第二章 魔法一発金貨一千枚の女(1)

 ステイタスのことはこれくらいにしとくとして最初の話に戻る。もちろん三馬鹿のことではない。

 そう、新年の話だな。

 いや、もうすでに二月になったんだけどさ。

 そもそも新年とはいっても「神に仕えるものはぜいたくを慎むべきである」とかいう理由で養護院の食事が豪華になることはまったくない。もちろんお年玉などは存在しない。教会関係者の服からはとてもいい匂いが漂ってるんだけどね? むっちゃ酒臭いやつとかも居たし。

 むしろ新年以外でも年間を通して食事の質が下がることはあっても、上がることなどこの三年で一度たりともなかったからな? 刑務所でもお節っぽいものが出るらしいのに。

 まぁ俺はシーナちゃんと色々食べてきたんだけどな!

 最近は街でも俺がそこそこ小銭を持ってると認識されてきているので(教会で彫刻してる姿を見た人もいるだろうし)、昔は嫌な顔で追い払われてた屋台なんかも愛想が良くなった。

 もちろんそんな店では何も買わないけどね? そう、俺の心は猫の額よりも狭いのだ。

 いや、今は新年のご飯もどうでもいい話なんだよ。

 そう、俺、今年で十四歳になったんだよね……。

『ハリス、十四歳の春』って言うといかがわしい妄想をてる映像作品イメージヴィデオのタイトルみたいだな。いや、二月に入ったばっかりだしまだまだ春じゃなくて真冬真っ盛りなんだけどさ。北都近隣、十一月から三月終わりまでは普通に寒いもん。

 まぁあれだ、俺が十四歳ってことは……一つ年上のシーナちゃんは十五歳になったわけで。

 何が言いたいかと言うと、

『シーナ十五歳夏、卒業』うん、完全にいかがわしい。間違いなく尻とか丸出しでバランスボールとか乗っかってバウンドしてるはず。

 この養護院、十五歳になると夏までに働き先を見つけて出ていかないといけないんだよ……。

 うん? 初耳? だって他の子が入ってこようと出ていこうと俺には何の関係もなかったしさ。

 最近は小金目当てに近寄ってくる女の子も居るけど。基本的には老若男女問わず嫌われ者だったからね? 俺。見た目的なもので。それでもお面は外さない、そう、絶対にだ!!

 同じ屋根の下で暮らしてたのにシーナちゃん以外に冷たすぎる? それは……そうかもしれないけどさ。特に俺が他人にできることもなければ他人が俺にしてくれることもないんだから、お互い様ではなかろうか?

 もちろんこの三年で世話になったごくごく少数の人たちには、機会があればなんらかの恩返しはしようと思ってるけど……今の俺ができることなんて何もあるはずがなく。

 まぁその辺は追々と。してもらったことは忘れない。そしてされたことも忘れない。因果応報、自業自得、目には目を、歯には歯を! の、精神なのだ!

 それで、シーナちゃんなんだけど……一応働き口はすでに決まってるんだ。この養護院からは少し離れるけど『大蟻の巣』って呼ばれる迷宮近くの宿屋の下働き。

 もちろん宿屋という名のいかがわしい何かじゃないよ?

 一階が飯屋兼酒場、二階三階が宿泊できる部屋になってるごくごく一般的な宿屋。この世界に来てから宿に泊まったことなんてないので、本当にその営業形態が普通なのかは不明である。

 まぁいかがわしいお店じゃなくとも、自由恋愛という名の金銭を伴う恋が発生しないとはいえないんだけどさ。日本にだって──うん、この話もなんとなく危険を伴いそうなので控えておこう。

 そもそもこの国では春をひさぐのは法律で禁止されていないのだ。

 俺も(二人の間に金銭が介在してもいいから)優しそうなれいなお姉さんと恋がしたい! とかそんなこんなはさておき……シーナちゃんである。

 正直ものすごくお世話になった。この三年間精神面の支えになってくれたってだけじゃなく、身の回りのお世話もしく、嫌な顔……もたまにされながらもしてくれたからね?

 もちろんお世話といってもいかがわしいヤツじゃなくて、洗濯とか掃除とか背中を拭いてもらったりとかだからね? ……おっさんが少女に背中を拭いてもらう行為は、それはそれでいかがわしいよな。でも見た目同年代だからセーフ!

