第二章 魔法一発金貨一千枚の女(4)

「あなたってこう……何も変わらないわよね」

「えっ? いきなり何の話ですか?」

 着衣で貧富の差を思い知らされ少しいたたまれなくなった俺に、いきなりフィオーラ嬢が声を掛けてくる。

 なんなのこの子、付き合って半年くらいった彼女みたいなこと言い出したんだけど?

 あれだよね、この後続けて、

「そんなつまらない人だと思わなかったわ」とか、

「最近気になってる先輩がいるの」とか、

「私達もう……別れましょうか?」とか言われる展開だよね?

 いくら相手が美少女でも、交際どころか告白もしてないのに先回りして振られちゃうとか、そこそこ斬新な展開じゃなかろうか?

 ……まぁ俺は年齢イコール彼女いない歴のピュアこじらせ中年だから、全然ダメージなんてないんだけどな!

 でもハリスくんには婚約者も居たことだし、中の人の恋愛経験もリセットされてると言ってもいいと思わない? この際シーナちゃんのことを彼女だったって押し通すのもアリだな。

 いわゆる「困った時の幼女頼み」である。最近肉付きもよくなって、幼女じゃなく見た目は少女になってきてるんだけどね、シーナちゃん。でもいまだに一緒に寝たがる甘えたさんのままなので幼女で差し支えない気がする。

「ほら、わたくしってこれでも公爵令嬢で聖女様じゃない?」

「お、おう、自分でソレ言っちゃうのはそこそこの面の皮だと思いますが……まぁそうですね」

 その二つがなくとも超美少女で性格も良いとか、神様のひいも極まれりって感じだけどね?

 椅子から立ち上がり、俺の前にかがむとこちらをのぞむように見つめるフィオーラ嬢。

 やめろ、その攻撃(真っすぐな視線)は俺に効く!

 なぜならばれてしまう危険があるからだ! だってピュアボーイなんだもん。

「ちょっと浄化ターンアンデッドされちゃいそうなんで、あんまりこっち見ないでもらっていいですかね?」

「あなたはゾンビか何かなのかしら……」

「死にぞこないって意味では似たようなモンじゃないですかね」

 取り憑いちゃってるみたいなモノだから、むしろもっと凶悪な感じの何かのような気がしないでもないけど、他人に害は及ぼしてないので退治はされないはず。

 ……マジで心優しい幼女が近くに居なかったら凶悪な感じの何か、現在のハリスではなく暗黒ハリスになってたかもしれないからな。

 そしてこっち見ないでって言ってるのに、なぜ眼力強く見つめてくるのさ、この子。美人のジト目ってほんっとに攻撃力たけぇなおい。

「私達、このひと月でそこそこ仲良くなったじゃない?」

「そんな恐れ多い」

「そんな私に何か頼みたいことはないのかしら?」

「そんな恐れ多い」

「ぶつわよ?」

 我々の業界ではソレをご褒美と呼ぶんだぜ?


 頼みたいことねぇ……。あやかりたいとか、かねかりたいとかそういう感じの? いや、別に養護院ここを出たら普通にお金は稼げるしな、俺。

 手に職万歳! でも真面目には働きたくないでござる……。

 ステイタス的には空前絶後の芸術家だろうと目指せる力のある子なんだよ俺。かねもうけ以外には芸術にも美術にもなんの興味もないけどさ。でも教会の奥にあったフィオーラ嬢の肖像画、あれよりもこの女性ひとの魅力を伝えられる絵を描いてみたいかも?

 そして……特に仲良くなってはいないんだよなぁ。どちらかと言えばそれなりの距離を置いてるはずなんだけど。

 だってたまたま奇妙な遊び道具というか、奇怪な生物UMAを見つけた大貴族のお嬢様の暇つぶしに付き合ってるだけだしさ。

 そうとでも思わないと……マジれしちゃいそうになるくらいには良い子なんだよなぁフィオーラ嬢。もしも年齢があと五歳上だったら……いかんいかん、もっと自重しなければ。

 あ、でも俺が好きなのは女騎士様だからね? 安心してね! と目で合図を送ったらいつもどおり睨み返された……解せぬ。

 しかしアレだな、リリアナ嬢に横恋慕したハリスくんのこと、笑ってられないな。

 だってさ、暇つぶしとはいえ超美少女が日を置かずに会いに来てくれるんだよ? ちょっとくらい勘違いしても仕方ないじゃない、DTだもの。

 ん? 前世(前異世界)でしょうかんとか行かなかったのかって?

