第二章 新米冒険者ジン(4)

 銀クラス。正しくは〝銀級冒険者〟のことだ。

 この世界の冒険者のクラスシステムは、六段階に分かれている。

 白金・金・銀・銅・鉄・木。

 白金が最高クラスの冒険者のあかしで、木が最低クラスの冒険者だ。

 なので木クラスの俺が、銀クラス級のレベルということにフィーネさんは驚きを通り越しあきれ顔となった。

「まあ、でもそうですね。ここまでレベルが高いと、討伐系の依頼でも安心して紹介できますね。といいますか、多才なのでどんな依頼でも任せられますね……」

 俺のステータスが書かれた用紙を見つめながら、フィーネさんはそう言った。

「ジンさん、先に聞いておきますが、不得意なものとかありますか?」

「不得意なものですか?」

「はい。苦手だなと思う魔物だったり、匂いに敏感だから臭いところは行きたくないとか、たまに冒険者の中に血を怖がる方が居たりしてそういった方には採取系の依頼を紹介したりしてますので、先に聞いておこうと思いまして」

 なるほど、確かに人それぞれ苦手なことがあるからな。

 この世界の〝パートナー登録〟には、そういった事前調査もあるのか。

「あ~、別に苦手なことはないですね。ただまだ対人戦の経験はないので、盗賊などの討伐や捕縛依頼は難しいかもしれません」

「……確かにジンさんはまだ十二歳ですから、対人戦の経験がないのもあたりまえですね」

 フィーネさんは一瞬首を傾げたが、ステータスに載ってる年齢を見て、納得したようにそう言った。

「対人戦の経験って、どうやったら訓練できますか?」

「そうですね……知り合いの冒険者の方に訓練をお願いしたり、一緒にパーティーを組んでもらって盗賊の討伐に連れていってもらって慣れたりする方法が一般的ですね」

「……数日前に家から出たばかりで、知り合いの冒険者なんて一人も居ないんですけど」

 というか、そもそもこのジンというキャラには〝友人〟という存在が一人も居ない。

 婚約者は建前上、というかストーリー上存在したが、ジンはほとんど家から出してもらえない生活をしていた。そのため、婚約者とも顔を合わせたのはたった数回だった。

「でしたら、こちら側でご用意いたしましょうか? 初心者育成に力を入れている冒険者の方を紹介してもらえるかもしれないので」

「あっ、できるならそうしてほしいです。自分が人と戦えるのかすらわからないので、経験だけでもさせてもらえるなら助かります」

「わかりました。それでは、そちらの手配ができましたらご連絡いたしますね。他に何か必要なこととかありますか?」

 そうフィーネさんから聞かれた俺はとりあえず今はないと答え、今日の分の依頼を用意してほしいと頼んだ。

 それからフィーネさんは、俺のステータスを見て判断した内容の依頼書を持ってきた。

 その依頼の報酬はかなり良く、俺はその依頼を受けることにした。

「やっぱり、パートナー登録して正解だったな……早いうちから討伐系の依頼を受けさせてもらえるなんて、普通の新米冒険者だと無理だからな」

 紹介してもらった依頼内容は、王都付近に生息するオーク五体を六日以内に討伐するという依頼。

 リカルドからの頼みですでに討伐経験がある俺は、依頼分のオークをサクッと討伐して王都へと帰還した。

「えっ、もう。終わったんですか?」

 時間にして一時間ほどしかっていないからか、フィーネさんは驚いた顔をした。

 正直移動時間の方が長く、討伐の時間は十分も掛かっていない。

「ステータスを見て強いとは思っていましたが、まさかこんなに早くに終わらせてくるとは思いませんでしたよ……そもそも、オークを見つけること自体が難しいのに」

「まあ、そこは冒険者になるにあたって勉強をしましたから」

 その言葉はもちろんうそで、ゲームの知識を使わせてもらった。

 ゲームでは、主人公も冒険者として活動をするため、メジャーな魔物の生息地帯は大体頭の中に入っている。

 その後、魔物の素材の解体と鑑定をしてもらうため、昨日も訪れた地下へとやってきた。

「あんたは昨日の?」

 素材の移動のため俺も一緒についていくと、作業場で昨日、薬草の鑑定をしてくれた作業員の女性が俺を見て首を傾げながらそう言った。

「昨日振りですね。ジンと言います」

「あっ、どうも私はルネ。この作業場のリーダーだ」

 これから頻繁に世話になるだろうと思い挨拶をすると、向こうも返してくれた。

 挨拶を交わした後、今日来た理由を説明してオークの死体五体分を出した。

「お~、こんなにれいに倒されたオーク、初心者の奴が持ってきたのか! すごいな!」

 作業員の一人がそう言うと、他の作業員もオークの状態を見て感心した言葉を述べた。

「ルネさん、こちらのオークの鑑定と解体をお願いします」

「了解。ただこんなに状態が良いと、いつも以上に慎重にやらせてもらうから少し時間がかかるかもしれんよ」

「あっ、そうですか。ジンさん、お時間かかるみたいですが大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ。何なら、報酬は明日取りに来ましょうか?」

