第三章 獣人の冒険者クロエ(8)

 その後、フィーネさんから合否の発表を受け、俺達は〝銅級冒険者〟へとランクアップした。

 無事、ランクが〝銅級〟に上がった俺とクロエは、いつもの店で昇格祝いをすることにした。

 店の人に昇格祝いだと伝えると、いつも使ってくれているからとメニューにはない豪勢な食事を用意してくれた。

「祝いの席に私も来てよかったのかしら?」

 祝いの席には、今回の対戦相手であるアンジュさんを招いた。さらにフィーネさんとリコラさん、そしてアンジュさんのパートナーのレイネさんも呼んで合計六人で食事をしている。

「はい、アンジュさんには俺達の動きについて色々と聞きたいと思ったので」

「なるほどね。ほんと、ことごとくあなたは普通の冒険者とは違う動きをするわね」

 クスッと笑みを浮かべるアンジュさんに、俺は「まだ新米冒険者ですから先輩に色々聞きたいんですよ」と返した。

「新米冒険者?」

「はい、クロエは冒険者になって半年が経っていますけど、俺はまだ一ヶ月も経っていませんから」

「えっ!? それ本当なの?」

 アンジュさんは驚いた顔で、この場にいるギルド職員の三人の方へと顔を向けた。

 そして俺の担当であるフィーネさんが、アンジュさんの疑問に言葉を返した。

「本当ですよ。アンジュさん、ジンさんはまだ登録して一ヶ月、詳しく言いますとほどしか経っていません」

「……うそでしょ? それが本当だったとしたら、歴代冒険者の中でもものすごく早い昇格じゃないの?」

「はい、ですのでギルドではジンさんの情報は極秘にしています。万が一これが知れ渡りでもしたら、ジンさんの冒険者生活は色々と面倒事が起きますから」

 今、俺のうわさが外にもれたら、有能な奴ということでたくさんの冒険者達からパーティーに誘われて面倒事が増えそうだと思い、フィーネさんにお願いして隠すようにした。

 それともう一つは、もし俺がここで出世なんてして名前が売れでもしたら、物語に影響が出て何かしらの軌道修正が行われるかもしれない。なので、しばらくはあえて銅級に身を置こうと考えている。

「そういうことだったのね……だから、レイネが私に話を持ってきたのね」

「はい、アンジュさんだったら口は堅いですからね。まあ、そもそも話す相手がいませんから」

「最後の言葉はいらないでしょ……」

 レイネさんの言葉に、アンジュさんは恥ずかしそうに顔を赤く染めた。

「わ、私のことよりジン君のことよ。ねえ、何でそんな実力を持っているのに今まで冒険者にならなかったの?」

「あ~、まあアンジュさんなら話してもいいですかね? 実は俺、元々は貴族なんですよ」

 そう俺は話しだし、冒険者になった経緯を説明した。

「……色々とあったのね。ごめんなさい、嫌なことを思いださせちゃって」

「まあ、今は楽しく生活しているので、昔のことは気にしていませんから」

 アンジュさんが過去を安易に詮索してしまったと謝罪したので、俺はそう言って食事を促した。

 その食事中に俺とクロエは、アンジュさんから試験中の動きについて色々とアドバイスをもらった。

「ジン君は剣術だけしか使えないわけじゃないけど、まだ戦闘中に魔法との両立はできていないわね。今から魔法使いますって戦っている私にはすぐにわかったわ」

「……確かに今まで剣で戦いながら魔法を使ったことがなくて、あの場でできるだろうと思ってやりましたがやっぱり感づかれていたんですね」

「ええ、あの動作をもっとうまくできるようになったら、もっと伸びると思うわよ」

 俺はアンジュさんからそう言われた。

 そしてクロエは、自分の身体能力をもう少し知らないといけないと言われていた。

「獣人族の身体能力は、他の種族に比べて段違いなのは知っているでしょうけど、クロエちゃんは種族固有の身体能力とは別の、特別な才能があると私は思っている」

「特別な才能?」

「ええ、それは貴女あなたの眼よ。クロエちゃんは斥候スキルを多く持っていると言っていたわよね? それも才能の一つだと思うけど、その才能が輝いているのは貴女の持っているその眼のお陰だと私は思っているわ」

 アンジュさんはクロエの〝眼〟は特別だと、クロエにそう言った。

 その話を隣で聞いていた俺は、アンジュさんの観察眼を素晴らしいと思っていた。

 実際にゲームでのクロエは、特別に眼がいいという設定があった。

 夜間でもその眼は遠くのものを見つけられて、相手の動作も一瞬で見抜けるなどが設定資料に書かれていた。

「これからの冒険者生活、その眼を鍛えることでより役立つと思うから頑張るのよ」

「は、はい! ありがとうございます!」

 クロエはアンジュさんのアドバイスを聞くと、そう大きな声でお礼を言った。

 お礼を言われたアンジュさんはどことなく嬉しそうに笑みを浮かべ、俺とクロエを交互に見た。

「まあ、でもそうね……ジン君とクロエちゃんは、互いに持っていない部分を補い合っているみたいだし、良いパーティーね」

「「ありがとうございます」」

 褒められた俺達はアンジュさんにお礼を言い、食事を終えて店の前でアンジュさんと別れた。

 そして別れた後、俺達は再びギルドへと戻ってきて更新されたギルドカードを受け取った。

「遂にっていうほど時間は経ってないけど、銅級冒険者か……」

 受け取ったギルドカードを見て、俺はそう言うと目の前に座るフィーネさんが笑みを浮かべた。

「ジンさんはこれで、歴代の昇格速度を大幅に更新した記録保持者ですね」

「そうなりますね。狙ってやったつもりは全くないんですけどね」

「ええ、一応ジンさんのことは極秘扱いにしておりますがギルド間での情報共有はされていますので」

 他の冒険者ギルドにまで一人の冒険者の情報を伏せるのは無理だし、そこに関しては前から聞いていた。

「流石にギルドにも情報を伏せるのは無理ですからね。それは最初から理解しています。逆に俺の情報がギルドに回ることで、もし他のギルドで絡まれても多少は面倒を見てもらえそうですし」

「そうですね。それに、うちのギルドマスターは他のギルドに貸しをいくつも作っています。そのギルドマスターがお気に入りの冒険者だといった情報も一緒に流れているのでおおごとにならない限りは他のギルドでもよくしてもらえると思います」

「……アスカさんに気に入られていることは、伏せてもらっていた方がよかったんですけどね」

「無理ですね。本人が触れ回っていましたから」

 フィーネさんからそう言われた俺は、ため息をついた。

「あの人、もう一度きつく叱ってくれませんか? たまに外で俺に声を掛けようとしてくるんですよ? こっちはあまり注目されないように動いているのに」

「裏で言ってはいるんですけどね……わかりました。そろそろジンさんの扱いについて、アスカには体で覚えてもらう必要がありそうです」

 フフッと怖い顔で笑うフィーネさんに俺は頭を下げ、「お願いします」と言った。

 これからについてはまた後日クロエと共に話し合いをすると決めているので、今日は宿に戻ることにした。


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