第20話 ゼルエル・アフロディーテ

 俺はゼルエル・アフロディーテ。

 アフロディーテ家の唯一の子として生を受けた。

 アフロディーテ家は、これまで、陽の中級家庭としてそれなりに暮らしていたが、念願の上級術者として俺が生まれた。

 両親には可愛がられ、持て囃されながら育ったため、少し調子に乗っていたこともある。

 しかし、調子に乗ってしまうのも仕方がない能力を持っていた。

 18歳になった頃には、体は大きく、身長は180cmはあり、体格もガッシリしている。

 学校での実技試験では、どの魔術も学年で1番は当たり前。

 2番以下の追随を許さぬほどの差があった。

 まさに、大人と子どもほどの。

 卒業後も上級家庭としての地位を約束されていた。

 だから、同級生はみんな俺のご機嫌取りをしていた。

 しかし、2人だけ言うことを聞かない人間がいた。

 1人は、幼いころから、恋心を寄せているアンネローゼ(ライの母)だった。

 もう1人はエルバーダイン(ライの父)だった。

 この2人は俺のことなんて全く気にすることなく、マイペースに過ごしていた。

 まるで、俺が眼中にないかのように感じた。

 エルバーについては、どうでも良かったが、アンネにはどうにかして振り向いて欲しかった。

 しかし、いつまでたっても、アンネは相手にしてくれない。

 そこで俺は大きな賭けに出る。


「なぁ、アンネ。俺って、学年でぶっちぎりの1番だろ?そんな俺の女にならないか?いや、偉そうに言うつもりは無いんだ。ただ、俺はお前のことが好きなんだ。付き合ってほしい。どうだろうか?」


「ごめん。お前って呼ばれるの嫌いなんだ。アンタとはうまくやっていけないと思う。それにアタシは好きな男がいるんだよ。他の子を探してくれないかい?」


「そうだよな。アンネだけはずっと振り向いてくれなかった。この告白もうまくいくとは思えなかった。でも、好きだったんだ。言えて良かったよ。キレイにふってくれてありがとう。よかったら、友達になってください」

 ものすごくダサいな。

 今までは完全に「ゼルエル王国」の国王様だったのに、ただ1人の女の子に頭を下げて、お友達になってもらった。

 頭を下げてまで作った友達だからか、他の友達より、特別な友達だと思った。

 しかし、そのアンネとエルバーが付き合っているという情報を得たのは、数日後だった。

 エルバーとアンネの2人は幼馴染で、初等部のころからつるんでいた。

 初等部から今に至るまでずっと一緒にいるものだから、付き合ってると思っていた者が大半だ。

 しかし、残りの者の読みは「今まで一緒にいる時間が多すぎるから、男女として見ていない」というものだった。

 俺はアンネと話してみて、後者であることを確信したが、それもハズレた。

 俺が告白して、アンネは「他に好きな男がいる」と言った。

 今まで男女として、見ていなかったのに、俺の告白を受けて、エルバーとの関係をハッキリさせたと考えるのが妥当だろう。

 余計なことをしてしまった。

 酷く後悔した。

 そして、嫉妬した。

 エルバーを憎んだ。

 お門違いとわかりつつもエルバーに突っかかる日々を過ごした。

 

 ある日、エルバーに呼び出された。


「なんか用か?」

 俺は精一杯尊大に構える。


「いや、逆恨みが酷いから、呼び出しただけだ。大した用はない」


「そうだなぁ。ダサいよな。でも、お前は俺の大切なものを奪ったんだ」


「あぁ、アンネは俺と付き合ってる。でも、キミたちは友達になったんだろ?俺と付き合ったせいでキミ達が友達をできてないのは困るから、関係を改善してくれ」


「・・・」

 何言ってんだ?

 じゃあ、お前が居なくなればいいだろ?

 イヤ、ちがうな。

 こいつが言ってることは、アンネのためのセリフだ。

 こいつの方が、アンネを思ってるということか。

 負けたのか。

 アンネにふられ、エルバーに負けた。

 何がゼルエル王国だ。

 何が上級家庭だ。


「あはは!お前面白いやつだな!負けたよ。俺もアンネを友達として大切にしたい。エルバー、仲良くしよう」


 それから、エルバーとアンネと俺の奇妙な3人組が出来上がった。

 いつも3人でつるんでた。

 ゼルエル王国は解散だ。

 俺は本当に大切にしたい友達を見つけたんだ。


「ゼル!こっちこいよ!ご飯食べよう!」


「エルバー、そこよりこっちの方が広いよ!こっちにしましょ?」


「あぁ、今行くよ」

 俺は微笑みながら答えた。


 それから、卒業までの2年間が俺の人生の中で1番穏やかに過ごせた気がする。

 卒業後は、マナ抽出所で働くことになった。

 学生時代の研究成果もよかったため、晴れて上級家庭となれた。

 両親は大喜びした。

 母は近所に言いふらすので、噂になった。

 父も帰るたびに褒めてくれた。

 

