第二章 魔法一発金貨一千枚の女(2)

Q:えっ? リリアナさん? 誰?

 A:おじいちゃん、結構名前だけは登場してるでしょ! ハリスくんのストーカー相手の王国三大美女。侯爵家のお姫様よ!


 ふとした拍子に思い出しちゃうのは元ハリスくんの中の人の残照なのか。チッ、ダークサイドじゃなくハリスサイドに引っ張られてしまっていたか! 完全にストーカー再びである。

 でもほら、ハリスくんの記憶にあるリリアナ嬢、少し幼いけど絹糸よりもサラサラと柔らかく輝く銀色の髪、透き通るように白くくすみ一つない肌、優しさを具現化したような微笑ほほえみ、小ぶりだが自己主張をするとても形の良い胸部おっぱい

 うん、自分では一度も会ったことがないのに鮮明に思い出せるというこの気持ち悪さ。

 てかこんなモノ、他の人に見られたらぁっっっっつ!?

 いやいやいや、あれだよね? 今さっき声……掛けられたよね? それもリリアナ嬢を知っている&呼び捨てで呼べる程度には親しそうな人に。

 振り返っちゃ駄目だ、振り返っちゃ駄目だ、振り返っちゃ駄目だ。

 無。──そう、無になるのだ──無理だな。

 いや、無理じゃない! 諦めるな! もっと熱くなれ! そしてはじけるんだ!

 集中してるフリをして無視してれば、そのうち居なくなるはず!

 たとえ居なくなったところでなんの解決にもなってないんだよなぁ。

 首から「ギ ギ ギ ギ」と音がしそうな、ゆっくりとした速度で見上げると、そこには……、

「あ、一発金貨一千枚の女」

 いやいやいやいや!

 いやいやいやいやいや!!

 どうして追い打ちでヤラカシてるんだよ! 馬鹿かよ俺!!

 あとあんまりイヤイヤ言ってると、古い時代の邪神様とか呼び出しちゃう!

 あれは「いやいや」じゃなくて「いあいあ」だったか?


 俺の見上げた先に立つ人物。

 お高そうな、毛羽立ち一つないワインレッドのがいとうまとい、頭巾フードかぶっていたとしてもその光り輝くような美貌は隠しきれず、少し稚気なきょとんとした顔でこちらを見つめる『超スーパー(SS)美少女』。

 外套の中に右手を入れると……薄紫に染められた、おそらく絹製の扇子を取り出し、音をたてながら「バサッ」と広げてその口元を覆う。

 てかいきなり懐に手を入れるのとかめてくれるかな? 刺されるかと思って体が白血球並みの防衛反応を起こしちゃうからね? 美少女って気付いてなかったら右手つかんで投げ飛ばしてるとこだぞ?

「ふっ、ぷふっ、くふふふくふっ……」

「ええっと、何と言いますか、ほら、あの魔法がですね、そう、昔回復の魔法をお願いする機会があったようななかったような? そこはかとなくおひいさまをぞんじあげてありおりはべり?」

「ちょっ……ちょっと……まって……あったのかしらなかったのかしら、どっちなのよ……ふふっ……ふふふふふふふふふ」

 何がツボに入ったのか分からないが、笑い続ける美少女。

「いや、あの、なんといいますか、お初にお目にかかりますといいますか、いや、そうじゃなく、本当にご無礼つかまつりましたぁぁぁぁぁぁ!!」

「ぶふっ! ふっ、くふっ、ちょっ、ちょっと、どうして飛び上がったのかしら、この子……くるし……ふっくっ」

 俺氏、あぐらをかいて彫り物をしていた状態から見事にジャンピング土下座をかます。例えるなら空気でピョンピョン跳ねるカエルのおもちゃ?

 しかしまぁ何と言いますか、お笑いになられているお顔がとてもお美しいですね。てか大丈夫かなお嬢様? おなか抱えたまま呼吸困難引き起こしてるけど……。

 それから十分ほどが経過。なんとか息を整えられたお嬢様と改めてご対面。むしろそっと立ち去ろうとしたら、お付きの騎士様にガッチリと右腕を掴まれてむっちゃにらまれた。

 てか騎士様、女騎士様だったんですね。引き締まった体に紫がかった黒髪のショートカット、俺のことを睨みつける瞳の力強さからも伝わるように性格は少々キツそうだけど、この人もかなりの美少女である。

 なんかこう……むっちゃテンション上がる! そう、女騎士はこうでなくちゃいけない! アレだよね? ア○ルとか弱いんだよね!? ……いかん、落ち着け俺。

「お嬢様、この者の私を見る目がすこぶる気持ちが悪いです」

「誤解です、騎士様! 気持ちが悪いのは目ではなく俺の全てです!」

「ごふっ……」

 うん、これまでに出会った女騎士イコール「オークorトロール?」「あっ、今はお腹いてないから要らないです」みたいなどちらを選択しても何の得もない、人かどうかも怪しい連中しか見てこなかったからちょっとね? 性的な目で見つめちゃってごめんね?

