第2章 ルードランの弟(1)
ライセル城はユグナルガの国ルルジェの都を
夜にそっと訪ねてきたルードランに魔法のことを更に
片づけや、整理整頓、掃除、洗い物や、修繕に、磨き仕事、繕い物。ルードランに目撃された以外にも使える雑用魔法は色々ある。ただ無意識で使っている魔法も多いので、やってみないとわからないことも若干あった。網羅して伝えることは難しい。
ルードランの話では、弟のバザックスの部屋が尋常でなく散らかり放題で、母が心痛らしいとのことだった。
雑用魔法では一発でしゃらんと片づけを済ます、というわけにはいかない。けれど、マティマナは魔法での片づけは大好きで、得意中の得意だと告げた。
「それならきっと、なんとかなりそうかな」と、ルードランは
片づけをするということで、マティマナは平服──といいつつ、何気に豪華な代物なのだが──を着せられている。
「部屋を片づける?」
ルードランが声をかけると明らかに不機嫌な声が部屋のなかから響いてきた。扉から顔を出したのが、ルードランの弟バザックスらしい。眉根を寄せ、ボサボサの金髪を振り乱し、さまざまな色合いに汚れのついた不思議な形の衣装──たぶん夜着だろう──を着た、とても大貴族とは思えない
「研究の邪魔は困るぞ?」
ルードランの弟らしき者は文句たらたらだ。
研究が行き詰まって
夜会などとは無縁そうだ。研究一筋の学者を目指している雰囲気だった。
裏方仕事をしていても、ルードランの弟についての
「研究の役に立つかもしれないよ?」
ルードランは確信を含んだ笑みでバザックスを説得している。バザックスもルードランと同じ青い眼をしていたが、眼光鋭いというか、
しかし、奇妙だ。通常、王族直系の大貴族であるライセル家では、王家由来の魔法が働いているはずだった。部屋など、汚そうにも汚れないはず。なのに、これはどういうことだろう?
「部屋の汚れる理由がわからなくてね」
不思議そうにしているマティマナに、ルードランはコソッと告げた。
「とても、片づけ
マティマナは決意の表情で
「失礼します」
片づけをするといいながら、手ぶらで部屋へと入り、行儀悪く頭を
「紙の位置や、開いた巻物は、そのままに保ってくれ。重なりも、何もかも」
くれぐれも慎重に頼む、と、冷や冷やしながら、マティマナに付きっきりだ。
「あ、はい。わかりました。それ以外のものは片づけてもよろしいでしょうか?」
変えてほしくないのは、紙と巻物の状態のようだ。
「ああ。とにかく紙と巻物の状態は、絶対、変えるなよ!」
バザックスは何度も念を押す。
本来ライセル城の敷地に働くはずの、王家由来の魔法は止められているのだろうか? 自動での清掃や片づけが、バザックスの部屋では発動していない。
裏方の仕事をしているとき、ライセル家の魔法が発動しているのでとても楽だった。なのだが、ルードランの弟バザックスの部屋は奇妙な状態だ。紙や巻物の位置を保持したいがために、その機能を停止させているのかもしれない。
散らかり放題なのはいいとして。食べかすや、ゴミやら
さすがに物が腐りはしていないようだが。いや、微妙に嫌な
マティマナは、素早く雑用魔法を部屋全体に働かせ、食べかす、食べ残し、飲み残し、使用した食器類、それらを分類しつつ
「紙や巻物以外の品は、棚に分類収納してもよろしいですか?」
マティマナは小さい範囲ずつに次々に魔法を浴びせながら訊いた。
「ああ。できればわかりやすく頼む」
紙と巻物の位置が保たれそうなので、バザックスは少し
何度か雑用魔法をかけて寝台を整え、
雑用魔法は範囲を狭めれば、かなり細密なことがらを指定できた。
「お召し物、しみ抜き、してもよろしいでしょうか?」
わざわざ汚しているかもしれないので、一応確認した。
「着たままで、可能なのか?」
「はい。では、しみ抜きしますね」
了承と判断し、夜着らしきもののしみ抜きをする。三回くらいバザックスを魔法で包むと、夜着はすっかり
疲れたような肌も、
とんでもなく散らかっていたように思えたバザックスの部屋は、紙と開いた巻物をそのままの状態にして残しても、かなり綺麗さっぱりと片づいていた。
床の上も、机の上も、整頓されて物の
「ウソだろう? 確かに、巻物も紙も位置は寸分変えてないな。だが、片づいているし、綺麗に拭かれている!」
しばらくマティマナの雑用魔法での片づけを見続けていたバザックスは、
「あ、これは、捜していたんだ」
バザックスは感嘆しながら、机の上の品々を
小物や筆記具、紙をまとめるための布帯など、丸まって汚れ机の下に入っていたりしたが、塵を払い綺麗に洗って
資料となる品々は、棚にわかりやすいように分類されて収納されたし、机の引き出しも、綺麗に分類整頓されている。格段に使いやすくなったはずだ。
大量にある小箱の
整頓されてみれば、散らかっていたときよりも圧倒的に研究の効率が良くなるだろう。
「この紙束、順番どおりに並べ直しますか?」
マティマナは紙の重なりを変えるな、とは言われていたが、書き物をしている紙に順番らしき番号が振られているのに気づいて訊いた。求められれば、すぐに順番どおりに並べ変えられる。
「そんなこと、可能なのか?」
「こんな感じです」
並べ直してほしそうだったので、紙束を拾い上げて手にし、雑用魔法を働かせて並べ変えた。
「す、すばらしい……! なんて、すばらしい魔法なのだ!」
バザックスは、すっかり感心感動したようで、マティマナは
いかにも、作業途中、というだけの雰囲気になった。
「散らかりにくくなったと思いますが、片づけでしたら、いつでも、お申し付けくださいませ」
にっこりと笑みを向け、不要物の入った箱を抱えマティマナはバザックスの部屋を出た。
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