 卒業後もエルバーとアンネにはよく会った。

 アンネは下級術師なので、就職はせず、エルバーと結婚して家事をすることになった。

 それでも、変わらず家族ぐるみの付き合いがあった。

 2人が結婚して3年たったころ、アンネの妊娠がわかった。

 ちょうどその頃、俺にも運命の出会いがあった。

 いつも行く酒場で出会ったのだが、一目見た瞬間に好きになっていた。

 それは、向こうも同じだったようで、すぐに距離が縮まった。

 名前はシエン・サリュー。

 俺は夢中になった。

 シエンも俺に夢中だった。

 2人で過ごす時間が増えた。

 その分、エルバー達と過ごす時間は減った。

 アンネの子が生まれるころには、スマートフォンのメッセージサービス「ユニゾン」でのやり取りがメインに変わっていた。


 シエンは少し変わった経歴の持ち主で、元王女だった。

 サリュー王朝という小国の王女だが、内乱で亡命していた身分だった。

 そのため、俺たちが結婚した後は、シエン・サリュー・アフロディーテと名乗ることにした。

 内乱の末、国は滅んだが、サリューの名前は残したかったらしい。

 そのサリュー王朝はずっと昔から、上級より多い魔力の持ち主「特級」を最優先に王位継承の順位を付けてきた。

 その王女たるシエンも例外なく特級であった。

 俺は特級の存在すら知らなかったので、かなり驚いた。

 しかし、彼女を愛していることには変わりないので、深く考えないことにした。

 

 しばらくすると子どもを授かった。

 名はアネモネ・アフロディーテ

 「サリュー」は名乗らせないことにした。

 王朝の名を残すことより、アネモネの安全を考慮した。

 アネモネも特級であるからだ。

 特級は、希少性から誘拐や、事件に巻き込まれることが多い。

 サリューを名乗ることで危険になるなら、名乗らなければいい。

 そう、シエンは判断した。

 もちろん、俺も考えた。

 俺の両親は、よくわからない王朝の名前は捨てさせろと言っていた。

 両親に特級の話はしていない。

 そこで、上級の俺の子どもだから、上級であると偽の情報を流した。

 そうすることで、アネモネも上級家庭へと至りやすくなるとの配慮だ。

 どっちにしろ、病院の鑑定では上級までしか鑑定できず、魔力の数値は出さない。

 学校での測定だけ休むなりしてパスすれば問題ない。

 問題ないと考えていた。


 あの事故があるまでは。


 あれは防ぎようのない事故だった。

 治癒の杖を持っていない日に。

 アネモネのベビーカーが階段から落ちた。

 少し目を離したすきに。

 隣の女性が少し当たっただけで。

 シエンが、1人で買い物に行ってる時に。

 アネモネの頭から大量の血が流れた。

 よそ見していたこともあって、発見が遅れた。

 治癒の杖が無いために、周囲に呼びかけた。

 すぐに治癒できた。

 しかし、失った血は戻らない。

 病院へ走った。

 

 輸血が必要だ。


 血液は魔力総量が近くないとできない。

 アネモネは特級だ。

 病院にストックされている、上級の血液では適合しない。


 すがる思いで病院にある血液の適合テストをする。

 予想通り、上級では適合せず。

 しかし、なぜか、俺の血は適合した。

 そう、俺も特級だったのである。


 思い返せば、特級の片鱗は感じていた。

 魔術の実技テストで本気になったことはなかった。

 とてつもなく楽観的な思考をしていた。

 そう、ゼルエル王国を作るなんていうバカなことをしても恥ずかしくなかった。

 それらが、自らの等級は特級であると暗に伝えていた。

 まさか、急な一目惚れも?

 いや、あの恋心は必ず守る。

 

 そうして、アネモネの輸血問題は解決した。

 

 か、に見えた。

 俺が駆け込んだ病院は国立大学附属病院。

 本当にたまたま、救急で見てくれる病院がそこだったのだ。

 たまたま、その病院には、正確に魔力を測定できるキットが存在し、たまたま、その結果を知った学部長が、たまたま、召喚転生の術式を研究していて、たまたま、アルターイという、天使を名乗る怪しい人物が同席していた。


 そう、たまたまなのだ。


 たまたまケガをして、たまたまシエンがいなくて、たまたま俺が特級で、たまたま血液が適合して、たまたま魔力を測定して、たまたま、サリュー王朝は特級術師が王で、たまたま召喚転生に必要な魔力源候補となって、たまたまアネモネが誘拐されて、たまたま人質交換として、俺とシエンの魔力が使われた。


 そう、たまたまなのだ。


 いや、天使アルターイの読み通りなのだ。


 全ての偶然を必然に変えるだけの力があることは、初見でわかった。

 人間離れした存在感があった。

 召喚転生術式を発動する時には、アネモネは別室に連れて行かれていた。

 どうなるかはわからないが、術式を実行した。

 周囲のマナは根こそぎ吸い取り、足りない分は星から奪った。

 自分でも信じられないほどのマナを取り込み、魔法陣に使った。

 シエンも全力を出していた。

 2人揃って限界まで魔力を、行使していた。

 どちらからかはわからないが、綻びが生じた。

 目の前の見ず知らずの妊婦の赤ちゃんに転生させる予定が、術式の最後のところで、魔法陣にひびが入った。

 マナ暴走だ。

 今までの流れは止められず、不発に終わるであろう魔法陣にマナだけが注がれる。

 とてつもない量のマナが空転しているその瞬間、視界が消えた。

 周囲の空間が球状に消失した。

 その場の全てが消え去った。

 事前に逃げたアルターイと、事前に別室に移したアネモネ以外の全てが。

 俺自身が。

 シエンが。


 その時が、遠く離れたアンネローゼ・アルデウスの体に新しい命が芽生えた瞬間だった。

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