 そしてちょっとした自虐ジョークでまたお嬢様が呼吸困難に陥りかける。

 はたまた女騎士様に睨まれる俺。

「くっ……殺せ!」

「いいだろう、望みどおりこの場で手打ちにしてやろう」

「殿中でござる! 殿中でござる!」

 様式美でいらんことを言って、危うくにんじょう沙汰とか勘弁してつかぁさい。

 あとこの場合の『殿中』の殿は神殿の殿であるかもしれないし、違うかもしれない。

 そしてさらに十分が経過。お嬢様、明日は筋肉痛で腹筋がヤバいことになってそうだな。

 てか冷静になると、少々どころかかなりはっちゃけちゃったな俺。

 だって女騎士様のノリがいいんだもん、仕方ないじゃん! こんな感じのノリで話せるのなんて数十年ぶりだったんだもん! 横でお嬢様が爆笑してくれるモノだから、日本人としてはついつい乗っちゃうよね?

 改めて最敬礼の形を取り、挨拶する。最敬礼、アレな『斜め四十五度』のヤツな。俺は○京○三が好きだったけど。流石に片膝を突いた挨拶は、このお面を被った顔ではカッコがつかないのでやらない。そもそもお面を外さないのが失礼? お面は俺のアイデンティティなのだ!

「改まりましてご挨拶をさせていただきます。このような場所でおひいさまのご尊顔を拝し奉ります栄誉に浴しましたること。身に余る光栄にございます」

「あら、これはご丁寧……なのかしら? はじめに見た時から気になっていたのだけれど、その仮面は……いえ、ごめんなさい、なんでもないわ。ご丁寧なご挨拶痛み入ります。失礼ですがわたくし、あなたのお顔を拝見したことがございませんの。お名前を伺ってもよろしくて?」

せんの身なれば名乗るのも烏滸おこがましくはございますが、ハリスと申します。お姫様」

「ハリス……ハリス……どこかで聞いたことが……というか先ほどのリリアナの像……ああ、あなた、もしかしてリリアナのお知り合いの、あのハリスかしら?」

 流石に「顔、見たことあっても仮面と火傷で見分けつかなくね?」とは言わない。

 今さらすぎる気もするけど、ちゃんと空気は読まないとな!

 そして『あの』がどのなのかもの凄く気になるけど、おそらくはろくなモノじゃなさそうなので聞き返すことはしない。そしてその御令嬢のお知り合いというか、元ストーカーです。

 てか隠れて「何してんのあいつ?」って顔でこっちを観察してるちびっこ連中と教会関係者、見てないで助けろ。

「ふふっ、そう……今日は新年の礼拝がありますので、ご挨拶だけにさせていただきますわね?」

「はっ、お急ぎのところお時間をお取り頂けましたこと、心よりの感謝を申し上げます」

 胸元に手を添えてお辞儀する俺。お互いにちゃんとした貴族のご挨拶をして離れる。

 どうやら色々な失言失敗失態は見逃してもらえたようだ。

 てか女騎士様には完全に目をつけられたみたいだけど、是非も無し。もしかしたらここから恋に発展なんてこともないとは限らないもんね?

 ああ、そういえばさっきの超美少女についての情報がまったく出てないな。

 まずお名前はフィオーラ様。

 そう「フィオーラ・ガイウス・プリメル・キーファー公爵令嬢」その方である。

 俺が女神像のモデルにしてる肖像画の御本人様だな。

 てかさ、肖像画、いくらなんでもそんたくしすぎだろうと思ったら全然そんなことはなかった。

 むしろあの程度の画家では、まったく彼女の美しさを表現しきれていなかった。

 歳はたしか俺より四つ年上で、御年十八歳……だったはず。

 結婚したとは聞かないからまだ未婚だと思う。むしろ婚約したとも聞かないから上級貴族にしてはそこそこの行き遅……ゲフンゲフン。

 いきなりのご本人様登場とか、ちょっと心臓に悪いので控えていただきたいんですけど。

 澄んだ月光のような美しさのリリアナ嬢の銀色の髪と対を成すような、真夏の太陽の光のように輝く金色の髪、見つめられただけでひれ伏してしまいそうな神秘的なアイスブルーの瞳、そして全てを受け流すようなその貧……賓乳。

 うん、どう考えても恋愛物語ならメインヒロイン待ったなしだな。

 まぁ、俺の好みはお付きの女騎士様だったんだけどな!

 是非とも、あのきつそうな瞳で蔑んだ顔をして罵ってもらいたいものである。

 ……別に俺、M的なこうはなかったはずなんだけどなぁ。

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