 そう提案すると、フィーネさんは「そうしていただけると助かります」と言い、依頼の報酬は明日受け取ることになった。

 その後、俺はギルドを出て商業区を少し見て回ることにした。

 商業区を見る目的は三つあり、一つ目は新しい商品がないかの確認。

 そして二つ目は、ゲーム世界の進行度の確認。

「まあ、そもそも俺が家を出た時点でストーリーが破綻している可能性は十分あるんだけどな……」

 一応、ジンというキャラはゲームの中のキーキャラでもある。

 そんなキャラが物語開始前の時点で、すでに物語の軌道から外れている。

 それにより〝聖剣勇者と七人の戦女〟のストーリーどおりに、この世界が進まない可能性の方が高い。

 だがそうなってくれると、俺としてはものすごく助かる。

 ゲームどおりにいくと、俺は婚約を破棄され、勇者と戦い、闇ちというルートをたどる。

 闇堕ち後、最強の敵キャラとして何度も勇者達の前に姿を現すが、最終的に死んでしまう。

 前世も結果としては二十代で死んでしまったから、今世こそは長生きしたいと俺は思っている。

「おっ、昨日の坊主じゃないか!」

 商業区を見て回っていると、昨日と同じ場所で出店をしていた串焼き屋のロブに声を掛けられた。

「坊主、もう依頼は済んだのか?」

「一応、二つ依頼を達成したよ。だから、今日は普通に買いに来たんだ」

 商業区へ来た目的の三つ目は、この店主との約束を果たすためだ。

 というのも昨日もらった串焼き、小腹がいた時に食べるのにちょうどよく、時間が停止している【異空間ボックス】に少し入れておこうと思ったのだ。

「おっ、それは嬉しいな! それで何本買うんだ?」

「ん~、そうだな……」

 在庫があっても別に困らないしな……。

「なあ、おっちゃん。今出ているので今日の分はおしまいなのか?」

「そうだな、今日のところはもう時間も時間だし今ここで焼いている分で終わりだぞ?」

「そうか、なら今焼いている分全部買うよ。もちろん、定価でな」

 俺はそう言って、二本セット銀貨一枚を十セット。銀貨十枚分の串焼きを購入した。

「完売なんて久しぶりだな。いつも何本か残って夕食にまわしていたんだよ」

「美味しかったし、そこまでの量じゃないからな。というか、二本セット銀貨一枚って元とれてるのか?」

「ギリギリだな、まあ好きでやってるからもうけは良いんだよ。金は本業の方で妻と雇っている奴らが稼いでいるからな」

 そういやロブはこうして出店をやっているが、本来は王都でもそこそこ名の通っている店の店主なんだよな。

 料理もめちゃくちゃうまくて、この串焼きに使っているタレも確かロブの自家製だったはずだ。

 元々の仕事は宮廷料理人で、王族や貴族の舌をうならせていた。

 そんなロブは二十はたちになる少し前に、同じ料理人でのちの奥さんとなる女性と出会った。

 料理の話をよくしていた二人は良い関係へと発展し、出会って一年もしないうちに結婚。結婚後は仕事を辞めて、自分達の店を開いたという経歴の持ち主だ。

「道楽でやっている感じか」

「半分そんな感じだな、一応新しい客を店に送るって大事な仕事も任されているからな」

 ハハハッと笑うロブは、ジンの体を見て「ちゃんと食って、体大きくしろよ」と笑みを浮かべて言った。

 その後、ロブと別れた俺は宿に戻った。

「とりあえず、目標は達成したな」

 パートナー登録、金欠対策の依頼達成、そして約束していた串焼きの購入。

 直近のタスクを終えた俺は、ベッドに座って今後のやることを考えた。

「まずはランクを上げることだな……最低でも、銀クラスにならないと生活の水準を上げるのは厳しいだろう」

 パートナー登録は銀以下だと報酬を引かれるため、安定した暮らしはできないだろう。だから最低でも銀クラス、いけるなら金クラスまで早々に上げておきたい。

「ただこの世界だと、ランクが上がるのがどれくらいなのかだな……」

 調べた限り、木クラスから銅クラスまでは意外と簡単に上がるとわかっている。

 ただ銀クラスに上がるには、そこそこ難しい依頼だったりを何件か達成したうえに、ギルドからの信頼も必要となってくる。

「ギルドとの信頼関係は、フィーネさんと良好な関係を築いていけば大丈夫だと思うが、依頼の方だよな……パートナー登録をどこまで活用できるのかが、重要になってくるな」

 本来であれば俺に回ってこない依頼を回してもらえる。その恩恵を最大限にかせれば、想定どおりにことを進めて銀クラスにはいけるだろう。

 装備に関してしばらく考えなくていいのは、冒険者にとってありがたいことだ。

 ランクが上がれば仕事の内容も変わってくるため、それに見合った装備を準備していかないといけない。しかし俺の場合、シンシアのお陰で銀クラスに上がるまで装備の心配をしなくても大丈夫だ。

「金に余裕ができたら、シンシアの店で散財しないとな……」

 それくらい、俺はシンシアに感謝をしている。

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