織姫と彦星

@ntunorin

 

織姫と彦星


夏の日差しがあたり一面をジリジリと照りつける日々が始まった---今は七月の七日。

私は気温37度という人間でいえば微熱くらいの暑さの中、公園でただ一人立ち尽くしていた。これは私が何かの罰を受けているだとか、外の暑さをサウナ代わりにしているだとかそういった理由でここにいるわけではない。

私がここにいる理由はとてもシンプル。

待ち合わせ場所がこの日陰が一切ない小さな公園であったのだ。この公園は市内でも端の方に土地を広げており、来るのに時間がかかる。

恐らく市議会議員もここの事を忘れているのだろう。鉄棒やシーソーなどの遊具は錆びて廃れているしベンチに至っては座る部分が割れてしまっていてベンチの前の「修理中」の看板がなんとなくもの寂しさを感じさせる。

そんな公園に私はかれこれ30分も人を待っていたのだ。

「はぁ...」

まさか今の時代に下駄箱へ手紙を投下し、人を呼びつける奴がいるとは私も思わなかったものだ。

手元にある手紙に目を落とす。差出人の名前が書かれていない白い便箋にはこう書かれている。

『◯◯公園に17時に来てください』

私は溜息を吐き腕時計に目を移す。

短針は3と4の間、長針は6を指している。

つまり現在3時30分である。

「...早く来すぎた」

何故か湧いて来る気恥ずかしさを紛らわすように一人言を口に出す。

直後にまたアニメや漫画でしか見た事のなかった、手紙で呼び出してから告白というシチュエーションが脳裏をよぎる。

顔が少し熱くなるのを感じる。

生まれてこの方告白なんぞされなかった私にとって下駄箱から手紙が出て来るなんてことは妄想を加速させるには充分すぎる出来事であった。

私も華の女子高生、一乙女なのだ。気になる人の一人や二人...二人もいないがいるコトにはいるのだ。

『彼』とはほとんど喋った事もないし、はっきり言えばどんな人なのかもよく分からない。

接点と言えば『彼』と体育でペアになった時に、体調が優れなかった私にいち早く気づき保健室まで連れ添ってくれた事だ。

それだけでも私の単純すぎる心を撃ち抜くには充分な出来事だったのだ。

思い出と妄想を交えながら一人突っ立っていると、少し遠く、公園の入り口の方から人が近づいてくるのが分かった。

顔はまだよく見えない。

その人物の方に向き、期待しながら待っているとしだいにその人物の顔が解像度を高めてきた。

「誰...?」

言った瞬間しまった、と思ったが向こうには聞こえてないらしい。

制服からして私と同じ高校であることは間違いないだろう。だがその人物は私の記憶の中にはいない存在だった。

「こんにちは」

その人物は私より少し背の高い童顔の、短髪がよく似合う好青年であった。形の整ったクリっとした目が少し見開いている。

無視されたと思っているのだろうか。

「...こんにちは」

困惑した頭を整理しきれていないせいかついオウム返しになってしまう。...まぁ挨拶ならオウム返しで正解だろう。

「ああ、良かった。反応が無いんで、気に食わない態度をとってしまったかと...あ!僕がその、手紙の差出人です。これを言うのが先でしたね。すいません、うっかりしてました」

青年はへへと整った顔を崩して頭を掻いている。

青年は続けて、

「僕、荒川と言います。...先輩が覚えているか分かりませんが、良く委員会だとか行事だとかで一緒になっていたんですよ」

そういえば...確かにこんなような青年がいたような気もする。行事も委員会も抜け殻のように過ごしていたためその辺りの記憶があまり鮮明でない。

「それで、その...今日は先輩に言いたいことがあってここに来てもらいました」

荒川は目線を忙しなく動かしながらそう言った。手も落ち着きが無くモゾモゾしている。

私はその動きの意味になんとなく察しがつき、

落ち着きの無さが私にも移り込んできた。

「言いたい事...?」

少し不安そうな声色で問いかける。

荒川は呼吸を整えると

「僕は、先輩をとても尊敬しているんです」

と言った。

...

