二話 恩返し(1)

「さ、行きますぞ!」

 俺が差し出した手におさんは手を伸ばしました。

 俺の手を取って、お義父さんが立ち上がりますぞ。

もとやすさん、貴方あなた……」

 いつきが絶句した後、俺をにらみつけますぞ。

 どんなに睨もうと、この元康は一歩も引きませんぞ。

 世界平和のため、お義父さんのため、フィーロたんのため、この元康は戦い続けるのです。

 たとえ相手が樹やれん、はたまた神であろうとも負けませんな。

「お前の隣にいる赤豚の言葉を信じない方がいいですぞ、樹」

「赤豚って……元康さんの台詞から察するとマインさんのことですよね!?」

「そうですな。醜く肥え太った赤い豚だから赤豚ですな。よく考えるのですぞ。ごうかん未遂をした者がこのような姿で連れてこられますかな?」

「な、何があろうともマインさんが泣いているんですよ!」

「豚の涙如きにだまされるとは……過去の俺を見ているようで哀れですな」

「なんですって!?」

 どうやら樹は、俺が未来から来たという話を全く信じてくれなかったご様子。

 錬は半信半疑といった様子で俺と樹を見ていますな。

「な……何をしている! 者共! 槍の勇者が乱心──」

 俺はお義父さんから教わった気を放ち、周りにわかるように風を起こして睨みますぞ。

 クズや樹、赤豚にプレッシャーを掛けてやりました。

 それだけでクズも樹も、赤豚さえもわずかに声が詰まったようですな。

「話になりませんな……まあ、今日は機嫌が良いので見逃してやりますが、何が正しいのかしっかりと見極めるのですぞ」

 そう……俺自身の罪滅ぼしが一つできた輝かしい日なのですぞ。

「ではお義父さん、行きますぞ」

「う、うん!」

 えんざい事件の片棒を担いだ連中を置いて、俺はお義父さんの手を握り、城を後にしましたぞ。


「ありがとう! きたむらくん!」

 城を出て広場に着くとお義父さんが感謝の言葉をおっしゃりました。

 赤豚共の陰謀から俺はお義父さんを救ったのですな。

 なんと心が晴れやかな気持ちになるのですかな!

 この世界に来てやり遂げた人助けとは比べものにならないほど、誇らしい気持ちになりますな。

「北村くん……正直言って俺は君のことを少し苦手に感じていた。だけど君は俺のことを信じてくれるんだね」

 お義父さんが今まで見せたことのない表情で若干照れ気味に頭をきながら俺に礼を告げました。

「俺は未来から来た愛の狩人ですからな。お義父さんの言うことは正しいに決まっているではありませんか!」

 フィーロたんのお義父さんに感謝されるとは、最高の栄誉!

 この日のことは何があっても忘れませんぞ!

「それでお義父さん、お願いがあるのですが?」

 そういえばお義父さんって出会った当初は俺のことを元康と呼び捨てしていたと思うのですが、なんか遠い気がしますぞ。

「ぜひ、俺のことは元康と呼び捨てで呼んでもらいたいのです」

「え……」

 お義父さんが困った表情を浮かべました。

 義理の息子である俺がお義父さんに呼び捨てされるのは当然のはずですぞ。

「どうかしたのですかな?」

「いや、何か……俺のことを信じてくれた人をそんなれしく呼ぶって違和感があるんだ」

「気にせず呼んでいただけるとこちらもうれしいですぞ」

「そ、そう? じゃ、じゃあ元康……くん」

「くんは余計ですぞ」

「えっと……ゴメン、慣れたら呼び捨てにするから」

 と、お義父さんは照れたように答えますぞ。

 うーむ……もっととうするような態度で呼んでくれた方が俺は嬉しいですぞ。

 と、思いながら俺はお義父さんを凝視しました。

 インナー姿。

 そういえば赤豚に身ぐるみがされたままでしたぞ!

 お義父さんの安全は確保できました。今すぐあの赤豚をぶち殺して取り戻してきますかな?

 うん。そうすべきですな。きっとお義父さんも笑顔になってめてくださるでしょう。

 赤豚に命をもって罪を償わせるのですぞ! お義父さんはそういう方です。

「ちょっと待っていてほしいですぞ」

「あ、ちょっとどこ行くの? そっちは城だよ?」

 俺が城に戻ろうとしたところで、お義父さんが俺を呼び止めました。

 困ったような、心配しているような、そんなお顔です。

「どうしましたかな?」

「城になんで戻るの?」

「ははは、何を言っているんですか。あの赤い豚をぶち殺してお義父さんから奪った全てを取り戻してくるのですぞ。なに、樹や錬が邪魔したら死なない程度にボコってきますぞ。義は我にありですな!」

「い!? あ、あの、元康くん。もういいから……お願い! 強く言わないと聞いてくれないの!?」

 きょうがくしたような表情になったお義父さんは遠い目をして仰いました。

 お優しい限りですが、少々生ぬるく感じますな。

 後々、赤豚とクズの偽りの名前を正しい名前に改名させる人物とは思えませんぞ。

 ……お義父さんは本来はこんなにもお優しいのですな。

 だからフィーロたんはあんなに素晴らしい天使へと成長したんでしょう。

 しかしながらこの元康、あの赤豚への殺意はこの程度のことでは消えませんぞ。

「そうですかな? 今なら即座にぶち殺せますぞ。あの世界の害悪たるクズヴィッチを」

「もういいから……元康くんにすごい力があって、俺を信じてくれているのはわかった。だけど……もういいんだ」

「なんと心優しい。この元康、お義父さんの慈悲に涙が止まりませぬぞ」

「あの、お願いだから人通りの多い所でそういうのやめて!」

 俺が涙を流してお義父さんに敬礼していると、道行く人達が首をかしげながらこちらを見ていました。

 むう、お義父さんにいらぬ恥をかかせてしまいそうですな。

「しかし……お義父さん。下着姿なのは頂けませんぞ」

「だけどお金も取られちゃったし」

「大丈夫ですぞ。俺のお金をお使いください」

「え? いいの!?」

 俺は金袋をお義父さんに差し出しますぞ。俺の資産はお義父さんの資産ですぞ。

「俺のものはお義父さんのもの、お義父さんのものもお義父さんのものですからな!」

「何その押し付けガキ大将……」

 袋を広げたお義父さんは信じられないというように答えました。

 フィロリアル様の卵を購入したので多少は少なくなっておりますが、ある程度の金は残っておりますぞ。

「何を今更。俺とお義父さんの仲じゃないですか」

「でもこのお金がなくなったら元康くんはどうするの?」

「ははは、問題ありませんぞ」

「いや……本当にどうするの?」

「ははは」

「笑って誤魔化さないでよ。えっと……ありがとう。半分だけ借りるね」

 と、お義父さんは俺の金袋の中身を半分返してくださいました。

 さすがお義父さん。謙虚ですな。

「ではお義父さんの防具を買いに行きましょう!」

「う、うん」

 お義父さんを連れて俺は朝の城下町を進んでいきますぞ。


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