一話 槍の勇者のやり直し(5)

「ブー!」

 赤い豚が来た! 間違いない。あの赤い豚は奴ですぞ!

 ご丁寧にくさりかたびらを持って俺に近づいてくる。

「ブブブブブブブ?」

 確か……。

『あれ? そこにいるのはモトヤス様ではありませんか?』

 だったと思いますぞ。

「ブブブブブブ」

『できればご一緒させてください』

 と楽しげに話しかけてきた……のでしたかな?

 調子に乗った俺が赤豚と意気投合して……しばらくして、赤豚はくさりかたびらを俺にプレゼントだと渡して立ち去り、後で俺が泊まった宿に助けを求めて乗り込んできたのでしたな。

「ああ、じゃあ少し話をしますかな」

「ブブブブブブブ」

 何言ってるかわかりませんぞ。まあ適当にあいづちを打っておけばいいでしょう。

 豚という生き物は適当に頷いているだけで勝手に話を完結させますからな。

 内容なんて実はどうでもいいということが、日本にいた頃の記憶を振り返ると今では理解できますぞ。

 やがて赤い豚は俺にくさりかたびらを渡そうとしてきますぞ。

「それ、盗品なのはわかってますぞ? 持ち主に返すのですぞ、豚」

「ブブブ!? ブブブブブブブ!?」

「尚文くんに罪をかぶせられると思うな、ですぞ!」

「ブィ! ブブブブブブ!!!」

 めっちゃキレてますな。何言ってるかわかりませんが、豚って怒るとこんな顔するのでしたな。

 豚は俺の返答が気に食わないと大抵こんな反応をするワガママな生き物ですぞ。

 それに比べてフィーロたんやフィロリアル様はほっぺを膨らませて駄々をねるだけですぞ。

 とても可愛らしいですな。比べるのが失礼なほどの差ですぞ。

 赤豚は話にならないのを悟ったのかひづめで音を立てながら酒場を出ていきました。

「さて、そろそろ寝ますぞ」

 盗品は拒んだし、注意もした。これでどうにかなるはずですぞ。

 俺がえんざい事件の片棒を担ぐことはありませんぞ。未然に防ぐことができました。

 で、その日は宿でフィーロたん(予定)の卵の匂いを嗅ぎながら就寝しました。


 その日の晩……俺は悪夢を見ました。

 いえ、正確には過去の残照とでもいうのですかな?

 ドンドンドンとその日の早朝……日が昇る前、俺が就寝していた宿の部屋の扉をたたく音が響き渡りました。

「こんな朝早く……誰だぁ?」

 寝ぼけ眼で俺は扉を開けて相手を確認しました。

「ブブブブブ!」

 確か……『助けてください! モトヤス様!』

 と、赤豚が涙ながらに俺に助けを求めている姿だったかと思いますぞ。

 赤豚の服は不自然に破かれておりました。

 思わず寝ぼけていた頭がハッと覚めて、俺は赤豚に聞きますぞ。

「な、何があったんだ!?」

 前回、俺は赤豚に並々ならぬ事態が起こっていると勝手に勘違いして保護したのですぞ。

『ブブブブブブブヒ、ブブブ』

 うぐ……ひぐ……盾の勇者様はお酒に酔った勢いで突然、私の部屋に入ってきたかと思ったら無理やり押し倒してきて『まだ夜は明けてねえぜ』と言って私に迫り、無理やり服を脱がそうとして私、怖くなって……叫び声を上げながら命からがら部屋を出て……モトヤス様に助けを求めにきました。

