第21話 アフロディーテ家 初等部4年生

 大学から戻った俺たちは、両親に暖かく迎えられた。


「ただいま」


「おかえりなさい。テレビ見たわよ?もう有名人ね。それで、アンタたちは強くなれたの?」

 ママンが真剣な顔で聞いてくる。


「そうだね。強くなる方法は学んできたかな」


「そうかそうか。まぁ、久しぶりにゆっくりできるんだ、今夜はご馳走にしよう」

 パパンが提案した。


「アタシはライより強くなったよ?」

 アネモネがドヤ顔で言う。


「あっ!そんなこと言う?アネモネの方が火力あるんだから、有利に決まってるじゃん!」


「あはは!2人とも元気そうでよかったよ」


 そうして、その日はアースも一緒にご飯を食べて、楽しく騒いだ。



 帰宅から時間は過ぎ、4年生になった。

 俺もアネモネも成績はぶっちぎりの首席だ。

 大学での研究についても加点されている。

 また、魔闘法を極めつつある状態は、どの教員よりも強かった。

 実技で俺たちに敵う者はいなかった。

 アネモネは中等部でヒーローのような扱いを受けていた。

 俺は、学校での実績なく、留学のようなことを勝手にしたので、周りは腫れ物を扱うような関わり方になってしまった。

 友達を作ることも今回の人生には必要なのに、やらかしてしまった。

 しかし、オリビアは変わらず仲良くしてくれた。

 ついでにフォールも。

 この2人は俺がいない間にずっと一緒にトレーニングしていたようだ。

 オリビアもフォールを信頼しているようだ。

 最近は俺とアネモネも一緒にトレーニングをさせてもらっている。


 さて、今日の本題は別にある。

 きっかけは、シャイナの試合でテレビに映ったことだった。

 世界中に同時中継しているカメラに俺たちが映ってしまった。

 いや、俺たちではない。

 アネモネが映ってしまった。

 そして、フルネームを名乗ってしまった。


 そう、アフロディーテ家との約束に触れる行動であったのである。

 ゼルエル達が行方不明になったが、娘であるアネモネは本来ならアフロディーテ家で育つべきだ。

 しかし、ゼルエルからのメッセージで、特級の術者であるアネモネも誘拐される危険があると知らされていた。

 もちろんゼルエルの両親も同様の連絡を受け、両者で協議の場が設定された。

 優先すべきはアネモネの安全であることを第一に据えて話し合いをした。

 そこで、アフロディーテ家は襲撃される可能性があるので、遠く離れたアルデウス家で育てることになった。

 しかし、アフロディーテ家の事情として、後継ぎがいないことも問題とした。

 そこで、妥協点として、成人までは、アネモネをアルデウス家で保護し、成人後は、事情を説明した後、本人に道を選ばせようと決めたのであった。


 アフロディーテ家は跡継ぎがいないことを考えると切実な問題であった。

 アネモネの祖父にあたるバイエル・アフロディーテは年金の心配をしていた。

 世間の人々が上級家庭に憧れる理由の一つに年金がある。

 一家の当主が上級家庭であれば、その系譜にあるマナ抽出所から引退した者も上級の年金で暮らすことができる。

 ゼルエルが当主を務める間は上級の年金暮らしをできるはずであったが、そのアテは13年間で終わってしまった。

 中級の年金では、中級家庭の主人の家庭の半分程度の収入しかない。

そのため、子どもを複数設ける家庭が大半であるが、アフロディーテ家にはゼルエルしか授からなかった。

 上級の年金も同様に、上級家庭の収入の半分程度となるが、中級のそれとは比べ物にならない金額である。

 中級年金となってしまえば、かなり切り詰めた生活してを余儀なくされるが、上級年金であれば、贅沢はできないものの、余裕をもって、生活できる。

 では、今はどうなっているのか?

 通常であれば、バイエル自身の中級年金と、ゼルエルの蓄えで細々と生活をしている。


 アネモネが戻れば、上級家庭への道も見えるが、そうでないとなると、今のままの生活となる。

 蓄えもずっと続くわけではない。

 そして、ゼルエル同様、アネモネまで行方不明になってしまえば、全てが終わってしまう。

 もちろん可愛い孫を思いやる気持ちもあるが、これらのような打算もある。

 そのような相手からアルデウス夫妻は「くれぐれもアネモネをよろしく頼む」と言われ、預かることになった。

 ところが、アネモネの存在が世界にテレビというメディアで報じられた。

 また、魔闘士の試合は世界中が注目している。

 この惑星でのインターネットにも拡散されている。

 また、ラースの紹介で大きく取り上げられたため、上級なみの実力があることも含めて拡散されている。

 ゼルエルを誘拐した組織の人間が情報を入手していてもおかしくはない。

 そう考えると、つい不安になる。

(このままアネモネを預けていても大丈夫なのだろうか?)

