第2章 ルードランの弟(3)
◇◇◇
マティマナは、ディアートの部屋を掃除しながら見つけた不浄な塊を、魔法の布に包んだままルードランに手渡した。
「たぶん、ディアートさまの病気の原因はこれだと思います」
汚いのだが、得体の知れない小さな塊は埃に包まれたままにしておいた。とりあえず魔法の布に包んであるのでルードランに悪影響はないと思う。
「これも、調査してもらおう。やはり悪意ある何者かがいるのだね」
少し布を開いて嫌な感じがしたのだろう。ルードランはすぐに布に包み直し、お抱え法師の元へと向かった。
マティマナは、気になって裏方の厨房へと向かう。
「あらあら、ログス令嬢、だめですよ、こんなところに出入りしちゃ」
ルードラン様の婚約者なんですから、と、裏方の手伝いをする際に世話になっていた侍女頭のコニーが、慌てて飛んできた。侍女頭といっても若く、テキパキとした気の良い人だ。
「ディアートさまを担当なさっている侍女さんって、ずっと同じ方? あ、バザックスさまの担当もどうかしら」
「あ~、どっちも、気難しくて担当はしょっちゅう変更になっているわね」
侍女頭は、悩みの種、といった表情になっている。更に言葉を続けてくれた。
「以前は、どちらも専任がいたのだけど。そういえば、時期は違うけど、どちらの専任も外出中の
それ以来戻らないわね、と、不意に思い出したようで、思案げにしつつ呟いた。
「まあ、そうでしたの。いつ頃だったかわかります?」
「ディアート様の専任は去年の今頃ね。バザックス様の専任はふた月ほど前だったかしら。専任の侍女がいなくなったあたりから、ふたりともより気難しくなったわね」
呪いの品が放り込まれたから、専任の侍女が怪我をしたのか、悪意ある者が専任の侍女を狙って怪我をさせたのか、そのあたりは謎だ。ただ、その後、専任は頻繁に替わるからもはや専任とはいえない状態になっていたようだ。
ディアートは呪いを受け一年間じわじわと
悪意ある者が呪いの品を放り込んでいるのだとすれば、今後、他の者も被害に遭う可能性がある。
マティマナが自室として用意されている客間へと向かい歩いていると、法師の元から戻ってきたルードランが近づいてきた。
「ディアートの部屋から見つかった塊は、小さな石人形だった。やはり強烈な呪いの品だそうだよ」
埃に包まれた塊が石人形だったと聞いて、マティマナは寒気を感じた。埃を払ってじっくり見なくてよかったとしみじみ思う。
「ライセル家のお抱え法師は定期的に城全体を探査しているのだけど、異常は見つからなかった。どうやら、例の呪いの品は埃にまみれると、法師の探査を逃れてしまうらしいね」
ルードランは、更にそんな風に言葉を続けた。
「法師さまに見つけられないものを、どうして雑用魔法で見つけることができたのでしょう?」
マティマナは
「マティマナは、片づけと掃除をして、不要物を見つけた。呪いの品を見つけようとしたわけじゃないよね?」
「あ、それはそうですね」
違和感は、拾う間際で感じた。嫌な感じはしたけれど決して呪いを察知していたわけではない。
「父に許可をもらえたから、ライセル城の点検を
「広いですよね、ライセル城。別棟も多いですし」
「今のところ、使用人の部屋などは問題なさそうだけれど、あまり人の出入りのない場所が危うい気がしてね」
ルードランは声を潜めてマティマナに告げた。
「異変のある部屋が見つかったら雑用魔法で片づけます!」
呪いの品のある部屋は、普通に掃除しようとすれば怪我をする可能性がある。
侍女頭から聞いた内容は、ルードランに伝えておいた。
「悪意ある者を突き止めなくてはいけないね」
ルードランは決意した表情で呟いた。
「呪いなど……何がしたいのでしょう?」
目的が皆目わからずマティマナは首を
「こっそり、ライセル家の全ての者に呪いをかけたら、家は大混乱だ。原因がわからなければ
ルードランは真顔に戻り、最悪の事態を想定して呟く。マティマナは驚きに緑の瞳を見開いた。
「まさか! ライセル家は、王家由来の五家ですよ?」
古い時代、天は王宮神殿を通じ、王族からの分家として五家だけを認定したという。
五家の大貴族は、王族につぐ高貴な存在なのだ。天が許可した由緒ある大貴族を潰してしまうなど、考えられない。
「だが、やむを得ないときはある」
マティマナが思っているよりも事は深刻なようだ。
「呪いの品を持ち込んでいる者を、捜しましょう」
「何か、良い魔法あるかい?」
ルードランは期待に満ちた眼だ。
「探し物をする雑用魔法ならあるのですけど、人を捜すのは……」
マティマナは使えそうな魔法を思い出そうと必死だったが、適当そうなものがない。
「探し物ができるなら、呪いの品を探すのはできるのかな?」
思案していたルードランが、ふと思いついたように呟く。
「あ、そうですね。ふたつ見つけましたから、類似の品は見つけられます」
「仕掛ける前には、所持するはず」
「確かに。呪いをかけた品を持ち込むわけですから」
雑用魔法を働かせることで、すでに仕掛けられた呪いの品と、持ち込もうとしている品を持つ者、うまくすれば両方見つけることが可能かもしれない。
雑用魔法のひとつである探し物の魔法を仕掛けるため、マティマナはライセル城のあちこちを歩き回りはじめた。
探し物の魔法は、地道な雑用魔法だ。
すでに呪いの品があるときは即座に反応が得られるはず。
そのため、ライセル城は広いが、敷地の全てに魔法を敷きつめる必要があった。
内密にライセル家の当主からの許可が得られたので、マティマナはたいていの場所に出入りできるようになっている。
豪華な内装を眺めながら城内を好きに歩き回れるのは、密かに楽しい。まして、雑用魔法は使い放題でいいのだ。呪いが怖くても、気分的には常にウキウキしている。
更に時折、点検して回っているルードランと鉢合わせになるのが嬉しく、楽しみでもあった。
「本当に、ライセル城は広くて素晴らしいですね」
マティマナはルードランと言葉を交わしながら歩き、淡く魔法を撒き散らす。呪文も所作としても何もないので会話しながらでも問題ない。探し物魔法には、バザックスとディアートの部屋から見つかった呪いの品の類似品を見つけるように設定してある。
全く違う形の呪いの品だと引っかからないかもしれないが、置かれた品が類似の呪いを発していればマティマナに知らせてくれる。
「マティマナの魔法は、優しい雰囲気だね。とても良いよ」
ルードランは時に一緒に歩きながら、マティマナの魔法の気配を愉しんでいるようだった。
たくさん歩き回らないといけないが、いったん仕掛ければ何日間か継続して探し物をしてくれる魔法だ。
探し物は、元より忍耐力のいる仕事ではある。とはいえ机の下などに潜り込んだりしなくていい分、雑用魔法での探し物は苦にならない。
同じ場所に継続的に魔法を撒けば、長い期間、探し物を続けてくれるだろう。
「早く、呪いを持ち込む者が特定されてほしいですけど、ちょっと怖いです」
「魔法で何かわかっても、ひとりで行動しちゃ駄目だからね?」
ルードランは、怖がるマティマナに念を押すように告げる。
「あ、はい。必ず、ルーさまにお知らせしてから行動します」
呪いがとても怖いから、何かあったとき単独行動はできそうにない。ルードランの言葉に、マティマナは勇気づけられ、必ず頼ることにすると心に誓った。
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