第二章 新米冒険者ジン(1)

 翌日、朝食を終えた俺はある場所に向かった。

 その場所は〝商業区〟の裏通りの普通の民家のような場所。

 看板はなく、知っている者しかたどり着けない秘密のお店。

「珍しいの、こんな若い子が来るなんての~」

 店の扉を開けて中に入ると、目の前にローブを被って老婆の声を発する人が立っていた。

 ここもゲームどおり……ゲーム画面で見た時はホラーかと思って一回悲鳴を上げたが、今回は耐えられたな……。

「ほ~、わしのこの〝入店と同時に目の前に現れ驚かせよう〟作戦を破った者はこれで二人目じゃな。お主なかなか肝が据わっておるの~」

 カカカッと笑う老婆のような声質の人物は、俺をジロジロと見ながらそう言った。

 俺の身長だとローブで隠している顔が見えるため、せっかく老婆のように見せかけているのに本来の姿を認識することができていた。

「……ここからだとハッキリと顔が見えるから、その無理して〝怪しげな店の老婆〟の設定はめてもいいぞ」

「なッ!」

 目の前の人物はビクッと体を反応させた。

「な、何のことじゃ? 儂はどこからどう見ても、老婆じゃろ?」

「それはとしだけだろ? ここからだとハッキリ見えているんだよ。その隠している長い耳が」

 追い打ちをかけるようにそう言うと、目の前の人物はプルプルと震えだした。

 そしてバッとローブを脱ぎ捨てると、薄緑色の髪が腰まで伸び、優しげな緑色の人を模した一七十㎝ほどの長身の女性が現れた。

「わ、私はこれでもエルフ基準だとまだ若いから! おばあちゃんじゃないもん!」

「……じゃあ、何で老婆の格好をしていたんだよ」

「そ、それは……こんな裏通りで看板も立てていない怪しい店には老婆の方が合っていると思って……」

「なら認識阻害の魔法でも掛けておけよ。俺みたいに身長が低いやつが来たら、普通にわかるだろ?」

「ここに来る人は、大体が大人で君みたいな子供は来たことがないんだもん……」

 シクシクと泣き始めたエルフの女性に、俺は少しやりすぎたなと反省した。

 このお店は、ゲームの中では中盤以降に使える店の一つ。

 日用品から魔道具、さらには武器や防具もそろってる何でも屋である。

 実は一度ゲームをクリアするとゲーム序盤からも入れるため、もしかしたら? と思って今日訪れた。

「う~、それで君の名前は何て言うの? どうせ、これからよく来るんでしょ? 私はシンシアよ」

「ジンだ。よろしく頼む」

 互いに名前を名乗り、俺とシンシアは握手を交わした。

「それでジンは何をしに来たのかしら? 見た感じ、装備がないようだけど武器と防具を買いに来たの?」

「まあ、そんな感じだな。ただ持ち合わせはそこまでないから、安い物を頼む」

「安い物ね~、うちのお店どれも高価な物を取り扱っているのよ?」

「これから稼ぐ予定だ。一昨日、家を出たばかりで準備をしているところなんだ。とりあえず金貨二枚までなら出せる」

 俺がそう言うと、シンシアは「わかったわ」と言って店の奥へと装備を見繕いに行った。

 数分後、シンシアが戻ってくるとカウンターの上に異空間からいくつか装備を取り出した。

「これ全部で金貨一枚で良いわよ」

 そう言うシンシアの前には、防具一式と片手剣と短剣が一本ずつ並べられていた。

「……予算はちゃんと言ったよな?」

「ええ、これから顧客になってくれそうだしサービスしようと思ってね。こう見えて、私って結構人を見る目があるのよ」

「俺としても持ち合わせがないし、シンシアがいいなら断る理由もないが……」

 実際、今の俺は金を極力使いたくない状況だ。

 剣か、前垂れ、どちらか一つでも購入できればいいかと思ってここに来たのに、こんなサービス、ありがたみしか感じられない。

 俺はそう思い、まず防具を試着することにした。

 素材は革。鑑定すると〝リザードマン〟の革で作られた装備だとわかった。

 リザードマンは分類上竜種であるため、その素材で作られた装備は耐久性が高く、さらには通気性も良いため、暑い場所でも普通に着ていられる装備だ。

「ちょっとだけ大きいが、これくらいだったらすぐにちょうどよくなるだろう。シンシア、この防具一式と剣。ありがたく買わせてもらうよ」

「ええ、私も倉庫で眠っていた在庫が売れてよかったわ」

 互いに笑みを浮かべ、俺はシンシアに金貨を手渡した。

「どうする? 他の物も見ていく? ジンのこと気に入ったから、今なら安く売ってあげるわよ?」

「いいのか? 今日会ったばかりの相手に、そんなサービスばかりして……」

「いいわよ。ここは私のお店だもの、それにジンに投資した方がいいって私の勘が言っているのよ」

 訳のわからないことを言うシンシアを見て、俺はあることを思いだしていた。

 ゲーム時代、シンシアの店ではたまにサービスされる時があった。

 大体は強力な敵を倒した後だったり、何か成し遂げた後だったりするのだが……。

 まあ、深く考えても意味がないだろう。

 ここはゲームに似ているようで、ゲームの世界ではないことはすでに俺が体現している。

 ゲームどおりなら、俺はまずあの家から出ることはできなかっただろうしな。

「まあ、シンシアがそう言うなら、その言葉に甘えさせてもらうよ」

 そう言って俺は、店の中を見て回ることにした。

 店の中の散策を始めてすぐに俺はあるアイテムの前で止まり、シンシアを呼んだ。

「シンシア、これは何だ?」

「これはあめ型の魔力回復薬よ。名称は〝魔力回復飴〟ってそのまんまの名前よ」

 やっぱり〝マナ飴〟か!

 ゲーム時代、シンシアの店の中で物語が終わりに近づいた頃に出た最強の回復アイテム!

 マナ飴は他の回復薬のように一瞬で回復するのではなく、一定時間持続回復するアイテムで魔法戦の時は最重要となるアイテムだった。

「って、十個セットで銀貨一枚!?」

「そんなに驚く値段かしら? これ私が趣味で作ってて、増えてきたから今日から売りに出したのよね。ただまあ、趣味で作った物だからそこまで高い値段は付けていないわ」

「……これ全部でいくらだ?」

「えっ、全部? そこにあるのは百個ちょうどだけど……そうね。全部まとめて買うなら半額の銀貨五枚でいいわよ」

 その言葉を聞いた俺は、銀貨五枚をシンシアに渡して飴を収納した。

 鑑定もして、ゲームと同じ性能だということは確認してある。

 これで魔法はほぼ打ち放題だ! ここに来て、本当に良かった!

「それにしてもジンはそんなに飴が好きなの?」

「うん? まあ、飴自体は嫌いではないがこの飴の効果が気に入ったんだよ」

「魔力が持続して回復よね? でもそれを食べるなら、普通に魔力回復薬の方が効果量が多いわよ?」

「量が大事なのはもちろんだが、こっちの飴の方が効率が良いんだ」

 そう言うとシンシアは「そうなの?」と首をコテンッとかしげて不思議そうにしていた。

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