幕間 実験の果てに

 魔術を使うために最も必要なもの、それは術式である。


 複雑な図形を組み合わせて、プログラミングを完成させる。


 オリジナル術式となれば、バグ取りも自分でしなければならない。


 デバッグ作業だけで1日終わるなんてこともよくある。


 しかし、私はその魔術の世界に魅入られてしまった。


 複雑な図形を夢想してはどのような効果が起こるのか予想する。


 予想と一致するか実験する。


 実験結果をレポートにまとめ、考察する。


 すると、次なる疑問が湧き起こり、次の魔法陣を考える。


 このループが私の日常であり、非日常である。


 毎日が楽しい。




 ひとつ問題があるとすれば、実験の回数や、使用できるマナに制限があることだ。


 ここ最近、魔力の強力な助手が欲しいと常々考えている。


 そこで目をつけたのが、ライラック・アルデウスである。


 彼は私の授業をいつも楽しそうに受けている。


 聞けば、他の授業では死人のように動かない彼が、私の授業だけは真剣な表情で受け、質問を投げかけてくる。


 きっと、彼も魔術に興味があるのであろう。


 悪く言えば、そこにつけ込み、利用したい。


 言い方を変えれば、搾取したい。


 彼は、初等部の1年時の測定では陽の魔力が680もある優秀な人材だ。


 その上級魔力があれば、きっと助手としても役に立つ。


 うまくいいくるめて、専属の助手にしよう。


 そう考えて、近づいた。




「やぁ、アルデウス君、君はいつも私の授業に質問があるようだが、今度ゆっくり話でもしないかい?良かったら、お茶くらい奢るよ?」




「あ、魔術のザピルス先生、こんにちは。質問をしていたのは、おっしゃる通り魔術に興味があるからです。是非ともお時間をください。助かります」


 どうやら、彼も私と話がしたかったようだ。


 こちらとしても、助かる。




「それは良かったよ。早速だが、今日の放課後なんてどうだい?」




「わかりました。大学の食堂でいいですか?」




「そうだね。職員用の応接室でも良かったけど、初めだし、そこにしておこう。いやぁ、こんなおばさんのデートのお誘いに乗ってくれて嬉しいよ」




「そんな、おばさんだなんて、先生の授業はいつも素敵ですよ」




「あら、嬉しいこと言ってくれるね。何でも注文していいわよ」




「ありがとうございます。それでは、放課後に」




 どうやら、近づくことは成功したようだ。


 相手は上級術師。


 保護者は上級家庭に憧れているはずだ。


 へたなことをすればすぐに裁判になる。


 しかし、うまくいけばメリットが大きい。


 


 それにしても「おばさん」は否定してくれなかった。


 やはり、研究のしすぎで、肌が荒れているのだろうか?


 最近、化粧ばえがしない気がしていたところだ。


 もうすぐ30だと言うのに、色恋沙汰もない。


 婚期を逃したくない気持ちと、研究をしたい気持ちがせめぎ合っている。


 それでも研究をしたいからこのように子どもに声をかけるという事案も発生している。


 決してショタの趣味はない…とは言い切れない。


 泣けてくる。


 いや、今は研究のことを中心に考えよう。


 雑念を捨てよう。


 ひょっとすると、これで、私がやりかった魔術理論が一区切りつくかもしれない。


 絶対彼を手放さないようにしよう。









「アルデウス君、こっちだよ」


 私は食堂の端の席に座っていた。


 聞く人が聞けば、助手のスカウトに聞こえるからだ。


 相手がまだ11歳と言うことで、相手に悟られる心配はしていないが、周囲の目はそれを見逃さないだろう。




「あ、ザピルス先生、お待たせしました」




「いや、待っていないよ。今きたところだ」


 うそだ。


 楽しみ過ぎて30分前からいる。




「それならよかったです。早速ですが、魔術についていくつか質問してもいいですか?」


 完全に、質問に答える優良教師に見える。


 完璧だ。




「あぁ、いいとも、私も魔術が好きでこの仕事をしているからね」




「やっぱり好きなんですね。僕も好きなんです。それじゃあ、お言葉に甘えて、質問しますね。この術式の意味を知りたかったんです。ご存知ですか?」




「おお、これは時魔術に関する術式ですね」




「一目でわかるんですね!すごい!どんな内容ですか?」




「えぇ、私が主に研究しているものも時魔術ですからね。術式の内容は、『惑星の自転周期を観測する』というもので、時計によく使われますね。必要な魔力は無色ですが、わずか2mpで動くことから、腕時計のような小さなマナ製品にも使われます」




「さすが!すごい!ありがとうございます。今丁度、時計の仕組みを分解して研究していたんですよ」


 やはり、まだまだ子ども、やっていることが可愛いな。


 しかし、時魔術に目をつけたところは評価できる。




「いえいえ、たいしたことではありませんよ。アルデウス君こそそんな研究をしていて、すばらしいことですね。時計の研究ということは、時魔術に興味があるんですか?」




「えぇ、そうですね。非常に興味があります。ひょっとして、詳しく教えてくれますか?」


 かかった!


 いただいた!