 と。

 そして、アルデウス家に連絡をとったバイエルが訪問することとなった。



「しかし、ラースの紹介は余計だったな」

 俺がグチる。


「そうね。まさかアレがこんなことになるなんて、予想できない」


「すまない。俺が事前に伝えておけばこんなことには…」


「しかたないよ、パパ、アタシも祖父母の存在なんて考えなかったもん」


「いや、アネモネは話し合いの当時5歳だからね。思いつかないのも仕方ないさ。そうだな、どこから話したもんだか難しいが…」

 と言いながら、パパンは話し始めた。

 アネモネの両親と仲が良かったこと、アネモネの両親が優れた術者であること、アネモネの両親が結婚した頃に、アースエイクの妊娠がわかり、疎遠になっていったこと、しかしメッセージ交換はする程度には仲が良かったこと、急にメッセージでアネモネが誘拐され、特殊な魔力を持っていること、人質交換に応じていることを伝えられたこと、現場に急行すると、アネモネが1人でいたこと、誘拐されるほどの特殊な魔力があるので全てを秘密にしていたことを語ってくれた。


「ちょっと、私も初耳なことがあるんだけど?人質交換って何よ?」

 ママンも驚いている。


「すまない。現場を見た印象として、本当に危険だと思ったんだ。それにみんなを巻き込みたくなかった」


「どういうことよ?」


「空間がなくなっていたんだ」


「え?どういう…?」

 ママンが再度確認をしようとする。


「空間が消え去るほどのマナ暴走だったんだよ。あんなのは初めて見た。まるで、直径20mの球体一個分をまるまる削りとったような状態だったんだ。地面ごと…」


「・・・」


 場を沈黙が支配する。

 壮絶な現場だったのだろう。


「それにアネモネの両親が巻き込まれたってこと?」

疑問を口にする。


「ああ。そうだ。特級の術師はその存在が危険視されてもおかしくないほどの魔力をもっている。だから、ゼルエルは莫大なマナを暴走させたのだろう」


「そうなんだね。でも、俺もなんだ…特級」


「え?」

 ママンの声が上ずる。


「どう言うことだ?」

 パパンは表情を切り替える。


「説明は難しいんだけど、天使を名乗る人物に会ってね、その時に特級だと言われたんだ」


「そんな話信じられるわけないだろ?」


「うーん、そうだよね。魔力測定器あれば一発でわかるんだけどなぁ」


「隠の魔力が特級だと証明できればいいんでしょ?オーラを見せればいいんじゃないの?」


「お、そうか!アネモネ!ナイス!」

 ボッと音を出して夥しい量の闇オーラを発現させる。


「うわっ!わかった。わかった。やめてくれ」

 あ、そうか、オーラ内に人が入ると意識障害を引き起こすんだ。

 すぐにオーラを止める。


「わかったわかった。お前は特級だったんだな。陽のライがそれだけの隠の力を使えることが何よりの証拠だ」


「ライ、やりすぎ」


「うっ…。ごめんなさい」


「きゃー!でも、ライがすごい成長してるよー!エルバー!私うれしすぎて、どうかしそう!」

 ママンがキャラ崩壊するほど喜んでる。


「まぁ、大学で頑張ったのは伝わったかな?遊んでたわけじゃないんだよ?それに、アネモネも同じくらい強くなってるから、ちょっとやそっとでは誘拐されないよ?」

 両親を安心させようと言葉を紡ぐ。


「そうだな。がんばったのはわかったが、キミ達2人が私の子どもであることは変わらない。この先も心配し続けることはかわらないよ。」


「パパ、ママ…」

 アネモネが感極まっているようだ。


「いやいや、それより、アフロディーテ家の対応でしょ?」

 アースは冷静だった。

 勉強の邪魔をされて不機嫌なのかもしれない。

 でも、確かにアースの言う通りだった。


「たしかに…。この後、ウチに来るんだよね?アネモネはどうするの?」


「ライとの暮らしを邪魔されるのはイヤだけど、心配させるのも悪いから、一旦、アフロディーテ家で様子見かな?」

 

「それでもいいんだが、私は心配かな?アネモネが特級であるゼルエル・アフロディーテの娘であることはバレたかもしれないけど、ウチに住んでることがバレたわけじゃないしね」