「尊敬?」

「はい、尊敬です」

尊敬...か。それだけだとどこを?と聞く人が大半であろう。私も目の前の赤面した好青年にそう聞いてみた。

すると、ものすごい褒めちぎられた。

例えば委員会では自分の意見を貫き、周りに左右されない...そういう強さがかっこいいだとか

また文化祭などの行事ではみんなが楽しめるように周りに気を遣うその優しさが眩しいだとか。

他にも「尊敬できる所」を挙げてくれているが...

正直ものすごく恥ずかしい。

多分荒川なりに私の良いところを言ってくれているんだろうが...少し誇張している気がしてならない。顔が熱くなってくるのが分かる。

同時に悪くない気分でもあったし、荒川に対する好意も少し芽生えてきた。

なんて単純なんだろうか、私は

話を終えた荒川は一呼吸置くとこう言った

「そんな先輩のことをもっと知りたいんです。

だからぼくと付き合ってください!」

...

...

なんということか。

人生で初の「告白を受ける」ということを私は今経験していた。衝撃的すぎたせいか、熱中症のせいかさっきまで感じていた暑さが今は全く感じない。予想していた事だというのに頭は真っ白に染まり思考は1ミクロンも動く気配はない。

...

...

...荒川は顔を真っ赤に染めながら私のことを大きな目で見つめている。血色の良い唇が少し震えているのが分かる。

頭が少し動いてきたようだ。

さて、告白を受けたということはそれに対する返事をしなければならない。

正直私は今日初めて荒川という人間を認知したが、それなりに好印象を抱いていた。

同時に今日初めて認知した、というのが私には不安であった。

どう答えたものか考えあぐねていると荒川の体越しに公園の入り口に二人の男女が見えた。

女の方は見覚えのない、知らない人物であった。

しかし男の方はとても見覚えのある人物であった。それは私が来ることを期待していた人物、『彼』であった。

『彼』の顔はとても穏やかであり、それは私の見た事のない表情だった。

女の方はどのような表情をしているかわからないがきっと似たような顔をしているのだろう。

私が愕然と『彼』見ていると不意に『彼』と女の顔が近づき---

...私はとっさに目を逸らした。

...

「どうかしました?」

はっと顔を上げると荒川が不安そうにこちらを見ていた。

そういえば...私は告白を受けていたのだった。

なんだか現実味が無く、頭がフワフワしている。体がおかしくなったのか暑いどころか今は薄寒い

「返事だったら...」

「いい、今言うから」

まるで八つ当たりのように、食い気味に言葉を被せる。今言うと言ったが私はまだ答えを出せていなかった。

深呼吸をしようと息を吸った所で荒川の照れたような顔と言葉、それと『彼』が保健室に連れ添ってくれた事がフラッシュバックした。

...

「ごめん」

少し声が震える

「荒川君とは...付き合えない」

私は告白を断った。

「そう...ですか」

荒川は顔を暗くさせながらそう言った

続けて「すいません」と口から漏らすように言うと足早に公園から出て行った。

入り口に『彼』と女はもういなかった。

...

...

一人公園で立ち尽くして私はさっきまでのことを思い返していた。

『彼』と一緒にいた女は十中八九『彼』の彼女だろう。しかし、そんな噂話や彼女がいるような素振りはなかった...はずだ。

私は『彼』のことを知ろうとしていたのだろうか?そんな疑問が唐突に湧いて来る。

考えてみれば私は『彼』の事をよく知らないし、ほとんど話したこともない。好意を抱いているはずなのにこれといった行動も起こしていなかった。荒川のように...『彼』の良いところを並べようにも全て推測にしかならない。

...

私の良いところを言ってくれた荒川のことを私は全く知らないし、上っ面でしか推測ができない。

にも関わらず私は荒川に少なからず好意を抱いていた。

...

私は、単純さこそが私の取り柄なのだと長年疑わなかった。グダグダ考えず直感を信じて動けるところが取り柄だと。

だから少なからず好意を抱いていた荒川の告白を断った。なんとなくその方がいいと思ったから...

私は自虐と慰めを繰り返し繰り返し夏の日差しを浴びながら頭の中で行っていた。

私だけが今日この公園で何も変わらぬまま、ただ立ち尽くしていた。

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