第2章 ルードランの弟(2)


   ◇◇◇


 バザックスの部屋で、マティマナは埃だらけの奇妙なものを見つけ、魔法の布に包んでこっそり持ち出していた。埃を除去し途中さりげなく確認したが、バザックスの所持品ではないらしい。

 単純にゴミ箱に届けるのは、ちょっとはばかられていた。何か、ちょっと嫌な感じがする。

 ルーさまに相談したほうがよさそうね。

 マティマナは他の不要物を収めた箱から、魔法の布に包んでおいた品を取り出した。

 更に清浄で魔法を遮断する布──といっても、雑巾や布巾の類いなのだが──で二重に包んで懐にしまっておく。

「ルーさま、これ、ちょっとヘンなのです」

 部屋を出て自室として使っている客間へと戻る途中でルードランを見つけ、歩み寄りながら小声で告げた。

 懐から、布に包んだままの品──といっても、石ころだ──を取り出して開いて見せる。

 親指の先くらいの大きさで、地味な色合いのありふれた石。

「ヘンな気配をさせているね」

 ルードランは石を見て眉根を寄せた。

「バザックスさまが持ち込んだものではないそうです。ですが、誰かがバザックスさまの部屋に放り込んだのだと思われます」

 お部屋が散らかっていた原因かと、と、小さく言葉を足しておく。

「ちょっと、うちの専属法師に訊いてみよう」

 ルードランは特殊な布に包んだ状態の石を、注意深く受け取ってくれた。


 数日後、ルードランとマティマナの婚約は、正式なものとしてお触れが出された。ログス家が上級貴族となる旨も同時に告知されている。

「あー、もう、最高だ! 頭はえるし、よく眠れるし、研究ががんがん進むよ!」

 迎えの馬車に乗り、マティマナがライセル家を訪ねていくと、バザックスはすっかり人が変わったように満面の笑みで迎えてくれた。

 研究がとてもはかどるようになったらしいし、あれ以来、部屋は汚れないようだ。奇妙な石ころを回収したから、元々の魔法が効いている状態に戻っただけなのだが、マティマナの魔法がすごい! と、すっかり感心してくれている。

 バザックスは絶好調のようだ。なりもそれなりに整え部屋から出てくるようになったことを、ライセル家の当主夫妻はいたくお喜びの様子で、何度も礼を言われた。

 片づけが役に立ったようで何よりだ。

 バザックスは感動し、すっかりマティマナの魔法に夢中で、研究対象にしたいらしき気配を漂わせていた。

「呼び立ててすまないね。えてうれしいよ、マティマナ」

 ご機嫌な様子でルードランはマティマナの手を取る。

「はい。お逢いでき、わたしも嬉しいです。いつでもせ参じますよ?」

 挨拶しながら、にこにこ顔のルードランを見ると、つい笑みが深まってしまう。ルードランは、人のいないほうへとマティマナを誘導した。ルードランは、すぐに真顔になる。

「例の石、あれは呪いのかかった品だったよ」

 声を潜め、マティマナの耳元でささやいた。

「まあ! やっぱり、あれがバザックスさまのお部屋を汚していたのですね」

「証拠となる品だからね。お抱え法師が預かってくれている」

「誰かの悪戯いたずらとお考えですか?」

「いや。もっと事は深刻かもしれない」

 ルードランは憂慮する表情だ。

「実はね、城の別棟で従姉妹いとこが伏せっているんだ」

「それは、全く存じませんでした」

 ライセル家の親戚の者が城に滞在していることは、カケラも噂になっていなかった。

 裏方で情報通のマティマナの母も知らないことだろう。

「全く原因のわからない病気でね。王家から配られる万病の薬も効かない」

「それは──」

 万病の薬が効かない、というのは、かなりまずい。命に関わる。

「厄介な病気だと思って治療方法を模索していたのだけど。弟の部屋から出てきた石ころが妙に気にかかっているんだ」

「呪いの品……ですか?」

 うかがうように訊くと、ルードランはうなずいた。

「従姉妹はディアートというのだけれど。ディアートも片づけを嫌って、部屋がごちゃごちゃなんだ。ライセル家独特の悪癖かと思われて放置されているけど、弟と同じ理由かもしれないと思ってね」