 勇者がそんなトコ行けるわけないじゃん。そんなことは誰も気にしてないのに見られてるって思い込む程度には自意識過剰だったしさ……その結果脛ではなく心におおしちゃったんだけどな!

 完全に黒歴史以外の何物でもないなコレ。もちろん悪い方向で。

 まぁ、いい意味での黒歴史なんて存在しないだろうけどさ。

「どう? 思い当たることはないのかしら?」

「んー……特にコレといって思いつかないんですけど」

「なぜ思い当たらないのか逆に理解に苦しむのだけれど……ほら、あなたのそのよどんだ目に映ってるのは聖女様よ?」

「金貨一千、あ、ほっへはをうまうのはやめへくらひゃい、ちみにいらいれす」

 お客様! いけませんお客様! あーお客様! キャストの体に触れるのは禁止されております! YESロリータ! NOタッチ! でございます!

 俺、ロリータじゃねぇし、そろそろショタも卒業だけどね。

 仮面の下に指を入れてホッペを引っ張るとか、なかなか器用なお嬢様である。

 うん、そこまで聖女様を前面に推し出されたら、言いたいことは猿でも分かるだろうけどさ。

 でもそれをあなたに、知り合ったばかりの優しい少女を利用するように頼むのは違うと思うんだ。

「どうしたのよ、なんでそんな困ったような顔をするのよ……」

「えっと、なんというかですね」

 頭の中を少しだけ整理してからそれを言葉にする。

「この怪我って自業自得の結果だと思うんですよね。言うなれば賭け事でこしらえた借金みたいな。それをお金持ちの友達ができたからこれ幸いとお金貸してくれない? って言うのは少々ずうずうしすぎると思いませんか?」

「特に思わないわね。利用できるものは死体でも利用するのが貴族だもの。そしてあなたはわたくしが想像していたよりも面倒臭い性格だとは思ったわ」

「おっかねぇなお貴族様!? 面倒臭い奴の自覚は自分でもあります」

「自覚があるなら直しなさいよ……」

 ハリスくんの能天気さに侵食されて、これでも随分マシになってるんだよなぁ。

 でも性格的なものはこれ以上どうしようもないんですけど? ……などと考えていると、

「ふふっ、ハリスはわたくしのことを友人だと思ってたのね?」

 もう一度「そんな恐れ多い」って言おうと思ったけど……はにかんだような、今まででも一番自然な美しい笑顔をこちらに向けてくれるフィオーラ嬢に何も言えるはずもなく──てか声が出せなくなるような笑顔ってどれだけの破壊力なんだよ……。

 ホント浄化されちゃうから止めて!

 後で思い出したら絶対に恥ずかしいから! ベッドの上で転がりまわるはめになるから!

「それで話は戻るんだけど」

「あ、ここからまた戻っちゃうんすね……」

 流石上級貴族、押しが強い。

 その後少しすったもんだがありまして。もちろんみんな大好きおっぱいの話ではないからな?

「じゃあこうしましょう、俺がお姫さまから個人的に金貨を一千枚借り入れするってことで」

「何がじゃあなのかまったく理解はできないけれど、あなたがそれで納得できるのならばもうソレでいいわよ……」

 司祭様に羊皮紙と筆記用具──羽根ペンとかいうクッソ使いにくいヤツ。でも羽根ペンって一度インクに浸したら想像以上の文字数が書けるんだぜ?──を用意してもらい、金貨一千枚の借用書を用意する。

 友人だからこそ、こういう証文は大事。

 まぁそれ以前に友人から借金するのがそもそもどうなのかと……堂々巡りになっちゃうのでいったん置いておくが。

 てかさ、金貨一千枚、この世界の一般労働者や農家なら普通に働いても数十年、むしろ死ぬまで働いて返せるかどうかの金額を、まともに就労すらしてもいない子供が借りるとか、貸す方も含めお互いにどうかしてるとしか言いようがない。あとハゲ司祭がドン引きしてた。

 まぁフィオーラ嬢は貸したとは思ってないかもしれないけど……。

 借りたものはちゃんと利子を付けて返す! もちろん恩もあだもな!

 それがこの厳しいけど優しい人達も居る異世界で、

『三度目のやりなおし』をさせてもらってる俺のジャスティスなのだ。



   ~試し読みはここまでとなります。続きは書籍版でお楽しみください!~

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【書籍試し読み増量版】使い潰された勇者は二度目、いや、三度目の人生を自由に謳歌したいようです1/あかむらさき MFブックス @mfbooks

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