 と、赤豚は噓八百をぶちかましたのですぞ。ご丁寧に衣服を乱れさせての演技でしたぞ。

 ですがその時の俺は赤豚の言うことを真実だと思い込み、怒りに震えました。

「あのオタク野郎! 絶対に許せない!」

 あとは怒りに任せて城に行き、事情を説明してから勇者を招集……お義父さんを連行させ、自分が絶対に正しいと思い込んでお義父さんを弾劾したのですぞ。

 普通に考えれば後ろ盾のない異世界人がそんな危険なことをするはずがありません。

 もしもバレれば己の立場を悪くしてしまうのですからな。

 そうでなくても一方の言い分だけでなく、お義父さんの言葉も聞くべきでしたぞ。

 でなければ司法など何もなく、虚言でも先に言った者勝ちになってしまいますからな。

「何言ってんだ? 昨日、飯を食い終わった後は部屋で寝てただけだぞ」

「噓をつきやがって、じゃあなんでマインはこんなに泣いてるんだよ」

「なぜお前がマインをかばってるんだ? というかそのくさりかたびらはどこで手に入れた?」

 今ならわかりますぞ。赤豚が盗んだのですが……この時の俺は……。

「ああ、昨日、一人で飲んでいるマインと酒場で出会ってな、しばらく飲み交わしていると、マインが俺にプレゼントってこのくさりかたびらをくれたんだ」

 うう……夢の中の俺が忌まわしいくさりかたびらを身に付けております。

 それは俺のものじゃないのですぞ。永遠に返せない……お義父さんのものなのです。

 それからすぐにお義父さんは真実に気付き、世界を憎む形相に変わっていくのですぞ。

「お前! 支度金と装備が目当てであらぬ罪をなすりつけたんだな!」

 周りの者達がフッと姿を消し、お義父さんが俺を指差してにらみつけてきました。

 違います! 違いますぞ、お義父さん!

 俺は! 俺は──!

「ハッ!」

 飛び起きた俺は辺りを見渡しますぞ。

 そして過去に戻ったことをしっかりと自覚します。

 ……まだ俺はお義父さんを救えていないのですぞ。

 必ずやお義父さんを救ってみせますぞ!


 朝早く……俺は起きて城に向かいました。

 大きな変化を確認するためですぞ。

 俺が赤豚共の片棒を担いでお義父さんを糾弾しなければ、きっと未来は変わるはず。

「お待ちください槍の勇者様!」

「邪魔ですぞ!」

 俺を仲間ハズレにして錬と樹が集まっていますな。

 く……防げなかったということですかな?

 記憶が確かなら、お義父さんをありもしない罪で断罪しようとしているはずですぞ。

 俺の入場を妨害するように立っていた兵士を蹴散らして玉座の間に入りました。

 さすがに無意味な妨害は他の勇者に怪しまれるのか、それ以上の進路妨害はやめたようですな。

 くさりかたびらを着用した樹がいましたぞ。

 そして……腕を組んだ赤豚と、お義父さんと一緒にいたもう一匹の豚が樹の隣にいます。

 俺がでっち上げの片棒を担がないと樹がやるのですな。

 これが歴史の修正力とでもいうのですかな?

 俺がやらずとも、お義父さんが濡れ衣を着せられるのは避けられないんだぞと笑われているような気がしますぞ。

「こ、これはキタムラ殿、朝早くからどうしたのですか?」

 白々しくクズが尋ねてきましたが……それどころじゃないですぞ。

「お前……」

 この赤豚ァ……俺がダメなら樹ですかな?

「聞きましたよ元康さん。マインさんを豚と罵ったそうですね。人としてどうなんです?」

「知りませんな。俺には豚にしか見えませんし、ブーブーとしか聞こえませんな。そいつの心が汚れ切っているからそう見えるのですぞ、きっと」

「勇者の風上にも置けない言動です!」

「盗品を当然のように身につけている共犯者に糾弾されるいわれはないですぞ」

「盗品? なんのことを言っているんですか?」

「お前の着ているいるくさりかたびらですぞ」

「これはマインさんからいただいたものです」

「だからそれが盗品だと言っているのですぞ」

「適当なことを言わないでください。証拠はあるんですか!」

「ありますぞ。この国の武器や防具には魔法で刻まれた──」

 おぼろげに覚えておりますぞ。

 確かこの国では武器や防具に魔法で製作者の銘と管理番号が刻印されるのですぞ。

 武器屋で手伝いをしていた錬がそんなことを言っていた覚えがあります。

 あの場にお義父さんは……確かいませんでしたな。

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