改めて、魔術書1冊分の魔術を全て付与するために大量の魔法陣を描きまくったわけだが、そこから得たものがある。


 術式の規則性だ。


 多くの魔術師はこの規則性に従って、新たな魔術を開発しているのだろうが、俺にも気づいたことがあった。


 属性に関する規則性だ。


 俺は、4属性、光、闇、無色、雷、氷という9属性の魔法陣を描きまくったが「10個目はこれだ!」といえる図形を思いついてしまった。


 本来、術式となる図形を考えた場合はすぐに使うことはせず、調べてすでに作られているかどうかを調べるべきだ。


 しかし、この世界に図形検索のできるAIはない。


 新魔術に関するマニアックな本を片っ端から読んでいって、該当する図形を探す必要がある。


 しかも、似たような効果で図形は違うとかいうことも多いため、多くの人間が安全管理の段階で諦める。


 でも、俺はこれを試してみたい。


 完全にザピルス先生に影響されている。


 彼女は「肌を若返らせたい」という欲望のみで時魔術を開発した。


 危険もあっただろうに、独学であそこまで至ったらしい。


 逆に言えば、個人レベルの開発でも、新魔術を開発できるのである。


 インターネットが普及していないこの惑星では、情報は秘匿している人間が多いのである。


 情報は財産として受け継がれているのである。


 恐らく、俺が考えた図形も誰かが持っている。


 しかし、社会には公開されず、一子相伝の秘術として受け継がれているのかもしれない。


 そうなると、安全確保のため、調べることすら意味をなさない。


 隠された情報は見つけられないからだ。




「と、いうことで、アネモネさん。新魔術の検証に立ち会ってください」




「何が『と、いうことで』よ!要するに、怖いから見てて欲しいんでしょ?」




「まぁ、そうですね」




「それはわかったけど、どうして、オリビアとフォールもいるのよ?」




「ん?2人は数少ない友達だし、俺の栄光の承認になってもらうんだ」




「そういうこと言ってるから友達少ないんじゃないの?」




「わかってらい!ただ、一緒に遊びたかっただけなんだよ」




「わかってるよ。ライ。ボク達は君の友達だからね」


 オリビアが優しい瞳で見つめてくる。


 キュンとする。


 


「僕も君と遊ぶのは楽しいから好きだぞ。オリビアもいるしな」


 フォールがオリビア目当てで俺に接触していることを暴露する。


 オリビアは全く気にしていない。


 恐らく、その気がないのだろう。


 かわいそうに。




「さて、皆さんをお待たせするのも悪いし、やっちゃおうかな」




「そうね。アタシも気になるわ。早く見せてよ」


 アネモネはかなり期待しているらしい。




「そうだな。僕も楽しみだよ。ライのことだからまた面白いことを考えたんだろ?」


 フォールも期待してくれている。


 面白いかどうかはわからない。


 最悪、マナ暴走で事故が起こる。




「どうだろう?マナ暴走が起きたら、みんなは逃げてね」




「ライ君なら大丈夫だよ。頑張って」


 オリビアが励ましてくれる。




「さぁ?本当に予想できないんだ。怖いから、術式発動のみの術式に、光のマナの精霊召喚で使う『1』という術式しか入れていないんだ。きっと、何かが、1回発動するんだと思うんだけどね。よし、それじゃ、やってみるよ?」




「うん」「おう」「わかった」


 それぞれ返事してくれる。




 俺は、紙に描いた魔法陣にマナを送る。


 俺の予想では無色のマナが必要だと思う。


 最悪、無色ならどのマナの代わりにもなるので、出力が足りるなら問題ないはずだ。


 


 すると…。


 スッと1つの物体が魔法陣の上に現れた。


 円柱状の白い物体。


 大きさは2cmほど。


 側面はギザギザしている。


 ひっくり返して、底面を見ると…無い。


 円柱ではなく、底面の片方は無い。


 って、いうか、コレはキャップだ。


 ペットボトルのキャップがそこに存在した。




「なんだこれ?」


 フォールが呆れたような声を出す。




「見たことない物ね」


 アネモネも不思議がる。




「ねぇ、触っても大丈夫なの?」


 オリビアは心配する。




「あぁ、大丈夫だよ」




「なんで知ってるような口ぶりなのよ?」




「いや、よくは知らないけど、もう触ってるし」


 転生についてはアネモネしか知らないので、言えない。


 言ってもいいが、アネモネとの関係を知っている2人から、ロリコン疑惑がかけられる。


 オリビアに冷たい眼差しで見られたら泣けてくる。


 フォールなんかは本気で軽蔑してきそうだ。




 しかし、それにしても、大発見かもしれない。


 この惑星は化学が発展していないため、石油製品がほとんどない。


 つまり、この惑星にペットボトルは存在しないのである。


 ということは、どこか近くの惑星から取り寄せた可能性がある。




 いや、はっきりしよう。


 これは『召喚』だ。


 それも、他の惑星、つまり、異世界からの。


 アネモネの両親が巻き込まれた術式に近づく一歩かもしれない。


 しかし、両親を事故死させた術式をアネモネが素直に使わせてくれるとは限らない。


 しばらくの間は、しらばっくれておこう。




 その後、術式の『1』の部分を『2』にすると、2個のキャップが、『3』にすると3個のキャップが出てきた辺りからみんなが飽きてきていた。


 みんなは飽きるだろうが、俺は家に帰ってからも続けた。


 しかし、いくつに数字を変えてもキャップのみなので、流石に、俺も飽きた。


 他のアプローチが必要なのだろう。


 しばらく、色々な方法で試してみよう。

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