第一章 ゲーム世界(2)

 数日後、婚約者宅から了承と書かれた文が届いた。

 そして俺はラージニア家から完全に縁を切られ、一人となった。

「よっしゃあ! 自由の身だ!」

「……」

「……」

 ラージニア家から正式に出された日。家の前でそう叫んだ俺に、出発する姿を監視していた執事長と門番から、なんとも言えない視線を投げられた。

 俺は何とも思わず、もう戻ってくることのない家を振り返らずに去っていった。


 家から出た俺は、王都の貴族区から市民区へと歩いて向かった。

 ラージニア家の屋敷には、領地の領主宅と王都のタウンハウスがある。俺が居たのは王都のタウンハウスの方で、庭の隅に建てられた家だった。

 これがもし、領主宅の方だったら色々と困るところだったが、タウンハウスの方で安心した。

「すみません、冒険者登録に来たんですけど、ここで大丈夫ですか?」

「はい、こちらでも登録は受け付けていますよ」

 市民区の一角にある大きな建物。冒険者達の集い場、冒険者ギルドへと俺は足を運んだ。

 ゲームの物語でもこの施設はかなり登場していて、金策やキャラとの出会いなど重要な施設の一つでもある。

 登録の仕方は知っていたので、俺はサラッと登録用紙に必要事項を書き込み、ギルドカードを手に入れた。

「依頼は受けていきますか?」

「いえ、今日は登録だけにしておきます。装備もそろっていないので」

「そうですか、鍛冶屋をご紹介しましょうか?」

「知り合いのお店に行く予定なので、大丈夫です」

 受付係からの提案をやんわりと断った。

 ここで紹介される鍛冶屋は確かに腕はいいのだが、ゲームの物語を知っている俺からしたら使う予定のない鍛冶屋でもある。

「まずは宿屋だな……」

 ゲームでも宿屋はいくつか出てきており、その中でも料金が安く設備が整っている宿屋を思いだしながら向かった。

 そしてたどり着いたのは、〝火竜亭〟という名の食堂と宿屋が一緒になっている宿。

 ここは、シャワーが付いている数少ない宿屋だ。

 ただ一つだけ欠点としては、この宿屋の店主の人相が悪いことぐらいだろう。

 そのせいで、この宿屋は設備や食事の味は最高なのにもかかわらず、他の宿屋より客が少ない。

「連泊予定だが、空いている部屋はあるか?」

「たくさん空いているぞ。どこが良いか選びな」

 この宿の店主である坊主頭で細目の大男は、そう返してきた。

 顔が怖いうえに話し方もそっけない店主からそう言われた俺は、宿の二階の角部屋を選び、十日分の代金を支払った。

 俺が持っていたお金の半分だが、ここは必要経費だと割り切った。

 シャワーは使い放題、朝晩の二食が付いてくるんだ。他の宿に比べたら総合的には安い。

「とりあえず当分のすみは決まったな。次は装備の調達だけど、正直金が足りないな……」

 装備がないからと依頼を断ったが、装備を揃える金が今は乏しい状況だ。

 魔法の力でごり押しをして金策に走ることはできるが、それだと目立ってしまう。

 悪目立ちすれば、せっかく自由の身になれたのに変なやつらに絡まれて意味がない。

「どうするのが正解なんだろうな……」

 ため息をつきながら俺はベッドに横になり、とりあえず夕食まで寝ることにした。


 夕食の時間になり、下におりて食堂で食事をしながら考えごとをしていた。

「何だお前、金に困っているのか? 十日分も一括で払ったから、金持ってると思ってたが」

 店主から声を掛けられ悩みを打ち明けると、不思議そうな顔をしてそう言われた。

「住処は大事だからな、ここ以外に値段以上の宿はないから、拠点の確保を優先したかったんだよ」

「うちはいつでも空いているが、そう言ってくれるとうれしいな」

 店主は照れた顔をしたが、俺はその顔を見てブルッと震えた。

こわもての奴が照れた顔するなよ。より怖いぞ……」

「……人が気にしていることを言うんじゃねえよ」

 照れていた店主は、俺の言葉にギッとにらみつけてきた。

「装備が心もとない、目立ちたくない、でも腕は確かにあるんなら、一つ頼みたい仕事がある」

「何だ?」

「ここ最近、市場に出回る肉が減っていてな、在庫の肉が少なくなってるんだよ。ギルドに依頼を出そうかと思っていたところだ」