 上級おひとり様いただきました!




「もちろん。私は教えることが仕事ですよ?詳しい資料は自宅なので、もしよろしければ、このまま資料を取りにいきませんか?」


 さぁ、乗ってくるか?




「よろこんで!」


 いぃぃよっっっしゃあぁぁーい!




「わかりました。自宅は隣駅なので、魔列車でいきましょう」









「ここです。ただの1LDKのマンションなので、おもてなしはできませんが、許してくださいね?」




「いえいえ、おもてなしなんて、僕の方がお世話になるのに」


 そう思っているのは、今だけだよ。


 私がアンタを搾取するんだからね。




「まぁ、それじゃあ、テキトーに座っていてくれるかい?資料を持ってくるよ」


 そう言ってリビングに彼を通す。




「はい。わかりました」




 私は指導に適当な資料と、本題である魔法陣とを持っていった。




「おまたせ。この術式なんかだと時魔術の理解が深まるよ。時計の術式は観測だけだったけど、これを使うと時刻の指定ができるようになるんだ。何時何分といったようにね。それをすることで、指定した時刻に別の術式を発動させることができるんだ。夢が膨らむだろう?」




「そうですね。問題は何をさせられるかですね。あと、時刻のように点で指定するのではなく、幅を持たせた時間を指定することもできますか?」




「おっ!わかるかい?センスがいいね。時間の指定はこっちだよ。しかし、点で指定したものではなく、幅がある分、術式は複雑なんだ。複雑になるってことは、必要な魔力が高まるのさ」


 そう、私のように中級では扱えない魔力に。


 


「そうなんですね。術式の内容についてですけど、例えば『巻き戻す』とかも使えるんですか?」




「おぉ、君は天才かもしれない!私が長年研究しているのが、まさに『巻き戻し』なんだよ。これを見てごらん」


 『巻き戻し』の術式を見せる。




「すごい!こんな複雑な術式になるんですね!でも、これとさっきの術式とを組み合わせると、何の術式なのかわからなくなりますよね?」




「そう!そこで、登場するのが、積層型魔法陣さ。2枚の紙に描いて回路を繋げてしまうと、完成するように描くのさ。もちろんこのまま、杖に付与することもできるよ」




「おお!そんな描き方もあるのですね。たしかに、それでだと、理論上いくらでも積層できますね」




「そう、そうなんだけど、魔力がね…足りないんだよ。私は隠の中級だから、陽の中級以上の術者と一緒にしないと実験すらできないのさ」




「魔力でしたら、協力しますよ?」


 え?マジ?やったー!




「ちなみに、この魔術はどこをどう『巻き戻し』するんですか?」




 …少し恥ずかしいが答えよう。


「顔の皮膚を若返らせるの…」




「…顔ですか。他の部位に変更することはできませんか?」




「あ、あぁ、そうね。できますよ。ここの術式をこっちに変えると手の皮膚が若返りますね。」




「若返りですか…。他の効果はないんですか?」




「あるけど、それは私の専門外ですね」




「そうですか、たとえば、場所の指定を脳にすることはできますか?」




「あぁ、それなら、これがそうですよ。さっきと同じように入れ替えるだけでできます。しかし、脳の若返りは記憶も消えるので、おすすめできませんし、第一マナがとんでもなく大量に必要です。おそらく無色のマナが300mpは必要なので、少なくとも特級と呼ばれる術者が陽と隠1人ずつ要るでしょう。現実的ではありませんね」




「なるほど、いいことを聞きました。実は僕は特級術師で、その中でも得意体質らしく、どちらも陽も隠も2000mp以上あります。よろしければ、お礼として、身体中の皮膚を若返らせましょうか?」




「え?本当にいいの?でも、君にメリットがなさすぎる提案じゃ?」


 え?しかも、特級術者って、国宝級に重宝される人材だから、見つかれば国の研究所送りでは?




「いえ、僕は時魔術のヒントを得ましたので、これで十分です。しかし、特級であるということは、知られると都合が悪いので、先ほどの脳を若返らせる魔術で記憶を消させてもらいます」


 あぁ、そういうことね。


 私で人体実験をするのか。


 望むところよ。


 私がずっと研究を続けてきた成果だもの。




「わかったわ。お願いします」




 そして、急ぎで術式を完成させた。


 『全身の皮膚を20年分若返らせる』魔術と、『今日1日分の記憶を消す』魔術の2つを。


 私が美容のために研究したものと、医学としても転用できるように作った術式。


 必要マナは多く、暴走のリスクもあるが、目の前の術者は落ち着いている。


 なんだか、任せられそうな気がする。


 きっと、バカな選択なのかもしれない。


 記憶が消えることで術式が成功したかどうかも見ることができない。


 それに、記憶が消えることは、自分の意思であり、それについて詮索しないという誓約書を2部作らされた。


 もう一度彼に辿り着いたとしても、記憶を消されるだけ。


 私はこの一回のためだけに術式を研究してきたことになる。


 それでもよかった。


 ただ、若返りたかった。


 よし、納得した。




「お願いします」









 目が覚めた。


 すがすがしい。

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