 エルバーが妥当な提案を出す。

 俺もそれに賛成だ。

 アフロディーテ家に戻るのはどうもリスクが大きい気がする。

 ちなみに、アフロディーテ家は新幹線一駅分くらい離れている。


「そうだねぇ。こちらのミスはあったとは言え、リスクを説明した上で、アフロディーテさんの言葉も聞いて見たらいいんじゃないかい?もちろん、アネモネの素直な気持ちも伝えた上でね?」

 ママンが話をまとめる。


 しばらくしてバイエル・アフロディーテは来訪した。


「こんにちは。アネモネさん、私のことは覚えておられますか?」


「もちろんよ。おじいちゃん。そのよそよそしい言葉はやめてね」


「おお、ありがたい。それじゃあそうするぞ。失礼、ご挨拶がおくれました。バイエル・アフロディーテでございます。アルデウスさん」


「いえいえ、ようこそおいでくださりました。アフロディーテさん。こちらへどうぞ。」

 パパンがエスコートした。


「お久しぶりですな。もう9年経ちますかな?時が流れるのは早いものですな」


「そうですね。さぁ、こちらへどうぞ」


 応接室に通し、椅子を勧めた。

 ママンがティーセットを運ぶ。

 紅茶を配り、関係者がそろう。

 もう、挨拶の言葉は交わした。

 本題の時間だ。


「さて、本日お越しいただいたのは、先日のアネモネの情報拡散についてですね?」


「あぁ、そうです。アネモネ・アフロディーテが世界中に認知されたことですな。大変危険な状態にあると考えておりますな。アネモネの年齢も14となりましたので、今後について再度確認をしたいと思いましてな」


「といいますと?」

 パパンがうながす。


「いえ、進路の確認と当主を受けてくれるのか?という2点ですな」


「ほう、当主について確認する前に、進路の方の話をするほうが良さそうですね。何か具体的な提案があるのですか?」


「そうですね。もう、1年もすれば高等部に上がるかと思いますが、それは、この街でのことですかな?それとも、私たちの住む、ジャイデンの街ですかな?あと、高等部に入れば、婚約者を考えてもいいと思うのですが、いかがされますかな?」


「ふむ、それは、私よりアネモネ本人の気持ちが重要ですね。アネモネ?どう思う?」


「うーん。アタシは、おじいちゃんがアタシのことを心配してくれてるなら、そっちで暮らしてもいいかと思ってたんだけど、婚約者の心配をするくらい余裕なんだったら行かなくてもいいと思うかな!」

 アネモネははっきり告げた。


「なるほど、アネモネがそう言うのであれば、アルデウス家は親友ゼルエルの娘を約束通り成人まで育てることはできます」

 パパンも明言した。


「そうですかな。私も安全面を考えると無理に連れ帰ることも危険かと感じていましたぞ。さて、婚約者はいかがなされる?アフロディーテ家の当主となるのであれば、世継ぎも必要です」


「そうですね。それもアネモネの意見を聞きましょう。どうだい?」

 パパンは優しく促す。


「それは今のところ考えられないですね。アタシは両親の復讐をすると誓ったので、それを終えるまでは、マナ抽出所で働く気はありません。だから、結婚も婚約者も今は何とも言えません」


「そ、そんなことを考えているのか?それは可能なのか?私も息子とその嫁が行方不明となり、復讐相手があるなら、してやりたいものだ。できるものなら、力を貸したいぞ」


「うん。復讐相手の特定と、方法までは掴めましたが、条件が厳しくて、時間がかかるの。力は借りなくてもできそうだからいいんだけど、時間はほしいかな」

 アネモネが言えない部分は伏せて説明する。

 うまい。


「わかったぞい。それじゃあ、しっかり、勤めを果たしてくるがよいぞ。しかし、成人のタイミングで一度帰って来なさい。婚約者は必要なタイミングで連絡してくれれば大丈夫じゃぞ」


「うん。わかった。でも、婚約者は用意しなくても大丈夫かな?」

 何々?それは俺がいるからかな?

 デュフフ。


「さて、それでは、話はまとまりましたかね?」


「あぁ、いいのじゃが、アネモネ、どんな男がタイプかだけでも聞いといてえーかの?」


「こんなのよ」

 俺の手が引っ張られた。


「あらあら、遂に言っちまったね」

 ママンがやれやれとばかりに、肩をすくめる。

 バイエルさんが、目を見開く。

 俺は居心地悪そうにする。

 アネモネは堂々としている。

 アースは、我関せずとした顔をしている。

 パパンはひっくり返っている。

 そう、パパンだけが気づいていなかったらしい。

 

 一晩泊まってバイエルさんは帰って行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る