 ルードランは深刻な表情だ。だが病が呪いの品による影響なのだと考えれば納得がいくということなのだろう。

「……呪いの品、捜しましょう。片づけさせてください」

「病人の部屋に入れるのは気が進まないのだけれど」

 マティマナを危険にさらしたくはないのだろう。ルードランは小さく呟く。だが、他に良い方法などないだろう。すでに色々と手は尽くされているはずだ。

「病気ではない可能性が高いです! バザックスさまも、あのまま放置されたら、きっと伏せ込みましたよ?」

 ルードランはこくこく頷き、取り急ぎマティマナをディアートが伏せ込んでいる別棟へと案内してくれた。


 やはりその部屋も、片づけを嫌がるディアートのためにすさまじくゴチャゴチャな状態だった。食べ残しや、こぼした飲み物が放置され、使った食器も一部放置されている。悪臭が漂う。

 病気なのに、こんな環境に放置とは酷いとは思うが、ディアートが錯乱するように掃除を嫌がり、手がつけられなかったようだ。

 隔離された状態のルードランの従姉妹ディアートは、痩せ細り、ぼさぼさの長く濃い色合いの金髪を振り乱し、マティマナが部屋に入るのを拒んで追い出そうとする。

 しかし、あまり食べていないのか、力は弱い。抵抗するものの、扉近くで脱力し倒れそうだった。

 やっぱり、なんだか、ヘンな気配がするわね……。

 マティマナは、ディアートを支えて歩きながら少し眉をひそめる。ディアートを長椅子へと横たえさせ、嫌な気配のもとを捜さねばと強く思った。必要なものを必要な場所に据えていけば、不要な悪いものは見つかるはず。

「少し掃除させていただきますね? 埃をたてたりしませんから」

 最初に、素早く雑用魔法を部屋全体に働かせ、食べかす、食べ残し、飲み残し、使用した食器類、それらを分類しつつ厨房横へと届けた。汚れた食器は、食べ残しを専用のゴミ箱に入れた上で洗い場へ。

 食べ物関係の残骸は魔法で特殊処理をする専用のゴミ箱に次々入れた。

 そして、バザックスの部屋のときと同じように一区画ずつ魔法を浴びせていく。広範囲を一気に掃除はできないが、細かく分けるほうが、色々便利なときもある。

 窓帷の塵を除去、窓枠の埃、壁や柱にへばりついている塵。

 しかし、やはり王家由来の魔法が働くライセル城ではあり得ない現象だ。

「魔法で掃除できるの?」

 さっきまで病で声も出にくくつらそうだったが、ディアートは横たわったまま、弱々しいが、しかし興味深げな響きで訊いてきた。魔法での掃除は嫌がっていないようだ。少し緑がかった青い瞳は、好奇心故になのか少しだけ生気を宿している。

 もしかして雑用魔法が病に効いた? どうして?

 最初に全体に働かせた雑用魔法が病気を少しはじいたみたいだ……。

「はい。わたし、魔法での片づけが得意なのです!」

 雑用魔法を使い放題なのがたのしいこともあるが、ディアートが少し元気になったのが嬉しくて、ちょっと弾む声で応えた。

 マティマナは掃除ついでに、ディアートの身体と長椅子も、包むように何度か魔法を浴びせた。バザックスにもかけた、しみ抜きの雑用魔法だ。

 病に効いているみたいだから、直接かけてみるのも悪くないはず。

 きらきらと魔法に包まれ、ディアートは気持ち良さそうな表情だ。

 魔法に包まれているのがわかるらしい。

「ふふっ、温泉につかっているみたいよ」

 ディアートは、弱々しいながら笑みを向けてくれた。実際、ぼさぼさの髪はしっとりと落ち着き、薄汚れた夜着は新品めいて綺麗な色と形を取り戻している。痩せ細ってはいるが、とても美しい人だ。

 しみ抜きの雑用魔法に温泉みたいな効果があるとは知らなかったが、マティマナは笑み返す。

 少しずつ魔法を浴びせ、床を拭き清めていった。やはり、塵が多い。卓の上や、調度類も、細かい埃でざらついている。

 やがて、短い脚のついた調度の下から、得体の知れない埃に包まれた塊が出てきた。バザックスの部屋で見つかった石とは違う品のようだが、嫌な感じは同じだ。

 あった! これだわ、きっと!

 呪いめいた気配。マティマナは、そっと魔法の布で包み込んで嫌な気配を遮断した。

 その後も、せっせと区画ごとに魔法を浴びせ続けた。

「お待たせいたしました! 片づけ終わりです。これで、ゆっくり休めると思います」

 片づけと掃除が済めば、部屋はぴかぴかと光り輝くような、とても居心地の良さそうな場所となっている。

 身体を支え、長椅子から寝台へとディアートの身体を促し、横たえさせた。

「とても綺麗な部屋ね。なんだか、よく眠れそうよ。ありがとう」

 最初に見たときとは、別人のような表情だ。

 豪華な毛布に潜り込み、ディアートは安堵した表情で、マティマナへと礼を告げた。

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