 そしてそろそろ『いかがわしい』がゲシュタルト崩壊しそう。

 もしシーナちゃんが居てくれなければ……俺の性格が今の五倍ぐらいひねくれたモノになっていたであろうことは想像に難くない。

 なので、できれば彼女がここから出ていく前に恩返しとして、彼女の顔の火傷やけど痕くらいはどうにかしてあげたい。

 出会った頃から前髪で隠れてなかったお顔の部分は結構愛らしかったのだが、成長してさらに可愛かわいらしくなったので、火傷痕部分が少々痛々しく見えてしまうから。

 ん? 聖女様が大金をもらって癒やすような傷跡を治療できるのかって? もちろんできるさ、スキルがあれば。いや、あればもなにも、すでに光魔法がランク5もあるんだから治療系上位スキルの回復魔法を取るまでもなく治せるんだよ。

 ならどうしてとっとと自分もシーナちゃんも治療しないんだよ! って話なんだけどさ。

 治療しちゃうともの凄く目立っちゃうからなんだよねぇ。

 昔、少し触れたけどフィオーラ様(肖像権ガン無視で量産してる女神像のモデルの聖女様)の話が出た時に俺の火傷痕の治療をしてもらう予定だったって言ったの覚えてるかな?

 昔じゃなくほんの少し前に話題に出てる? 確かに。

 そう、回復魔法を使えるであろう人間はそこそこ居るのに、この程度(火傷痕)の治療ができる癒やし手が聖女様なんて呼ばれて、金貨一千枚もお布施が必要な世界なのである。

 いや、あくまでも前の異世界の魔法だと簡単に治せてたってだけの話で、魔法のない世界から考えると十二分に凄い話なんだけどさ。

 そして俺とシーナちゃんが居るこの施設は教会が管理している養護院なんだよね。そう、腐っても、もとい、腐っていても一応は宗教施設なのだ。

 そこで生活していた子供の火傷痕がいきなり消えたりしたら、「神様の奇跡だ!!」などと金の亡者ども(教会関係者)が大騒ぎすること請け合い。


Q:そんな状況で、俺がシーナちゃんの治療をしたことが知られたらどうなるでしょうか?

 A:囲い込まれていいように使い倒されて飼い殺しになります。


 明るい未来が何一つ想像できねぇ……。

 いや、それでもここの職員、ナマグサ司祭とその仲間達がもっと真面目で真摯な人間だったら考え方も少しは変わってたと思うんだけどね? 別にお仕事として癒し手ヒーラーになるっていうのも悪くない選択肢だもん。

 でも骨の髄までアレだからなぁ。俺が領主なら教会ごと取り潰してるレベルだよ? 外面は取り繕ってるだろうし、俺が知らないだけで善良な教会の人間も居るんだろうけどさ。

 ここでの俺の生活に掛かった費用なんかは、女神像の売上で虎の体にくじゃくの尾が生えたほど返済してるし? 特にこれといってシーナちゃん以外の人間には恩も義理も感じていないし。

 そんな俺が教会に囲い込まれる? はっ、何の冗談だと。

 腹の上にぶんぶく茶釜乗せて、茶を沸かした後に火薬詰めてふっとばすぞ?

 訃報:タヌキさん、いわれのない巻き込まれ事故で死亡!

 ちなみに自分の治療だけなら何の問題もないんだよ? だって俺の顔が治っても火傷する前の顔をこの街の人間は誰も知らないもん。むしろ自分自身も元の顔を知らないくらいだからね?

 教会の外で治療してそのままこの養護院に戻らなければ気付かれようがないのだ。まさに完全犯罪。いや、悪いことは何もしてないけどさ。

 うーん……いっそのこと二人で駆け落ちでもするか? いやいやいや、流石さすがにこのとし、中の人じゃなくハリスくん換算だと十四歳だしさ、女の子の一生を背負うとか流石に重すぎる。

 そもそも恋愛経験ほぼ皆無なんだよ、俺。青春真っ盛りの時期に勇者なんてしたし。

 そんなこんなで色々諦めてシッ○ールタのような心境に至った俺だもん、女の子と二人きりの生活とかまた胃を痛めちゃうこと請け合い。

 シーナちゃん。三年近く一緒のベッドで寝起きしてたし?

 もちろん男女間のアレやソレは一切ないんだけどね? 嫌われてはいないとは思うけど「なら好かれてるのか?」って話になると何とも言えない。そう、当時のシーナちゃんは俺の他に選択肢がなかっただけ。そもそも外見コレな男と一緒に居たがる女の子なんて居ないだろうさ。

 うん、余計なこと考えてると心がダークサイドに落ちそう、無心コーホー無心コーホー

 よーし、父さん今日もいっぱい女神像作るぞー!

「へぇ……あなた、なかなか器用なものですね? というかそれはリリアナなのかしら? でもそっちにあるのは……」

 やらかした。

 ボーッとしてたら、いつもの女神様の像じゃなくてリリアナ様の像を彫っていたらしい。


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