第三章 獣人の冒険者クロエ(7)
話し合いの後、ギルドから近い食堂でクロエと食事をした。
「なんか最近、こうして仕事終わりに食事すること増えたな」
「うん、でもこれのお陰でお互いのことを色々知れたよね。ジン君ってニンジンさん嫌いでしょ?」
ニヤニヤと俺の皿に残っているニンジンを見ながら、クロエはそう言った。
いや、別に食べられないってほどではないが、あの甘い感じが少し苦手なんだ。
「そう言うクロエは葉野菜系が全般的に無理だろ? 今も皿の隅によけているし」
「食べられないわけじゃないよ? ただその、苦いのが……」
クロエは少し強がってそう言い、俺はクスッと笑みがこぼれてしまった。
そんな俺を見て、クロエはムーと
「ごめんごめん、ほらもうお互いに嫌いな食べ物しか残ってないし、早く食べようぜ」
睨むクロエを見て俺はそう言いつつ、心の中では違うことを考えていた。
ゲームでは怖いキャラのクロエだったが、自分がそのゲームの世界に入ってこうしてみると普通の女の子だなと感じていた。
その後、お互いに嫌いな食べ物を口の中に入れてから食事を終え、食堂の前で解散した。
食後、特にやることもなかった俺は、明日体調不良を起こさないために早めに宿に戻り、
◇◇◇
そして翌日、集合時間より早めに着くように宿を出た。
「おはよ~、ジン君」
「おはよう。クロエ、眠そうだけど大丈夫か?」
「ん~、大丈夫~」
集合場所にはすでにクロエが居て、少し眠たそうにしていた。
「まあ、先にテスト受けるのは俺だし、それまでには眠気を飛ばしておくんだぞ」
「は~い」
「……本当に大丈夫なのかよ」
気の抜けた返事をするクロエに、俺は少し呆れてそう言った。
それから少しして、フィーネさんがやってきて試験場へと案内してもらった。
試験場はギルドの裏手、訓練場の横にあった。
「本日は訓練場に誰もこないように手配しているので、安心して戦ってください」
「色々と配慮していただき、ありがとうございます」
「いえ、パートナーの要望を
ニコリと笑みを浮かべながらフィーネさんはそう言い、俺達は試験場の中へと入った。
試験場の中にはすでにリコラさんと、見覚えのない女性が二人いた。
一人は服装からギルドの人だな……ってことはあの人が俺達の対戦相手か。
「初めまして、私は金級冒険者のアンジュよ」
「初めまして、本日試験を受ける鉄級冒険者のジンです」
「初めまして、同じく鉄級冒険者のクロエです」
「「よろしくお願いします」」
俺とクロエは同時にそうアンジュと名乗った冒険者に挨拶をした。
「ふふっ、聞いていたとおり礼儀正しいわね。普通の冒険者だったら、試験官が女性ってだけで騒ぐのに」
「そうなんですか?」
「特に男性の冒険者は女性に審査されるのを嫌がるのよ。女性の冒険者も、自分の本当の実力を測ってもらえるのかわからないって騒ぐのよ」
そんな人がいるのか、そう俺は困惑した。
それが顔に出ていたのか、アンジュさんはクスッと笑みを浮かべた。
それから俺とクロエは装備の説明を受け、更衣室で用意された装備に着替えた。
「それで先に試験を受けるのは……ジン君だったかしら?」
「はい、よろしくお願いします。一応聞いておきますが、本気でやって大丈夫なんですよね?」
真剣な表情でそうアンジュさんに聞くと、俺がふざけて聞いているわけではないと理解して「いいわよ」と返答した。
それを聞いた俺は、この試験に本気で挑もうと改めて思った。
冒険者生活を送ることになって、俺はこれまで本気で戦ったことは一度しかない。
それは舐めているからとかではなく、単純に本気で戦ったら討伐した魔物の素材を駄目にしてしまうからだ。だから俺はこれまで、あえて自分の力を抑えて活動してきた。しかし、今回の対戦相手は金級冒険者。自分の本気がどこまで通用するのか、試すには申し分ない相手だ。
「それでは準備はいいですか? ジンさん、アンジュさん」
「ええ」
「大丈夫です」
俺とアンジュさんに確認をとったフィーネさんは、次の瞬間「試験はじめ!」と叫んだ。
アンジュさんはどっしりと剣を構え、先手を俺に譲るような体勢をとっていた。
「ハァッ!」
ならその先手をいただこう。そう思った俺は、剣を構えアンジュさんへと斬りかかった。
斬りかかる瞬間、俺は土魔法でアンジュさんの足元の地面を砕き、体勢を崩そうとした。
「甘いわ!」
「ッ!」
しかし、両足でバランスをとったアンジュさんの体勢を崩すことができずそのまま剣と剣がぶつかり合う。
いくらジンがチート級の強さとはいえ、相手は金級冒険者。
能力値の差は相手が少し上で、押し負けるかたちになってしまった。
「これで終わりかしら? さっき、本気がどうって言ってなかった?」
「すみませんね。少し本気を出すのに、時間がかかりましたっ!」
そう言って、最近手に入れた新たなスキル【身体強化】を使ってアンジュさんへと攻撃を仕掛けた。元の能力値の差は僅か。そんな状況のなか俺は自身の能力を底上げするスキルを使用した。
「くッ! なかなか、やるわね。生意気なことを言うくらいには自信があったみたいね」
アンジュさんは笑みを浮かべながらそう言った。
それから俺とアンジュさんは互いに一歩も譲らない攻防を続け、
「ぐっ」
素の能力と身体強化状態の俺の一撃は、装備越しでも効いたみたいで苦しそうな表情をした。
「そこまで! 試験はこれで終わりです!」
フィーネさんがそう言うと、急いでリコラさんともう一人の職員の人がアンジュさんへと近寄った。
「ジンさん、凄いですね。手加減しているとはいえ、あのアンジュさんに一撃を与えてそのまま沈めるなんて」
「戦っているうちに、アンジュさんが一定の動作で動いていると気付いたので、その隙を狙っただけなんですけどね」
試験相手であるアンジュさんは色々と
その動きを観察して、隙を見つけ、そのタイミングで全力で斬りかかっただけにすぎない。
「それより、アンジュさんは大丈夫ですか? かなりエグイ音がしましたけど」
「防具があるので大事には至ってないです。安心してください、ただクロエさんの試験には少し時間がかかると思います」
「あ~、クロエには悪いことをしたな……」
その後、十分ほど経ってからクロエの試験が始まった。
クロエは敵を翻弄する得意の動きで、アンジュさんへと攻撃を仕掛けていった。
「にゃっ!?」
しかし、アンジュさんの見事なまでの剣術はクロエの仕掛けた攻撃のタイミングに綺麗に合わせ、クロエを
「勝てなかった……」
「まあ、そこまで落ち込むなよ。試験は勝敗の結果じゃなくて、俺達の実力で合否が決まるんだ。クロエなら無事に合格するよ」
「う~」
目に涙を浮かべるクロエの頭を、俺はヨシヨシと撫でた。
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