「なるほどな、肉はボアか?」

「ああ、そうだ。ボアを狩ってきてほしい」

 食用として出回っている肉は、基本的にボア肉。

 高級肉として、上位種の魔物の肉もあるが、今回はボア肉の調達を頼まれた。


 翌朝、店主から個人依頼を受けた俺は宿を出て、王都の外へと向かった。

 ちなみに店主の名前もゲームと一緒で、〝リカルド〟だった。

「さてと、早速こいつの能力を使わせてもらうとするか」

 ジンのスキルの一つ、【魔力探知】はその名のとおり魔力を探す能力。

 これを使えば目的の生物、食用の魔物を探すことも可能。

「……早速群れを見つけた」

 早速探知に引っかかった場所に向かうと、そこには五匹のボアが日向ひなたぼっこをしていた。

 先手必勝。俺の姿を視認できていないボア達に向けて、俺は魔法を放った。

 放った属性魔法は、風。他の属性と違って一瞬で殺しきれて、肉を傷めないと考えた。

「うまく一発で殺せたか」

 頭部を刈り取られたボア達は絶命して血を流し、倒れた。

 俺はボア達を【異空間ボックス】の中へと入れて、次の獲物を探すことにした。

「この調子なら、依頼分はすぐに達成できそうだ」

 その後、自身の力を試しながらボアを狙い、狩り続けた。

 そして気が付くと、すでに日が落ちてきており、辺りが若干薄暗くなっていた。

「やべっ! 夕食の時間が!」

 色々と実験をしていたせいで、かなりの時間が過ぎていることに気が付かなかった俺は、急いで王都へと戻って宿へ向かった。

「遅かったな。もう少し遅かったら夕食はなしだったぞ」

「あ、あぶね~。せっかく金を払っているのに、もったいないことをするところだったぞ……」

 そう言いつつ食堂の席に座り、食事が出てくるのを待つことにした。

 数分後、リカルドはしそうな匂いがする料理を俺の前に用意した。

ちゃちゃそうなのに、何で俺以外に客が居ないんだ……ああ、店主の顔が怖いからか」

「いいから、黙って食え!」

 あまりにも美味しそうだったため、リカルドを茶化すとそう怒鳴られてしまった。

「ふぅ~、美味かった。あんな美味い飯、家に居た時も食べたことないぞ」

「そりゃ、どうも。それでジン、依頼の方はどうだ? 少しでも狩ってきたんならもらいたいんだが」

「ああ、ギリギリで帰ってきたから渡す暇がなかったな。一応依頼分はもう狩ってきたぞ」

「なに?」

 リカルドはギョッとした顔をした。

「……お前、もしかして〝収納系〟のスキル持ちなのか?」

「正解。ちなみに入れた物は時間も止まったままだから、新鮮な状態で保存されているぞ」

「なッ! お前、そんな希少なスキル持ちなのに何で貧乏なんだよ……」

「色々あるんだよ」

 俺はジト目で睨みつつそう言い、依頼分の肉を渡した。

「一応、依頼分以上に肉はあるがどうする?」

「倉庫に余裕もあるし、みの奴らに売るから、買い取れる分は買い取るぞ」

「かなりの量があるが、大丈夫か? 店で使うっていっても、客が少ないのにさばけるのか?」

「これでも一応馴染みの客はいるからな? 今はそいつらが王都から離れているから、いつも以上に寂れて見えるんだよ」

「なるほどな、人が居ないのに店が成り立つわけもないからな」

 リカルドの言葉に納得した俺は、とりあえず倉庫に入る分の肉を渡して金に換えることができた。これで装備を整える分くらいには金の余裕もできた。

「しかし、よく見るとどの個体もれいに倒されているな……」

「風魔法で一発で倒しているからな。見つかる前に倒した奴もいるから死んだことすら気付かずにに肉塊になってる奴もいると思うぞ」

「魔法で一発? ……上位の魔法職の奴らならわかるが、新米冒険者がそれをやるって、お前本当に今までどういう生活をしてきたんだ?」

「冒険者の個人情報の詮索はご法度だよ」

 俺はニヤッと笑みを浮かべながらそう言って、宿の客なら使えるシャワーで汗と汚れを落として借りている部屋に戻った。

 疲労がまっていたせいか、ベッドに横になるとすぐに眠りについた。

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